吸う

生きている

第1話

昭子はこの田舎町には似つかわしい淑女であった。頭が良く、芸事にも通じていて、言葉遣いも綺麗で同じクラスのみんなにも敬語を使っていた。胸元まで届く綺麗な黒髪と光に当たれば消えてしまいそうな程白い肌、吸い込まれそうなほど黒い瞳。クラスの女子はそんな彼女に嫉妬心を抱き、子供じみた嫌がらせをしていた。


去年の四月中旬、僕が日直で朝早くに学校に行くと彼女は自分の机を涙を流しながら拭いていた。僕は駆け寄ったが、言葉が出なかった。机の上には、油性ペンで落書きがされていた。朝日の当たる席だからか、書かれている部分が少し生暖かく、それが僕達を不安にさせた。僕は彼女に大丈夫かと尋ねた。そうすると昭子は、「大丈夫なふうに見える?だったら貴方おかしいわよ。」

そんなふうに声を荒げて感情的になる姿を初めて見た僕は、とても驚いた。それと同時に、不思議な感覚を覚えた。いつも誰と話しても同じ態度を取るあの昭子という人間の内側の部分を垣間見たのは僕しかいないだろうと云う事実に、背徳感を感じもっと深く知りたいと思えた。彼女の薄い皮を剥いで写真に飾っておきたい。僕だけが、彼女の内臓を見たのだと自慢したい。

そう思った僕は

「君はそんなふうにも話せるんだ」

と口に出してしまった。僕は思わず言った事を後悔するかのように、口に手を当てた。そういうと昭子は顔を赤くし、

「私の目の前から今すぐ消えて下さい」

と激昂した。今思えば彼女の顔は朝日に照らされて赤く見えただけかもしれない。しかし、それにも気づかない僕は動かずに彼女の顔を様子をじっと見つめた。彼女は僕を暫く睨みつけたが、僕はどこかへ行く素振りすらも見せなかった。すると彼女は舌打ちをし、僕の頬を平手打ちした。彼女の下唇からは血が出ていて、あからさまに噛み締めていたのが見て分かった。それから僕は教室を後にした。

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