第18話
テラクロスの街への道は、無数の緑豊かな木々が道を縁取る美しい風景が広がっていた。蒼汰とアリアーナは、この木々の間を進み、遠くに見える街の景色に息を呑んだ。
「まるで違う世界だな……」蒼汰は驚嘆の声を上げた。大陸の北東部に広がるこのテラクロスの街は、彼がこれまでに見てきたどの場所とも異なる風景を提供していた。街はフェイズゲートと呼ばれる巨大な構造物を中心に広がっており、その周囲にはさまざまな建物が点在していた。
アリアーナもまた、その景色に目を奪われていた。「そうね……私たちがこれまで見てきたどことも違うわ。。」彼女の声は、新たな出会いと経験に対する期待感で溢れていた。
街の門をくぐると、ふたりはさまざまな人々とその活気に満ちた生活に出会った。商人たちが自慢の品物を見せびらかし、旅行者たちが新鮮な驚きを共有し、冒険者たちは次の探索に向けて準備をしていた。
そして、その全ての中心には、フェイズゲートがそびえ立っていた。その存在は街の生命線であり、人々の行き来を可能にしていた。
蒼汰とアリアーナはその圧倒的な存在感に唖然とし、しばらくその光景を眺めていた。
テラクロスの街は活気に満ちていた。フェイズゲートによって集まる多くの人々で賑わう市場、そして人々が集まる酒場や宿屋、そしてさまざまな商品を取り扱う商店が立ち並んでいる。その一角には服飾店も多く存在し、多様な文化から来る旅行者や冒険者たちの需要に応えるため、様々な種類の服が並べられている。
蒼汰はアリアーナと共に市場を歩き、洋服店を覗いた。アリアーナの衣装は旅を通じてかなり疲弊していた。それは当然だ。何日もの長旅、そして数々の戦闘。その全てが彼女の衣服に影を落としていた。そこで、蒼汰はアリアーナに新しい服を買ってあげることにした。
店内は広々としており、様々なデザインの服が展示されていた。冒険者に適した頑丈なレザー製の服、フードつきの旅行者用のクローク、柔らかいリネンのチュニック。それぞれが丁寧にディスプレイされ、彼らの目を引いていた。
蒼汰がアリアーナに新しい服を選ばせると、彼女はしっかりと見つめていた。彼女の視線は特に淡いブルーのチュニックに留まった。そのチュニックは、彼女の青い瞳と調和するような色合いをしていて、リネン製で着心地も良さそうだった。それは暑い日でも涼しく快適に過ごせるように作られている一方、そのゆったりとしたフィット感は動きやすさも確保していた。
アリアーナがそのチュニックを選んだ時、蒼汰はにっこりと微笑んだ。それは彼女の個性と旅の生活にぴったりの一着だと感じたからだ。彼は店員にそのチュニックを頼み、アリアーナにそれを手渡した。彼女は彼に感謝の言葉を述べ、新しい服を優しく抱きしめた。新しい服は新たな旅立ちを象徴するようでだった。
蒼汰とアリアーナは、新たに買い揃えた服を身に纏い、テラクロスの街を見て回った。その繁栄ぶりは、彼らがこれまで訪れたどの街よりも派手で華やかだった。
まず彼らが訪れたのは、フェイズゲートだった。この大きな装置は、街の中心にそびえ立ち、遠くからでもその存在を主張していた。蒼汰とアリアーナは、その大きさと精巧さにただただ驚愕した。フェイズクリスタルを扱う技術者たちが、鍛えられた手つきでゲートのメンテナンスを行っており、その光景は彼らにとって新鮮だった。
次に彼らが向かったのは、市場だった。食料品から衣類、装飾品から武器まで、ありとあらゆる商品が並べられていた。商人たちの甲高い声が飛び交い、買い手たちが商品を手に取って値段を尋ねる。その生き生きとした雰囲気に、蒼汰とアリアーナは自然と笑顔になった。
昼食は市場の飲食店で取ることにした。そこでは、テラクロス特産の料理が提供されていた。蒼汰は旅先での新たな料理を楽しむのが好きだったので、アリアーナと共にそれぞれの特産料理を試してみた。その美味しさに二人は大満足で、新たな力を得たようだった。
そして彼らが最後に訪れたのは、街の図書館だった。アリアーナの好奇心を満たすため、そして旅先の情報を集めるためだ。大きな図書館には、各地の情報や歴史、伝承などが詰まった多くの本が並べられていた。彼らは何時間もそこに滞在し、自分たちが旅を続ける上で必要な情報を探し出した。
一日の終わり、宿屋の暖かい部屋に身を横たえ、アリアーナと蒼汰は心地よい疲労感を共有しながら、今日一日の出来事を語り合った。彼らの声は静かで、外から聞こえてくる街の夜の音と混ざり合っていた。
