第7話

疲労と達成感が混ざり合った状態で、風花達5人はエルデリアの首都、ルナリアへと戻った。彼らが故郷に足を踏み入れると、空気がひんやりとし、夜の静寂が街を包んでいた。それは、先の激戦の余韻がまだ彼らの中に残っているからだろう。彼らはひとまず目指すべき場所、診療所へと足を進めた。

彼らが診療所の扉を開けると、そこにはレナとテオの姿があった。二人はベッドに横たわり、静かに眠っていた。しかし、風花達が一目見て理解した。レナとテオの体にまとわりつく黒い霧、それが呪いの証だった。彼らの瞳は暗闇を映し出し、その身体は力なくベッドに沈んでいた。


事前に予想していた最悪のシナリオだった。彼らがグロウルフォージを倒し、呪いが解けることを祈っていた。しかし、呪いをかけた存在は、グロウルフォージではなかった。

レナとテオの苦しそうな表情を見ると、風花達は絶望的な感情に打ちのめされた。彼らの頬を伝う涙、握りしめる手の力、それは絶望と悔しさを物語っていた。彼らがどれだけ戦い、どれだけ勝利を手に入れても、仲間たちを救えないなら、それは本当の勝利とは言えない。

風花達はレナとテオのベッドの周りに座り込み、無言で頭を垂れた。


静寂が部屋を支配した。風花達が絶望に沈む中、一人の少女がゆっくりと立ち上がった。その少女の名はエレシア・ウィンドソング。彼女は吟遊詩人であり、エルフと人間の血を引くハーフエルフで、星刻学園の学生である。その瞳には深い悲しみと強い決意が宿っていた。

エレシアは床に置いたライアを取り上げ、ゆっくりと奏で始めた。その音色は清らかで、心に響くような美しさを持っていた。彼女はゆっくりと歌を口ずさみ始めた。その歌声は優しく、しかし力強く、部屋中に響き渡った。エレシアの歌詞は彼女の深い思考と感情を表現していた。

歌はレナとテオを包み込んだ。黒い霧が二人を包むことを止め、静かに消えていった。その瞬間、風花達は息を呑んだ。呪いが解けていた。レナとテオの身体から黒い霧が消え、彼らの瞳に再び生気が戻った。

しかし、その瞬間、エレシアの身体を黒い霧が包み込んだ。彼女の表情は苦痛に歪み、その手からはライアが床へと落とされた。エレシアはゆっくりと膝をつき、そのまま動かなくなった。その一部始終を見ていた風花達は、何が起こったのか理解した。エレシアがレナとテオの呪いを自分に移してしまったのだ。

その時、エレシアの脆弱な姿が、風花達の心を突き動かした。彼女の自己犠牲は新たな決意をもたらした。


一週間が過ぎ、エレシアはついに意識を取り戻した。彼女の視界が徐々に明るくなると、白い天井が目に飛び込んできた。周囲は静寂に包まれ、彼女の耳には自身の弱々しい息遣いしか聞こえてこなかった。

体のあらゆる部分から強い疲労感が湧き上がり、彼女は身動き一つ取れずにそのままベッドに横たわっていた。目を閉じ、彼女は深呼吸をした。どれだけ命を削られただろうかとエレシアは考えた。瞬間的に強大な魔力を放つというその力は、一瞬にして彼女を疲弊させた。


魔王軍の四大貴族の一人、サルヴァトールは冷酷無慈悲な狩人だ。彼の心には残忍さと殺戮への喜びしか存在せず、彼は獲物を追い詰め、その絶望と恐怖を引き出すことを楽しんでいた。彼は驚異的な身体能力を持ち、力、敏捷性、耐久力は超人的だった。そして何よりも恐ろしいのは、彼が獲物の弱点を見抜く能力だ。彼は相手の恐怖や不安を察知し、それを利用して彼らを追い詰める。

彼の外見もまた、その残忍さを如実に表していた。高身長で筋肉質な体格、深い黒色の目、銀色の髪、そしてその身にまとった黒い鎧と大剣。それら全てが彼の恐ろしさを物語っていた。

