第26話
朝の日差しはまだ優しく、蒼汰とアリアーナがリアヌイ港の領主の邸宅に足を踏み入れた時、彼らの顔を穏やかに照らしていた。それは一日の始まりを告げる美しい光景であり、同時に新たな幕開けでもあった。
「蒼汰、アリアーナ。お二人のことは聞いている。そして、お二人の力を借りたい」と領主は直接的に言い切った。その目は真剣で、強い意志が見て取れた。
サルヴァトールとイグニシアは、まだ近くにいると領主は語った。それは蒼汰たちにとって冷たい現実であり、再び戦いを余儀なくされることを意味していた。彼らがいつ攻めてくるかは誰にもわからない。ただそれだけが、彼らにとっての確かな現実だった。
蒼汰は即座に応じた。「領主様。私たちは力不足かもしれませんが、リアヌイ港を守るために力を尽くします」と。その言葉は、彼が仲間や町の人々を守るための決意を示していた。アリアーナも蒼汰の隣で静かに頷いた。
蒼汰は図書館の中で、一心に書物をめくり続けていた。その眼は焦点を失わず、まるでページごとに新たな世界が開かれるかのように一冊一冊を読み上げていた。その特技、"知識の吸収"を使えば、彼はどんなに困難な知識もすぐに理解し、頭に叩き込むことができた。ページをめくるたび、蒼汰の頭の中には新たな知識が刻み込まれていった。それは戦略論、兵器の使い方、魔法の理論、過去の戦争の事例など、リアヌイ港を守るために必要なあらゆる知識だった。彼は日が暮れても、その勢いを一切落とさずに読書を続けていた。
一方、アリアーナは自分の魔法の修行に勤しんでいた。彼女の魔法は、蒼汰との戦いの中でますます深まっていく。どんなに疲れ果てても、彼女はその修練を止めることはなかった。それは、自分自身の力不足を補い、そして蒼汰を助けるための熱意からだった。アリアーナの修練はまさに疾風のように激しく、そして川の流れのように静かだった。それは彼女の内面に秘められた力の源だった。魔法の使い手としての彼女の力は、その修練を経ることでさらに向上していった。
二人の努力は、2か月間も続いた。日が昇り、夕闇が降りても、蒼汰とアリアーナは自分たちの使命を忘れることはなかった。その結果、彼らはかつてないほどの力を身につけ、リアヌイ港を守るために必要な準備を整えていった。二人は、再びの戦いに備えて、自分たちの全てを研ぎ澄ました。
二人が病室の扉を押し開けると、風花とレナが彼らを微笑んで迎えた。風花の顔色はずいぶんと良くなっており、元気そうな様子だった。彼女の瞳は元気な光を放っており、体からはじけるような力強さが感じられた。
しかし、風花の身体はまだ完全には治っていなかった。彼女はベッドに横たわったまま、蒼汰とアリアーナに微笑みかけていた。彼女の声には力がこもっていたが、その体は実践復帰するにはまだ時間が必要だろうと思われた。
一方、レナの状態はまだ深刻だった。彼女は魔力を大きく消耗し、それが回復するかどうかはまだ不明だった。それでも。彼女の目には強い意志が宿っており、逆境を乗り越える力強さを感じさせた。
病室を後にした蒼汰とアリアーナは、新たな任務を胸にリアヌイ港を後にした。リアヌイ港での彼らの役目は終わり、サルヴァトールとイグニシアに対する緊急事態は一時的に収束していた。リアヌイ港を守るという重い責任から解放された彼らは、新たな目的地を決めた。
エルデリア王国の王都ルナリアだ。彼らは風花とレナの回復を願いつつ、新たな旅路を進むこととなった。
蒼汰とアリアーナは、エルデリア王国の中規模都市イリューシャへと向かった。古代の遺跡で名高く、それが学者たちの興味を引いていた。イリューシャという名前は、古代の英雄に由来し、その英雄の物語は、町のあらゆる場所で語り継がれていた。
二人は馬車で旅を進めていった。道中、風景はどんどん変わり、鬱蒼とした森が見えてきた。その美しさにアリアーナは「本当に美しいわね、これがイリューシャの森……」と感嘆した。蒼汰も頷いて、目の前の美しい景色に見とれていた。
イリューシャに着くと、彼らはまずフェーズゲートを目指した。町の中心部に位置する広場に設置されており、旅行者や商人たちでにぎわっていた。フェーズゲートを見て、蒼汰は「ここからどこにでも行けるんだな」と思わず声に出した。アリアーナはにっこりと笑って、蒼汰の言葉に同意した。