アリアーナは蒼汰に向かってゆっくりと話を進めた。彼女がフェイズゲートに感動したこと、市場で見つけた魅力的な装飾品のこと、そして特産料理の美味しさ。それぞれのエピソードは彼女の心情を映し出していた。
しかし、蒼汰に向かって語られなかったこともあった。それは彼女自身の思いだった。彼女は自分の心に深く秘めた感情、蒼汰への愛情をまだ明かしていなかった。だが、アリアーナはそれでもいいと思っていた。その感情を明かすことが全てではない。大切なのは、蒼汰と共に過ごす時間、二人で作り上げてきた絆だと彼女は信じていた。
アリアーナは蒼汰が異世界に帰る日がいつか来ることを思い出した。その瞬間、彼女の心は少しだけ痛んだ。しかし、彼女はすぐにその思いを振り払った。それまで一緒にいられれば、それでいい。その後の人生も、蒼汰と過ごした記憶を胸に刻み、それを力にして生きていけるだろうと彼女は強く思った。
だからアリアーナは、静かに蒼汰の側にいることを選んだ。話すことはない。ただ、静かに彼の隣に座り、彼の存在を感じているだけで、彼女の心は満たされていた。彼らの会話は、お互いの存在を認め合うためのものだった。彼女は蒼汰に対する感情を隠し続けることを選んだが、それでも彼女の心は、静かな幸せに包まれていた。
食事が終わり、蒼汰とアリアーナが心地良い静寂を楽しんでいると、宿屋の扉が重々しく叩かれた。その音は、暖かな照明の下で過ごす二人の心地よさをぶち壊し、不安な雰囲気を部屋に漂わせた。不意に現れたその音に、二人は驚きの眼差しを交わし、蒼汰がゆっくりと立ち上がり、扉へと歩みを進めた。
扉を開けた瞬間、そこに立っていたのは、厳格な表情を浮かべた衛兵だった。身体を覆う鎧は闘志を映し出し、手に握る魔法武器の輝きは、部屋の暖かさを一瞬で凍りつかせた。その圧倒的な存在感に、蒼汰は一瞬息を飲むが、すぐに彼の顔には冷静さが戻った。
衛兵は深刻そうに蒼汰を見つめ、「蒼汰様、あなたに対し反逆罪の嫌疑がかけられている」と告げた。その言葉は、一瞬、室内に重苦しい沈黙をもたらした。しかし、蒼汰はすぐに自身を落ち着かせ、冷静に衛兵を見つめ返す。
「わかった。詳しく話を聞こう。アリアーナも一緒に」と、蒼汰が断固とした態度で答えると、衛兵は少し驚いた表情を見せたが、頷き、二人を街の中心へと連れていくことにした。
衛兵が宿から出て行く際、アリアーナは心配そうな表情で蒼汰を見つめ、手を握りしめていた。しかし、彼女は蒼汰を信じ、二人でこの困難を乗り越えることができると信じていた。宿屋の暖かな部屋を背に、夜の街へと姿を消す蒼汰と衛兵。彼女の心の中には、待ち受ける試練への不安とともに、蒼汰への深い信頼が刻まれていた。
厳然とした雰囲気の中、蒼汰とアリアーナは衛兵たちに囲まれ、テラクロスの城へと向かった。城の壮大な門をくぐり、石畳の廊下を進む。途中で衛兵の一人が始めた説明は、想像以上の事態を告げていた。
「ヴィタリス全土で、大規模な反乱が発生しています。エーテルウェーブ・ブロードキャストでは、古代遺跡に関するあなたの論文が頻繁に発信されている。」衛兵は淡々と述べた。「それが原因で、あなたに対する反乱加担の嫌疑が浮上したのです。」
蒼汰は言葉を失った。まさか自分が反乱の嫌疑をかけられるとは。しかし、それだけでなく、次に衛兵が告げた事実はさらに彼の心を乱した。
「あなたがシルバーグローブで使用した銃という武器。あれはこの世界に存在しない。それが決定的な疑念を生んだ。」衛兵は蒼汰の驚きの表情を見つめて言った。「それにより、あなたが反乱者の一員との疑念が強まったのです。」
衛兵の告白に、蒼汰は息を飲む。この世界で彼が取り組んできた全ての努力、その全てが疑わしいものとなり、誤解と疑惑の対象となってしまったのだ。
衛兵は深刻な表情で蒼汰を見つめた。「だからこそ、我々はあなたに説明を求めている。城にお越しいただき、具体的な事情を説明していただけるとありがたい。」
その言葉に、蒼汰は静かに頷いた。どうやらこの問題は単純な誤解で済むものではなさそうだ。
アリアーナを思う蒼汰の心は急速に動き始めた。彼女のことを思い出す。大森林で最初に彼女を見つけたとき、生け贄として神々に捧げられていたこと。彼女の奴隷としての地位、そして彼女がどのようにして命を放出し、死を受け入れようとしていたのか。それが彼女の現実であり、そして、それが再び彼女の現実になりかねない。