エレシアはその男を倒すために力を使う覚悟だった。自身の命を削るものだったとしても。


サルヴァトールはエレシアの姉、リリアンを殺した後、エレシアにも深淵の呪いをかけた。彼の冷酷さと無情さは、彼の獲物への残虐性だけでなく、その後も彼らを苦しめる残酷な呪いにも表れていた。

エレシアの歌は、世界でも希少な呪いを解く力だった。彼女の美しい旋律と魔力が結びつき、他者にかけられた呪いを解く独特な力を持っていた。これを危険視した魔王は、エレシア自身に呪いをかけることで彼女の力を封じ込めようとした。


この呪いは、2つの条件で発動する。一つ目はエレシアが歌を歌う瞬間、二つ目はエレシアがこの呪いの存在を誰かに明かすとき。どちらの条件が満たされても、エレシアの生命力は大きく失われる。寿命が減るのか、あるいはその場で命を奪われるのか、その反動の具体的な内容までは彼女にはわからなかった。

しかし、エレシアは自身の命と引き換えにでも、友人であるレナとテオを救いたいと願った。彼女は勇敢にもそのリスクを受け入れ、レナとテオの呪いを解くために歌を歌った。

その結果、彼女の体は大きな反動を受け、一時的に意識を失った。しかし、1週間の後、彼女は目を覚ました。彼女の生命力は大きく削がれてしまったが、それでもなお彼女は息をしていた。サルヴァトールによる呪いは、彼女の命を完全に奪うまでには至らなかった。


そっとドアが開き、レナとテオがゆっくりと部屋に入ってきた。彼らの顔には未だ信じられないという表情と、深い感謝の感情が浮かんでいた。二人はエレシアの隣に立ち、しばらく無言で彼女を見つめていた。それからレナが口を開いた。

「エレシア...」彼女の声はかすかに震えていた。「私たちを救ってくれて、ありがとう。あなたがいなければ、私たちは...」

テオも頷き、重ねて感謝の言葉を述べた。「本当に、ありがとう。あなたが歌を歌ってくれたおかげで、私たちはまた、普通の生活を送ることができる。」

しかし、その次に続く質問に対して、エレシアは答えることができなかった。「でも、なぜあなたがそこまでして...?」

エレシアは彼らの視線を避けた。彼女の心の中には、彼らに語れない秘密があった。彼女自身が呪われているという事実。そして、その呪いが発動する条件。エレシアが歌を歌ったり、この呪いの存在を明かすと、彼女の生命力が削られる。彼女はその事実を隠すために、ただ黙って彼らを見つめていた。

レナとテオは彼女の沈黙を見て、何かを察したようだった。「エレシア...もし何か困ったことがあるなら、僕たちに言ってほしい。」テオが静かに言った。「あなたが僕たちの命を救ってくれた。だから僕たちは、あなたのために何でもする。」

レナも頷いて、テオに続く。「私たちには、あなたのために生命を賭ける覚悟がある。何があっても、あなたを守り抜くと誓います。あなたに何かを強いている者がいれば、私たちは必ずや倒すと誓います。」


ミラは風花と二人になるために、診療所の外にある庭に案内した。月明かりが二人を照らし、ミラの顔には深い影が落ちていた。

「風花、私には話さなければならないことがある。」ミラの声は震えていたが、彼女は決意に満ちていた。「私の過去について。」

風花は無言で頷き、ミラを見つめ続けた。彼女の視線は優しく、しかし固い決意を感じさせた。

「私は...私は以前、闇の組織"エクリプス・シャドウ"に所属していた。」ミラは口を噤み、その事実を風花に打ち明けた。彼女の瞳には、過去の罪悪感と今現在の葛藤が浮かんでいた。

「エクリプス・シャドウ...?」風花の声は驚きに満ちていた。しかし、彼女はまだ何も言わず、ミラを見つめ続けた。

ミラは深呼吸をして、続けた。「私は今もその闇の力に影響を受けている。それは私の体と心に深く刻まれてしまったもの...」

「ミラ...」風花が口を開きかけたが、ミラは手を上げて彼女を止めた。

「だから、これは絶対にエレシアには言ってはいけない。」ミラの声は固く、断固としていた。「エレシアがこれを知ったら、彼女は私の呪いを解こうとして歌を歌うだろう。しかし、それは彼女の命を危険にさらすことになる。私は...私はそれを許さない。」

