仮面の心のQED〜戦神を宿し少年よ。己の解を見つけるため、果てなき世界を駆け回れ〜

大城時雨

第1話 死に際から、キミに贈る

「はい、それでは皆さんさようなら」


「「「さようならー」」」


 先生の号令でいっせいに礼をする。みんなに釣られ、俺もワンテンポ遅れて頭を下げた。


 黙々とバッグに教科書を詰める。他人と話はしない。全て入れ終わると、重りのようになったそれを背負い、教室を後にする。


 早く帰ろう。こんなところにいても、リスクがあるだけだ。そう思うと、嫌でも脚は動く。


――


 通学路を歩く。目に入るのは地面、地面、地面。たまにスニーカー。顔は上げたくない。疲れるから。


「ほらあの中学生! うちの子が通ってた小学校の児童会長やってた景政かげまさ りょうくんだよ! 元はとても明るくてリーダーシップもあったのに、あんな暗くなっちゃって……噂ではいじめにあったんだとか! 可哀想よね〜」


 中年女性の噂話というのは本当に腹が立つ。そんな情報、他人に伝えてどうしようというのか。それに、嫌でも耳に入ってしまう人がいるということも、考えられないのか。


 不快感が煮えたぎる。でも、その感情を表に出したりはしない。面倒だし……もう、二度とあんなことは起こしたくない。


 そう、俺が変わったあんなことは。


 小学校6年生の時、俺は児童会長(生徒会長のようなものだ)をやっていた。その時の俺を一言で表すなら『模範生』。明るく、行動力があり、元気。今の俺とは正反対な人間だった。


 その時の俺は『いじめ問題』を無くすため、尽力していた。生徒会の仲間を率い、必死に情報を集める。そして、遂に主犯格『葛生蓮翔くずうれんと』を追い詰めたのだ。


 だが、土壇場でいじめ発覚を恐れた校長による妨害を受けた。普段は明るい先生だっただけに、ショックだった。それだけじゃない。今まで応援してくれていた生徒たちが、みんな俺たちを無視するようになった。恐らく、校長による根回しだ。みんな、己の保身のために、自分の心を消したんだ。


 その時、俺は決めた。人は皆、自分をひた隠し、ずる賢く生きている。だから自分も『心の仮面』を被り、『本当の自分』を一切出さず、生きていく、と。


 だから、もう昔の俺について何も言わないでくれ。中学校も、知り合いがなるべく少ないところにした。そして、溢れそうになる本心を、必死に隠している。だから、だから――


 もう、俺に関わらないでくれ。


「おう燎! 悩み事かー?」


 後ろで聞き覚えのある声がした。俺は咄嗟に振り向く。そこにいたのは、恰幅が良く、笑顔が眩しい学ランを来た少年、『あかつき 大吾だいご』であった。


「まぁ……少しな」


 小さな声で呟く。こいつは昔、児童会副会長として俺と共にいじめ問題へ立ち向かった戦友だ。だから、少しだけ心を許して話すことが出来る。別々の学校になった今でも、こうして下校途中に会えば一緒に帰る間柄だ。


「まぁ……俺が1つ言えることは『過去に囚われすぎんな』ってことだな。哲学者のニーチェも言ってたろ? 『過去が現在に影響を与えるように、未来も現在に影響を与える』ってさ」


 大吾はなんとなしに呟いた。俺はその言葉を、素直に受け取ることが出来ない。繊細で、弱くて、情けない俺には。


「大吾……お前はすげぇよな。あんなことがあったのに、変わらず明るくて……」


「……ふん、そうかい。俺には昔のお前の方がもっと輝いて見えていたけどな。昔のお前は何に対しても純粋で、素直で、人を惹きつけて……」


「昔の話はやめてくれって何度も言ってるだろう?」


 ため息を着きながら地面を見る。もう、昔の俺なんて捨てたんだ。俺はもう、面倒事を起こさず、透明になって生きていくと決めたんだ。


「ん?」


 ふと、視界に青色の球体が入った。夕焼けを浴びて、宝石のような輝きを放っている。その色は海よりも深く、光沢は光よりも明るい。手に取って、持って帰ってしまいたくなるような、不思議な魅力を放っていた。


「おい燎! なんか凄そうなの見つけたぜー!」


 大吾が何かを持って、こっちに駆け寄って来る。その手に握られていたのは、俺が見つけたものと同じような形をした、ヒスイ色の球体だった。


「ふーん、なるほど……多分、誰かが落としていったアクセサリーかなんかだろうな。……」


 ああ、どうしてだろう。無性に、その球体を持っていきたい。何故だ? まぁ、落し物だし、持っていった所で問題は無いだろう。そう考え、地面に落ちていた球体に手を伸ばす。指と球体が触れた、その時だった。


「うわっ!」


 突如として、球体から眩い光が溢れ出した。俺は咄嗟に目を塞ぐ。何だ? 子供のイタズラか? そう思ったが、それにしてはあまりに光が強すぎる。目を覆っていても分かるほどの閃光。まさか、どっかのテロ組織に仕業か。


 そうだ、似たような球体を持っていた大吾も、もしかしたら同じ目にあっているかもしれない。


「おい大吾! 大丈夫か!?」


 返事は無い。今、外で何が起こっているかなんて分からない。だが、とんでもないことが起こっていると言うのは理解出来る。


「あ、やばい……」


 唐突な睡魔に襲われた。くそ、閃光弾だけじゃなくて、催眠弾まで……


 あ、あ、落ちる……


――


「んん……」


 朦朧としていた意識が、段々と戻り始めてきた。あれから、何時間経った? そして、ここはどこだ? それさえも分からない。


 ただ、身体が横になっていることは分かる。そして、頭が何か柔らかいものの上に乗っかっていることも。拉致られたか。くそ、くそ、くそ。面倒なことは起こさないで生きていくと決めていたのに。


 だが、こういう時こそ冷静に、だ。『本当の自分』を出してしまえば一巻の終わり。偽の自分で取り繕えば、何とかなる。


 俺は覚悟を決めてそのまぶたを開けた。




「あ、起きたみたい! よかった〜!」


 俺が目を開けた途端、その視界に可愛らしい少女の顔が映ってきた。しかも、真正面。この体勢、この角度……もしかして……膝枕か……!?


「うわぁぁぁ!」


 顔に血を昇らせて、急いでその場から離れる。いくら徹底していても、まだ俺は中学生。こんな状況、耐えられるわけなかった。つい、本当の自分が出てしまう。


「も〜、そんな怖がらなくていいのに」


 少女は少し困った様子で言った。そんなことより……ここ、どこだ?


 俺は辺りを見回した。鬱蒼と生える木々。そして、そこに生える謎の果物(みかんに似た形状をしているが、その色はピンクに近い)。明らかに、この世のものとは思えなかった。ここは、テロ組織の本部なんかじゃない。それよりずっと安全だが、ずっと未知の場所だ。


「あの、ここって……」


 俺は恐る恐る尋ねる。この少女に、敵意はなさそうだ。だから、これくらいの会話なら大丈夫だろう……そう判断してのことだった。


「あー、ここはね。ビギネス山の山頂付近の森林だよー」


 あーはいはい。なるほどビギネス山ね。理解理解。とはならんやろ。


(そう言われても、分からんよ……)


 俺は心の中でこう呟いた。

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