フェーズゲートの近くには、様々な商店が軒を連ねていた。食べ物、衣料品、装備品など、旅の必需品が全て揃っていた。その一角には、遺跡から出土した古代の品々を扱う店もあり、学者たちが賑わっていた。
イリューシャは観光地であるだけでなく、交易の中心地でもあった。町のあちこちで、商人たちが賑やかに商品を売り歩いていた。また、森から得られる資源も利用され、木製品なども多く見られた。
イリューシャの宿屋で、アリアーナと蒼汰は落ち着いて会話を交わしていた。
「蒼汰さん、私、レナが後悔しているんじゃないかと思ってしまうの…」アリアーナが言い出した。彼女の声は、どこか揺らいでいた。
「後悔…?何について?」蒼汰が問い返した。
アリアーナはしばらく黙って、言葉を選んでから、ゆっくりと口を開いた。「テオについてよ。レナとテオは…互いに好意を持っていたと思う。でも、それがエレシアを助けるまでは自分たちだけが幸せになるわけにはいかないと考えていたから、その気持ちを封じ込めていた。だから…」
アリアーナはここで言葉を切り、しばらく無言のままでいた。彼女の表情からは、強い感情が滲み出ていた。
「…つまり、テオが生死不明になった今、レナが後悔しているかもしれないと?」蒼汰が彼女の言葉を受けて語りかけた。
アリアーナは頷いた。「そうよ。だって、もし、もう一度テオに会うことができたら、レナはきっと彼に伝えるでしょう。自分の気持ちを。でも、それが叶わないとなると…」
「後悔するかもしれない」蒼汰が言い終えると、アリアーナは静かに頷いた。その瞳には、何かを訴えかけるような光が灯っていた。
二人はしばらく黙って座った。そして、思い出の中に浸るように、テオのことを思い出した。彼の笑顔、彼の声、そして彼の勇敢さ。そうして思い出を辿りながら、二人は新たな一日を迎える準備を始めた。
イリューシャの広場にはフェーズゲートが鎮座しており、その大きさと美しい装飾には誰もが息を呑む。それは何処へでも行けるという希望の象徴であり、一方で、旅人たちの別れを見届ける門でもあった。
「さあ、アリアーナ、ここからが本当の旅だよ。」蒼汰が笑って言った。彼の目は決意に満ちていた。
「ええ、それじゃあ、私たちの旅を祝福してくれるでしょうか。」アリアーナがそう返すと、蒼汰は頷き、二人は手を取り合った。
そうして彼らはフェーズゲートへと向かった。その瞬間、彼らは何もかもを背負い、新たなる冒険へと一歩を踏み出した。
フェーズゲートは静かに輝き、二人を包み込んだ。そして、その光は一瞬で蒼汰とアリアーナを遠くの地へと連れて行った。
イリューシャの広場にはまた静寂が戻り、フェーズゲートは今度の旅人を待つかのように静かに輝き続けた。
蒼汰とアリアーナがルナリアに到着すると、まず向かったのは森林地帯に隣接する丘の上に位置する星刻学園だった。大規模なゴシック様式の建物が丘の上にそびえ立ち、その尖塔は空に向かって指を突き立て、その美しさと威厳を放っていた。その姿はまるで遥かなる星々を見つめる巨大な天文台のようでもあった。
彼らがその壮大な門をくぐると、広大な庭園と、それを囲む豪華な建物が広がっていた。多くの生徒たちがそこで剣術や魔法の訓練に励んでいる様子を見て、蒼汰とアリアーナは息を呑んだ。
その後、彼らは学園の内部へと進み、そこでエルウィン博士と会った。エルウィン博士は白髪をきちんと後ろで束ねた中年の男性で、眼鏡越しの目は知識と経験に満ちていた。彼の声は落ち着いていて、その話し方は明確で理解しやすかった。
「蒼汰くん、君が送ってくれたこの論文には、本当に感服したよ。」エルウィン博士はソファに座りながら蒼汰に告げた。博士の手には蒼汰の論文が握られていて、それはエーテルウェーブ・クリスタルを介して送られてきたものだった。
その論文には、古代遺跡の詳細な調査結果と、それに基づいた鋭い考察が記されていた。海底遺跡や、ネバルミアの迷宮、他にも彼が訪れた多数の遺跡の内容が詳細にまとめられていて、それら全ては"知識の吸収"という特異な能力によって得られた知識を基にしていた。
エルウィン博士はその論文を読む度に、蒼汰の洞察力と知識の深さに驚かされた。それは彼の教えた生徒たちの中でも、特に優れたものだった。
「君がこれら全ての遺跡を訪れ、そしてそれらについての論文を書く時間をどうやって見つけたのか、それが私には理解できないね。」博士は声を上げて笑った。「しかし、その結果は驚異的だ。君の考察は新たな視点を提供し、これまで考えもしなかった可能性を開いてくれた。」