何も知らない衛兵たちは、彼女をただの付き人としか見ていないだろう。しかし、もし彼女が奴隷であり、かつて生け贄にされていたという事実が発覚したら、彼女の身に何が起きるか想像するだけで蒼汰の胸が締め付けられた。最悪の場合、彼女は再び大森林へと送り返され、命を奪われるかもしれない。
そんな事態を防ぐために、蒼汰は逃亡を決意する。反乱への加担疑惑を晴らすことはできないかもしれないが、彼ができることはアリアーナを守ることだ。そのためなら、彼は何もかもを捨ててでも行動する覚悟だった。
「アリアーナ。」蒼汰は静かに彼女に囁いた。「逃げるんだ。」
彼女は驚いた表情で彼を見つめたが、すぐに理解した。アリアーナは彼を信頼していた。彼がどんなに困難な状況でも、必ず彼女を守ってくれると信じていた。
そうして、二人は夜の街を駆け抜け、追いつめられる状況から逃れようとした。
夜の闇を突き刺すような、衛兵たちの灯火が迫り来る。蒼汰とアリアーナは必死に走り続ける。その背中を追う衛兵たちの駆け足の音が、街の静寂を打ち破って響き渡る。だが、逃げるための道は、どんどんと狭まり、ついに行き止まりへと追い詰められる。
「ここだ、もう逃げられないぞ!」衛兵のひとりが喊ぶ。その声が、石畳の街路にこだまする。アリアーナの青い瞳が怯えている。だが、彼女はそれでも蒼汰の手を握りしめ、頼りにしている。
そんな蒼汰の思考が、心の中で響く。行き場を失い、背後から迫る敵。しかし、逃げ場がなくとも、彼の心は決して揺るがない。何があろうと、アリアーナを守ることだけが彼の目的だ。
「アリアーナ、僕の後ろに隠れて。」彼の声は、強く、力強く、そして優しく響いた。「何があっても、動かないで。」
彼女はただ、彼の言葉に頷いた。それから、彼女は彼の背後に隠れると、彼の服を握りしめた。その温もりは、彼女に安心感を与えた。そして、彼女の心は、彼を信じることで満たされていた。
蒼汰はそこで、全ての決断を下す。瞬間、彼の手の中には星光があった。闇夜の中で、その銃は静かに輝き、意を示していた。それから、彼はその銃を前に突き出し、自分たちを追い詰めてきた衛兵たちを見据える。
衛兵たちは驚き、そして恐怖に顔を歪める。
その時だった。
突如風が吹き荒れ、灘波風花が空から降り立つ。彼女の足元から吹き出る風は、まるで風の川のように周囲を飲み込んでいく。目の前の視界が強い風によって一瞬、遮られた。その風に包まれた彼女の姿は、まるで古の英雄のようだ。
「ちょっと待ってて。」その声は、風の中からもはっきりと蒼汰の耳に届いた。
彼女はそのまま、風の力でアリアーナを一瞬で壁の向こうへ運ぶ。その動きは、まるで風に乗って滑るような滑らかさだ。アリアーナの身体は、風花の風に包まれ、優しく浮かび上がる。それから彼女は、風に乗り、高く、そして遠くへと飛んでいく。その姿は、まるで鳥が空を舞うようだった。
風花が空から降り立った時、衛兵たちは一瞬、その場で立ち止まった。彼らの視線は、彼女の姿を追いかけていく。その間にも、彼女は風に乗ってアリアーナを運び、彼女を安全な場所へと移動させていた。
「風花…」その名を口にした蒼汰の声は、風花の行動に対する感謝と驚きでいっぱいだった。風花は、彼女の力を使ってアリアーナを保護し、そして、蒼汰の戦いを支えた。彼女の行動は、彼女の性格を如実に表していた。彼女はどんな困難な状況でも、彼女の友人を守るために立ち上がる、強くて勇敢な戦士だ。
彼女がアリアーナを運んだその後、彼女はその場に立ち止まった。風花はその場に立つと、彼女の剣を抜いた。その剣は、風が吹き抜けるときのような音を立てて、彼女の手から滑り出た。
「さて、これからどうするかな?」彼女の声は強く、自信に満ちていた。それから、彼女は衛兵たちに向かって剣を構えた。
それから、風花はふたたび強風を起こし、今度は蒼汰を抱えて壁の向こうへと向かった。その風は優しく、そして力強く蒼汰を包み込む。彼はその瞬間、風花の背中に抱きついた。風花の背中は、彼が記憶するよりも硬く、そして力強く感じた。風花は、彼女の風の翼で蒼汰とともに空を飛び、壁の向こうへと消えていった。
風の魔法によって運ばれているとはいえ、その力に蒼汰は感心していた。その力は、彼がこれまで見てきたどんな力よりも強く、そして美しかった。その風は、彼女の精神的な強さを表しているかのように、確固とした存在感を放っていた。