風花は少しの間沈黙を守った後、ゆっくりと頷いた。「私はエレシアには何も言わない。私たちが解決する。そして、私たちはあなたを守る。」

ミラは風花に感謝の言葉を述べ、彼女の手を握った。「ありがとう、風花。」


風花は決意を固め、闇の組織「エクリプス・シャドウ」について調べることを決めた。しかし、そんな彼女に最初に立ちはだかったのは、それを許さないエリナの言葉だった。


「エリナ、"エクリプス・シャドウ"について何か知っている?」風花が尋ねたとき、エリナの瞳は彼女を鋭く見つめた。

「その名前を口にするのは控えて。」エリナの声は、いつもの落ち着いた口調とは異なり、緊張と警戒に満ちていた。「それは、語るべきではない名前。風花、あの組織について調べることは危険です。」エリナは風花を見つめ、彼女の言葉を強く言い渡した。


風花はエリナの警告を深く受け止め、自分がどうすべきかを考えた。そして星刻学園の図書館で調べることを決めた。


星刻学園の図書館には、多種多様な知識が詰まっており、魔法の世界における最新の情報から古代の秘密までを探求することができた。風花は、闇の組織「エクリプス・シャドウ」についての情報を調べる。

風花は図書館の広大な書庫を歩き回り、あらゆる書籍を調査した。そして、組織の名前が書かれた古い魔法の文献を見つけることができた。「エクリプス・シャドウ」は、秘密主義を旨とし、その活動の詳細を明らかにすることは滅多にないと書かれていた。しかし、風花は彼らの情報を少しずつ集め、その全貌を掴み始めた。

組織の構造は層状の階級制度で、その頂点には影の主が君臨していた。その下には様々な役職のメンバーが存在し、その具体的な階級や役職の詳細は、組織の秘密主義のために明らかにされていなかった。しかし、その影響力は計り知れないもので、暗殺者やスパイのネットワーク、そして強大な魔法力によって裏打ちされていた。

彼らの活動内容もまた、多岐にわたっていた。魔法の研究、情報収集、暗殺、脅迫、そして時には国家レベルでの政治的な混乱の引き金となる事件等、その行為は一般的な法律や倫理とは全く異なるものだった。目的を達成するためならば、彼らは手段を選ばない。

そして何より彼らが使いこなす闇の魔法。禁じられた魔法を、彼らは恐ろしいほどの技術で操っていた。このことは、風花にとって最も気にかかる部分だった。ミラがエクリプス・シャドウの一員であったなら、その魔法の影響を受けている可能性がある。ミラが何を経て、何を見てきたのかを考えさせられるものだった。

風花は図書館の中で、自己の知識を広げ、眠らぬ眼で情報を探し続けた。それは、彼女が友人であるミラを救うため、エクリプス・シャドウと対峙するための準備だった。

彼女が手に入れた情報は、エクリプス・シャドウの全貌を描く一部に過ぎなかったかもしれない。しかし、それは風花が前進するための重要な第一歩だった。


風花は星刻学園の中庭でレナとテオを呼び止めた。彼女の瞳は固く、心に決意を秘めていた。二人はその様子に少々驚きつつも、無言で彼女を見つめ返した。

「私は、エクリプス・シャドウと対峙しなければならない。」風花の声は堅く、その言葉はレナとテオの心に深く響いた。それは、彼らがこれまで避けてきた危険で暗黒の組織、エクリプス・シャドウとの直接的な闘いを意味していた。

二人は驚きと混乱の中で一瞬風花を見つめた。しかし、その目は揺るぎなく、一歩も引くことなく彼女を見つめ返した。そして、レナが静かに頷いた。「私たちも、それに加わりたい。」テオも同様に頷き、彼らの決意が固まったのを風花は感じ取った。

彼らの目指す先は一つ、エレシア・ウィンドソングにかけられた呪いの真実を探ること。エレシアが呪いを受けた原因を突き止めるため、彼らはエクリプス・シャドウに立ち向かう覚悟を決めたのだ。彼らは確信していた、この組織がエレシアの呪いと何かしらの形で繋がっていると。


そして、2年の月日が流れた。

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