「博士、評価いただきありがたいです。でも、今は会わなければいけない人がいるんです。」エルウィン博士の絶賛に対して、蒼汰は真剣な表情で告げた。
会わなければならない人――それはエレシア・ウィンドソングだった。彼女は吟遊詩人であり、星刻学園の学生でもあった。
彼女には呪いを解くという希少な能力があり、その美しい歌声は聞く人々を魅了すると同時に、数多くの困難からも救い出してきた。
しかし、その特異な能力は彼女自身にとっては、重い呪いともなっていた。
四大眷属の一人、サルヴァトールによって、彼女は深い呪いを受けていた。彼女が歌を歌ったとき、またはこの呪いのことを誰かに話したとき、彼女の生命力の多くが奪われるという恐ろしい呪いだ。彼女の姉リリアンを殺したサルヴァトールは、さらにエレシア自身にもこの恐ろしい呪いをかけたのだ。
2年前、エレシアは自身の命を危険にさらしながらも、レナとテオの呪いを解くために歌を歌った。彼女の歌の力で二人の呪いは解けたが、その時彼女の生命力の多くが奪われてしまった。彼女は今でもサルヴァトールから徐々に生命力を奪われ、弱りつつある。
そして今、蒼汰がエレシアに会わなければならない理由―それはテオのことだった。テオはエレシアを助けるために戦っていた。彼の最後の姿を、エレシアに伝えなければならなかった。本来ならば風花が伝える役割だが、彼女は今、療養中でその任務を果たせない。そのため、その役割は蒼汰に託されることとなった。
エレシアとの再会は、想像以上に心が重かった。彼女の顔色は青白く、ふっくらした頬はこけていて、その細い体はかつての元気さを失っていた。しかし、彼女の瞳は輝きを保ち続けており、蒼汰の言葉を静かに受け入れた。
「テオが……あなたを守るために戦っていた。彼の最後の姿を、あなたに伝えるために来ました。」蒼汰は深く息を吸い込み、エレシアに告げた。
エレシアは少しの間、言葉を失っていた。しかし、その後、彼女はゆっくりと頷いた。「ありがとう、蒼汰。それを伝えてくれて。」その声は弱々しかったが、確かな意志が込められていた。
その後の数日間、蒼汰はエレシアと共に過ごし、テオの話をした。戦いの日々、彼の勇敢さ、そして彼がどれほどエレシアを心配していたか。エレシアはそれを黙って聞き入れ、時折涙を流した。
エレシアの呪いはまだ解けていない。しかし、テオの思いを受け取った彼女の目には、新たな決意が宿っていた。
蒼汰とアリアーナがヴィクター王の大広間に案内されると、広大な空間には神聖な雰囲気が漂っていた。その高い天井には壮大なシャンデリアが吊るされ、美しいステンドグラスが自然光を散りばめていた。玉座に座っているヴィクター王は、重厚なゴールドとジェイドのローブを纏っており、その権威と威厳は一目見ただけで感じられた。
王の目が蒼汰とアリアーナに向けられ、彼の声が響き渡った。「蒼汰、アリアーナ。お越しいただき感謝します。エルデリアはあなたたちのおかげで風花を助ける事ができました。それに対する深い感謝を、私、ヴィクター・ゴッドウィンはここに表明します。」
その言葉に、蒼汰とアリアーナは頭を下げた。アリアーナが言った。「あなたのお言葉、心から感謝いたします。私たちはただ、風花のためにできることをしただけです。」
ヴィクター王は微笑んだ。「そうであるとしても、あなたたちの行動は私たちにとって大きな意味があります。風花はエルデリアの一員であり、彼女の才能と精神は我が国を引っ張る存在となっています。彼女を失うことは、我が国にとって大きな損失だったでしょう。それを防いでくれたあなたたちに感謝の意を示すのは、私の王としての義務です。」
その言葉を受け、蒼汰は頷いた。「そんな大袈裟なものではありません、陛下。ただ、風花を助けたかっただけです。それが私たちにとって最も大切なことでした。」
ヴィクター王は深い溜息をつき、優しく微笑んだ。「そんな謙遜は無用です。蒼汰、アリアーナ。あなたたちの行動は称賛に値します。そして、あなたたちがこれからもエルデリアのため、そして風花のために戦ってくれることを願っています。」
ヴィクター王の広間の中には、再び静寂が訪れていた。ヴィクター王の視線は蒼汰に注がれ、彼の言葉は深く重いものだった。「蒼汰、私はあなたの智謀を評価しています。あなたがどれだけ考え、どれだけ行動するか、その姿を見てきました。あなたの才能は、エルデリアを更に発展させる可能性を秘めています。私はあなたに、我が家臣になってくれないかと申し出たいのです。」