(風花……。彼女はすごい。)その時、蒼汰の心は風花への尊敬で満たされていた。
しかし、彼がもう一度彼女の顔を見たとき、彼は驚きを隠せなかった。彼女は、彼の記憶の中にある風花よりも大人びて見えた。その眼差しは、さらに鋭く、確かなものになっていた。
難波風花、月岡蒼汰、アリアーナの3人は、息を切らせながら都市の繁華街を抜け、エルデリア大使館の門をくぐった。彼らの後ろにはヴィタリスの衛兵たちが迫っていたが、エルデリア大使館の領地に足を踏み入れた途端、追いかけてきた衛兵たちは一瞬で動きを止めた。
エルデリア大使館は、ヴィタリス国内にありながらもエルデリアの領土と認められていた。これはヴィタリスが表向きエルデリアと友好関係を結んでいるためで、ヴィタリスの法律では大使館の敷地は領土と見なされ、ヴィタリスの衛兵は大使館内に入ることが許されていなかった。
そうした事実を知った蒼汰は一安心した。彼の顔色は少しほっとした表情を浮かべた。
その後ろで、風花は大使館の門を閉じると、安堵の息をついた。「やっと安全な場所に来たわ。」風花の声は、一瞬の間、穏やかな笑みを浮かべる。
その笑顔を見たアリアーナは、自分も安心した顔を見せる。彼女の心中では、彼女自身の安全よりも蒼汰が安全であることの方が大切だった。彼女は風花に感謝の視線を送った。
3人は大使館の敷地内を進み、ビルの中に入った。大使館内はきちんと整頓され、静謐な雰囲気が漂っていた。この場所は、まるで戦争の影響をまったく受けていないかのように、平穏に包まれていた。その静けさは、3人に一瞬の安息を与えた。
アリアーナと蒼汰は、エルデリア大使館の豪奢な客室に案内された。その部屋は間接照明と精巧な家具で飾られ、国同士の友好関係を象徴しているかのような雰囲気を醸し出していた。ふたりは少し困惑しつつも、その上品な空間でひと息ついた。
間もなく、部屋の扉がゆっくりと開き、一人の女性が姿を現した。難波風花だった。
「二人とも無事でよかった。」風花の声には深い安堵と喜びが混ざっていた。彼女は自分がこの世界にいることを蒼汰に初めて知らせるために、どうにか形を整えた。
「風花、本当に君なのか?どうしてここに...」
風花は優しく微笑みながら、蒼汰に頷いた。「ええ、お兄ちゃん。私だよ。」
そして彼女は新たな仲間であるアリアーナに向き直り、彼女に向けて手を差し伸べた。「アリアーナさん、初めまして。蒼汰からはすでにあなたのことを聞いていました。」
アリアーナは風花の友好的なジェスチャーに応え、手を握り返した。「初めまして、風花さん。あなたの助けがあって、本当に助かりました。」
「このアストレイアに召喚されたのは、日本の西暦で何年何月何日だったの?」風花が問いかけると、その声には深い真剣さが込められていた。
蒼汰は思い出すのに少し時間を要した。「それは、2023年の4月5日だった。」
風花の顔に驚きの表情が浮かんだ。「それって、私と全く同じ日だわ。」
蒼汰とアリアーナは風花の言葉に当惑した表情を見せた。そこで風花は続けて説明した。「でも私がアストレイアに来たのは、今から実際には2年半前だったの。」
それが、蒼汰が風花が大人びて見えた理由だった。彼女はこの世界で既に2年半もの時間を過ごしていたのだ。それは蒼汰やアリアーナがこの世界に来てからの時間とは全く異なる。それぞれの召喚された時間は同じでも、この異世界アストレイアで過ごした時間は全く異なっていた。
この異世界では、時間の流れが地球とは異なるのかもしれない。それとも、召喚の際に何かしらのラグが生じて、時間がずれてしまったのかもしれない。その原因ははっきりしなかったが、少なくとも風花は蒼汰とアリアーナよりも先にこの世界に来て、その間に彼女はこの世界で成長し、自分自身を強化し、多くの経験を積んでいた。
それが彼女が風の魔法を使いこなし、大人びた姿を見せる理由だった。
扉が開き、レナとテオの二人が部屋へと入ってきた。彼らは風花と同じ星刻学園のクラスメイトで、このテラクロスへの訪問も蒼汰とアリアーナの援助が目的だった。
「お、お疲れ様!」レナは部屋に足を踏み入れると、明るい声で挨拶した。彼女は活発で元気な女性で、いつも人々に元気を与える存在だった。その青い瞳はいつもキラキラと輝き、その長い青い髪は軽やかに揺れていた。彼女の衣装は水色のローブで、その色彩は彼女の特性である水系の魔法を象徴していた。
「皆、お疲れさま。」一方、テオはもっと落ち着いた口調で挨拶した。彼は背が高く、静かで思慮深い男性だった。その黒い髪と深い青色の瞳は、彼の冷静さと落ち着きを表していた。彼のシンプルで実用的な衣服は、彼が剣術の達人であり、戦士としての精神性を示していた。
風花は二人の登場に驚きつつも、すぐに笑顔で迎えた。「レナ、テオ、来てくれてありがとう。」彼女の声には明らかな安堵の色が感じられた。同じ学園の友人たちがここにいることにより、彼女は少し安心感を感じていた。
レナとテオは風花の言葉に微笑んだ。彼らもまた、風花の存在が自分たちにとっての安心感となっていた。そして、新たにこの世界に来た蒼汰に対しても、自然と親しみを感じていた。
テオは蒼汰とアリアーナを見つめ、優しく頷いた。「風花からあなたたちのことを聞いていた。彼女を助けてくれて、ありがとう。」
レナも続けて言った。「そうよ、本当にありがとう。これからもよろしくね、蒼汰、アリアーナ。」
「さて、紹介をしましょうか。」風花が明るく言い、皆の視線を自身に引きつけた。「蒼汰、アリアーナ、こちらはレナ・クリスタルとテオ・ブラン。私たちと同じ星刻学園のクラスメイトだよ。」
まず風花はレナを指差し、「レナは明るく活発な子で、彼女のポジティブなエネルギーは私たちみんなを引きつけるんだ。」と紹介した。風花の言葉にレナは笑顔で頷き、「それは風花のためだけじゃないわよ。蒼汰とアリアーナのためにもなるわ。」と応えた。
続いて風花はテオを紹介した。「そして、テオ。彼は物静かだけど、深い洞察力と優れた剣術の技術を持っている。私たちの中では信頼できるリーダーだよ。」テオは風花の紹介にうっすらと頬を染めながら、蒼汰とアリアーナに礼儀正しく頭を下げた。「それは大げさな表現だが、風花のおかげで僕たちは常に最善を尽くしている。これからもよろしくお願いします、蒼汰、アリアーナ。」
最後に、風花は蒼汰とアリアーナをテオとレナに紹介した。「そして、こちらが蒼汰とアリアーナ。蒼汰も私と同じく異世界からアストレイアに召喚された。アリアーナは、んーどういう関係かな。」アリアーナは風花の紹介に照れくさそうに微笑んだが、その表情には確かな決意が見えた。「初めまして、レナ、テオ。よろしくお願いします。」
蒼汰も「よろしくお願いします」と挨拶した。
風花の紹介に続いて、蒼汰は彼女に疑問をぶつけた。「風花、どうして僕のことを知るようになったの?」と。
風花は微笑んだ。その笑顔には何かを語るような、暖かい光が宿っていた。「それはね、エーテルウェーブ・ブロードキャストのおかげなのよ。」と彼女は語り始めた。
「ここ数か月、古代遺跡についてすごい内容の論文がエーテルウェーブ・ブロードキャストで送られてきていたの。それはエルデリア古代魔法研究院長、エドワード・ラトリッジ先生が返事をするほどだったから、大変な話題になっていたわ。」
風花の口から出る言葉に、蒼汰とアリアーナは息を飲んだ。
「そのやり取りを見ているうちに、発信者が異世界の住人じゃないかとのうわさが飛び交っていたの。でも、本当に確信が持てたのは、あなたがシルバーグローブで黒い宝石の浄化をエーテルウェーブ・ブロードキャストで求めた時よ。その時の名前が、月岡蒼汰だったから。」
風花の話に、蒼汰は自分が広く知られていることに驚きを隠せなかった。アリアーナもまた、驚きと同時に感心の眼差しを向けた。
「それを見て、私は自分の闇の組織の知識を用いて返事をしたの。蒼汰の助けになればと思ったから。」
風花の告白に、蒼汰はただただ感謝の念を抱いた。自分を知り、助けようとしてくれた彼女への尊敬の念が、胸に溢れ出てきた。
風花は、次に何を言うべきか、どう話し始めるべきか考えた。彼女の瞳は、丁寧に探り、それでも強い決意を秘めた光を放っていた。それから、彼女は言葉を続けた。
「実は、ヴィタリスで起こっている内戦のこと、そして蒼汰にかけられた嫌疑のことも知っているの。だからこそ、私はテラクロスに来たのよ。」
その告白に、蒼汰とアリアーナは少しばかり驚いた表情を見せた。風花がこんなにも自分たちのことを知っていたとは。
アリアーナは風花を見つめ、その瞳に敬意と感謝を込めた。「風花さん、そんなことまでして、私たちのことを知って、助けに来てくれたんですね…」