ヴィクター王の提案に、蒼汰は少し驚いた。彼はそんな大役を務めることができるだろうか。しかし、彼の心はすぐに答えを見つけた。彼は頭を少しだけ下げて、礼儀正しく答えた。「ヴィクター王、そのお言葉、大変光栄に思います。しかし、私が召喚されたのはヴィタリスです。そこに何か意味があるのではないかと、私は考えています。だから、私はエルデリアに仕えることはできません。」
ヴィクター王は少し驚いた顔をしたが、すぐに理解したような表情に変わった。「それは残念だが、私はあなたの決意を尊重します。」
蒼汰を深く見つめながら、その目的を尋ねた。「それでは、蒼汰、あなたの目的は何なのだろう?」
蒼汰はしっかりとヴィクター王の目を見つめ返し、淡々とした口調で答えた。「厄災を防ぐことです。」
その答えに、ヴィクター王は眉をひそめた。「厄災?」
蒼汰は、自分が海底神殿で見た絵画のことを語り始めた。「神殿の壁に描かれていた絵画には、3つの厄災が描かれていました。」
最初の絵画は、炎に包まれた大地を描いていた。その絵画は炎に照らされた悲鳴を上げる生物の姿、荒々しく描かれた炎が天まで届くかのような光景を鮮やかに描き出していた。次に、水面下の大地を覆う巨大な氷塊の絵画だった。その絵画は、凍てつく冷気と絶望が描かれていた。地面を覆う氷塊は、生命を喪失したかのような冷たさを感じさせた。そして最後の絵画は、天から降り注ぐ闇を描いていた。その闇はすべてを飲み込み、日の光を完全に奪っていた。それは闇に包まれた世界の終末を示していた。
「そして、それら3つの絵画の中心には、レヴァイアサンが描かれていました。」
その言葉に、ヴィクター王は深く息を吸い込み、一瞬眉間にしわを寄せた。
ヴィクター王は蒼汰の言葉を聞いて、信じられないと言った。「そんな絵画が神殿に…それは驚愕だ。しかし、それが現実に起こるとは思えんね。」
蒼汰は淡々とした口調で答えた。「私もそれが必ず起こるとは思っていません。しかし、海底神殿にはそれが予言であると記されていました。」
その言葉に、ヴィクター王は一瞬黙り込んだ。それは事態が思っていた以上に深刻だということを示していた。
そして、蒼汰は自分の思いを口にした。「それを防ぐために、私や風花はこの世界に召喚されたのではないかと思っています。」
その言葉に、ヴィクター王は驚きの色を見せた。それは蒼汰が抱く重大な予感、そしてその予感に基づいた行動だった。それは彼の王としての視野を超えていた。
しかし、それは蒼汰が持つ独自の視点からの見解だ。それは彼がその絵画を見つめ、その真意を探求し、そしてその結果を元に行動を起こすための視点だった。
そう、それが蒼汰の目的、そしてそれが彼がこの世界で果たすべき役割だったのだ。それが、彼がこの世界に召喚された真の理由だったのかもしれない。
ヴィクター王は黙って蒼汰の言葉を聞き入れた。それは確かに信じがたい話だったが、しかし蒼汰が自身の言葉に込める深い誠実さを感じ取ることはできた。
ヴィクター王は、蒼汰をじっと見つめた後、ゆっくりと頷いた。「そうだな。それが君が果たすべき役割なら、私も君を支えるべきだ。」
その言葉に、蒼汰は淡く微笑んだ。彼の心には、ヴィクター王からの援助の言葉が大きな安堵として響いていた。
「それは大変ありがたいお言葉です、ヴィクター王。私たちはこれからも厄災を防ぐための戦いを続けます。」蒼汰は恭しく頭を下げた。
ヴィクター王は彼の言葉にうなずき、言った。「君が成功することを願っているよ。そして私は君が必要とする支援を惜しまない。それが我が国の平和を守るため、そして全ての生命を守るためだからだ。」
ヴィクター王の言葉は堂々としていて、その中には明確な意志と決意が感じられた。それは彼がエルデリアの王として、そして人々を守るリーダーとしての役割を果たすことへの確固たる意志だった。
その後、ヴィクター王は蒼汰に、エルデリア王国として出来る限りの援助を約束した。それは資金援助、武器や防具の提供、そして情報収集という形で具現化されることとなった。
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