風花はうなずき、優しい笑顔を浮かべた。「もちろんよ。あなたたちが困っているなら、手を差し伸べないわけにはいかないでしょう? それに、私自身も何か力になれることがあれば、それを尽くしたいと思っているの。」
風花の言葉に、蒼汰とアリアーナは改めて彼女の優しさと力強さを感じた。それは、共感と尊敬、そして新たな信頼の形成へと繋がっていった。
風花は、ふとした瞬間に緊張を解し、純粋な好奇心に満ちた目で蒼汰を見つめた。「で、この後はどうするつもりなの?」
その質問は、いままでの雰囲気から少し離れ、未来に対する一種の開放性と期待感をもたらした。彼女の声は、探求する者のものであり、また友人のものでもあった。それは、蒼汰とアリアーナに明るい未来への可能性を見せるかのようであった。
蒼汰は、彼女の瞳の中にある純粋な興味に応えるために言葉を繋げていった。「実は、もともとの計画では、ここからフェーズゲートを使ってアスペリオンに向かうつもりだったんだけど…」
しかし、その言葉が出る前に、彼は無意識に息を吐き出した。現実の厳しさ、そしてそれが彼らの望むものから遠ざかっていくことを強く感じていた。
「でも、今の状況ではフェーズゲートを使うことは難しいよね。」彼はそう続け、語尾に少しの落ち込みが混じった。この状況は、彼らの目的を達成するために、あまりにも多くの障壁を生んでいた。
風花は、それを理解し、頷いた。彼女もまた、現実の厳しさを感じていた。しかし、それと同時に、彼女の目は困難を乗り越える可能性を見つけようと、一層輝いていた。風花は自分たちが困難に立ち向かう力を持っていると信じていた。そして、その信念が彼女にとって、一つの力となっていた。
「それなら、他に何か方法を見つけるしかないわね。」風花はそう言い、自分たちの行動を前向きに捉える強さを示した。それは、彼らが困難に対しても屈せず、常に解決策を見つける姿勢を示していた。
風花は深く考え込んでいた。その表情は、心に何か重大な提案を抱えているかのようだった。そして、その目は彼女が次に何を言おうとしているのかを伝えていた。重要なこと、そしてそれが彼らの旅の方向性を大きく変えるかもしれないこと。
彼女はゆっくりと息を吸い込み、視線を蒼汰とアリアーナに向けた。「このままエルデリアへの亡命はどうかしら?」彼女はそう提案した。その声は穏やかでありながら、一種の固い決意が感じられた。
その提案は、蒼汰とアリアーナの心に響き渡った。それは彼らの期待と現状の矛盾を解決する可能性を示唆していた。また、それは風花が自分たちの事情を深く理解し、尊重してくれていることを示していた。
蒼汰は、アリアーナのことを思い出していた。彼女は奴隷の身分であり、生け贄として大森林に置き去りにされていた。彼が出会ったとき、彼女はすでに死を受け入れ、生命力を失いつつあった。しかし、蒼汰と共に時間を過ごす中で、彼女は生きる希望を見つけ、自分自身を取り戻し始めた。
彼は、アリアーナが再び奴隷や生け贄になる可能性を何としても避けたいと思っていた。彼は、出来るだけ彼女が知られていない場所に行きたいと願っていた。そして、風花の提案は、その願いに応える可能性を秘めていた。
蒼汰は心の中で深く頷き、風花に対して感謝の気持ちを抱いた。「風花、ありがとう。それが一番良さそうだね。」
彼の声は、彼自身の安堵と、風花に対する深い感謝が込められていた。彼は、風花が自分たちのことを真剣に考え、最善の答えを見つけてくれたことに感謝していた。
「亡命のルートは海路が最適だと思うわ」と風花は語った。彼女の声は自信に満ちていて、長い経験と知識に裏打ちされた計画を伝えていた。
彼女は地図を広げ、近くの港町とエルデリアを結ぶ経路を指で辿った。「まずはここから一番近い港町、ミドラータまで移動するのよ。それからそこから船でエルデリアまで向かう。」彼女は地図上で計画を説明しながら、彼らにそれを視覚的に理解させるための詳細な説明を付け加えた。
風花の計画は明確で現実的だった。それは亡命の道筋を示しており、彼らが適切に移動していくための安全なルートを示していた。彼女はその経路を詳細に知っており、どの港でどの船を利用するのが最善か、船員にどう話をつけるべきか、さらには移動中の危険にどう対処するべきかまで、全てを考えていた。
それは風花がその道のりを一人で歩んできたことを示していた。それほどまでに詳細で具体的な計画を立てることができるのは、彼女が実際にそれを経験し、学んだからに他ならない。それは彼女が彼らの亡命を真剣に考えていることを示していた。
「そうすれば、アリアーナさんも蒼汰さんも、安全にエルデリアにたどり着けるはずよ」と風花は言った。
風花は皆に向かって、この大使館で夜を過ごすよう提案した。大使館はその名の通り、エルデリアとテラクロス間の政治的なつながりを維持するための場所であり、風花が今の立場にいるため、彼女の提案に全員が同意した。
大使館は、石造りの大きな建物で、内部には豪華な装飾と家具があり、エルデリアの文化を象徴していた。その中には、風花が自分たちに用意した個々の部屋があり、そのそれぞれが清潔で快適な環境を提供していた。それぞれの部屋には広いベッド、書棚、そして窓から見下ろす美しい庭園の景色があった。
(今日一日は長かったね、みんな疲れているだろう。ここでゆっくりと休んで、明日の旅に備えよう)と蒼汰は思った。
風花は、全員が自分たちの部屋に行く前に、「明日の出発は午前9時です。準備ができたらロビーに集まってください」と告げた。そして皆は自分たちの部屋に向かい、一日の疲れを癒すために休むことにした。
アリアーナの願いに応じて、彼女と蒼汰は同じ部屋に配された。部屋は広くて清潔だったが、二人とも大使館の華やかさに少し戸惑っていた。大森林やテラクロスでの生活とはかけ離れた環境だったからだ。
部屋の中心には大きな二人掛けベッドが置かれていた。周りにはエルデリアの伝統的な花柄の壁紙で装飾された壁、細工の施された天井、そして大きな窓からは大使館の庭園が見えた。
アリアーナは窓際に立ち、その庭園をじっと見つめていた。彼女の瞳には、これまで経験してきた厳しい生活とは全く違う環境に対する驚きと興奮が溢れていた。
蒼汰は彼女の隣に立ち、「アリアーナ、君は大丈夫?」と声をかけた。
アリアーナは彼に微笑んで頷き、「はい、主人。ただ、ここは私たちがこれまでに見てきたどの場所とも違うから少し驚いただけよ。でも、心配しないで。あなたがいるなら、どこでも私は大丈夫。」
蒼汰は彼女の言葉にほっとすると同時に、彼女を守る決意を新たにした。そして彼女の手を取り、「ありがとう、アリアーナ。一緒に新しい生活を始めるんだ。私たちは何も怖くない。何か困ったことがあったら、何でも言ってほしい。」と言った。
アリアーナは蒼汰の言葉に心からの感謝を込めて頷き、二人は互いに寄り添いながら、新たな一日と未来への期待を胸に、ゆっくりと目を閉じた。
アリアーナが眠った後、蒼汰と風花は大使館の静かな廊下で対面した。風花は一日の疲れを感じさせない穏やかな表情を見せていた。一方の蒼汰は、アリアーナのため、そしてこれからの未来のために固い決意を胸に秘めていた。
アリアーナが静かな眠りについた後、蒼汰と風花は共に大使館の一室で会話を交わした。その部屋は風花が使っている研究室で、書物や地図、魔法道具などが散らばっていた。これらは風花が星刻学園で学んでいる知識を裏付けるものだった。
風花は蒼汰を部屋の中心にあるソファに誘い、彼が座ると目の前に置かれたテーブルの上に手を伸ばした。そこには、紫色の硬質レザーで装丁された大きな書籍が置かれていた。
「お兄ちゃん、これを見て。」風花は本を開き、蒼汰に示した。そこには、黒い影が描かれており、「エクリプス・シャドウ」の名前が大きく書かれていた。
「エクリプス・シャドウ…?」蒼汰は疑問に思いながらも、風花の説明を待った。
「これは、私が最近星刻学園で学んでいる内容の一部なの。」風花は言った。「エクリプス・シャドウは、闇の組織で、私たち魔法使いにとって大きな脅威となっている。」
蒼汰は風花の言葉を聞きながら、彼女の表情に深刻さを感じ取った。「これが君が調査している内容なのか?」
風花はうなずき、説明を続けた。「エクリプス・シャドウは、その活動の大部分が闇に包まれていて、具体的な目的や構成員はほとんど不明なの。でも、彼らが闇の魔法を使い、さまざまな違法な活動を行っていることは確かなのよ。」
「闇の魔法…」蒼汰はその言葉に思いを馳せた。アリアーナの過去を思い出し、彼女が経験した闇の魔法の恐怖を感じた。
風花はソファに深く座り込み、少し眉をひそめた。「私たちはまだエクリプス・シャドウについて詳しくは知らないけれど、彼らが何を企んでいるのか調査し、可能な限り防ぐ必要があるのよ。」
「風花、」蒼汰は彼女の手を握り、安心させるように言った。「君が何か困ったことがあれば、すぐにでも言ってくれ。私たちも君の力になるよ。」
風花は微笑んで兄の言葉に感謝した。「ありがとう、お兄ちゃん。でも心配しないで。私は星刻学園で、いろいろと学び、自分を守る方法を学んでいるから。」
蒼汰は、エクリプス・シャドウという組織について考え続けた。それは強大で危険な存在で、風花やアリアーナ、そして自分自身にも脅威となり得る組織だ。それでも、蒼汰は自分が出来ることを考え、アリアーナとともに新しい人生を築くと決めた。
風花はついに蒼汰に向かって疑問を呈した。「ところで、お兄ちゃん。」彼女は手元の茶杯を下ろし、顔を上げて蒼汰を見つめた。「いつから幼女趣味になったの?」
蒼汰は咄嗟に噴き出しそうになるコーヒーを必死で抑え込み、怪訝な表情で風花を見つめた。「何を言ってるんだ、風花。それはただの主従関係だ。」
だが風花の目には疑念が渦巻いていた。「それはどうかしら。」彼女は再び茶杯を口元に運んだ。「ただの主従関係なら、なぜアリアーナちゃんと同じ部屋で寝るの?」
蒼汰はその質問にはっきりとした答えを出せなかった。それは彼自身、アリアーナとの関係について完全には理解できていなかったからだ。彼はただ、アリアーナが自分のそばにいて、安心して眠れることを望んでいた。
「それは…」蒼汰は言葉を詰まらせた。彼は風花の目を見つめ、自分の心の中で答えを探した。「アリアーナは…彼女は…」
風花は優しく微笑んだ。「お兄ちゃん。」彼女は蒼汰の手を握り、言葉を続けた。「もしもアリアーナちゃんのことが大切なら、それを素直に認めること。それが一番大切だよ。」
「それで、お兄ちゃん。」風花は再び蒼汰に問い掛けた。「星良さんとはどうなったの?」
蒼汰は瞬間的に硬直した。寺井星良、その名前を風花に聞かれるとは思っていなかった。彼女は蒼汰の元恋人であり、かつて一緒に過ごした時間を思い出すだけで、蒼汰の心には複雑な感情が溢れてくる。
「星良とは…」蒼汰は風花の視線を逸らし、言葉を紡いだ。「召喚された時には、すでに別れていたんだ。」
風花の表情は驚きに包まれた。「えっ、そうなの?でも、あんなにお似合いの二人だったのに…」彼女は少し落胆した様子を見せるが、すぐに笑顔を取り戻した。「だけど、それならそれで。お兄ちゃんが幸せなら、それが一番だよ。」
蒼汰は少し苦笑いをした。星良との別れは決して簡単なものではなかったが、それでも彼は自分自身を受け入れ、前に進むことを選んだ。そして、今、彼の前には新たな人生が広がっている。アリアーナとの関係、そしてこれからの旅路。
その夜、蒼汰は風花の言葉を心に刻み、改めて自分の心に向き合った。彼は星良との過去を胸に秘め、アリアーナとの未来へと向かって歩き出した。
「おやすみ、風花。」蒼汰はゆっくりと立ち上がり、風花に向けて手を振った。彼の表情は穏やかで、瞳には静かな光が灯っていた。
「うん、お兄ちゃんもおやすみ。」風花は弱々しく手を振り返した。蒼汰が部屋から出て行くと、彼女の心に寂しさが広がった。もう一度蒼汰に会えたこと、彼が無事で元気そうなことに安堵していた。でも、蒼汰とアリアーナの関係を見て、風花の中には複雑な思いが渦巻いていた。
(あの子…アリアーナ。彼女はきっとお兄ちゃんのことを好きなんだろうな。)風花は思った。蒼汰とアリアーナが共に過ごす時間を見て、その二人の間に生まれている絆が見えていた。それは、ただの主従関係を超えた何かだった。
風花は自分の感情に正直に向き合った。彼女はずっと昔から蒼汰を尊敬し、慕っていた。蒼汰が寺井星良と付き合っていた時も、自分の感情を抑えていた。しかし、今、この新たな世界で、再び蒼汰に出会った風花は少し期待を抱いていた。でも、それはまた、自分の中の悲しい現実を知ることでもあった。
(でも、それでもいい。お兄ちゃんが幸せなら…それが一番だから。)風花はそう自分に言い聞かせて、寂しげに部屋を見渡した。彼女は少し瞳を閉じて、蒼汰の言葉を思い出した。
風花の部屋には静寂が流れていた。彼女はひとり、静かに眠りについた。
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