幻の美術館
梅田 乙矢
美術館
その日はついてない一日だった。
仕事でミスをして上司にさんざん怒られ、
取引先の会社にも謝罪に行き頭を下げ続け、ミスを取り返すために残業し、すっかり遅くなってしまった。
電車の中で落ち込みボーッと床を見ていると降りる駅を通り過ぎていることに気づき慌てて降りた。
降りた駅は、木造でこじんまりとしており
木のベンチが置いてあるだけの昔ながらの作りになっている。
外に出て周りを見渡してみると所々に設置してある外灯が田んぼや雑木林を照らしている
以外何も見当たらない。
「ついてない…」
ボソッとつぶやく。
田舎の方へ来てしまったのだろうか…。
タクシーを探したが、一台もいない。
ため息をつきつつバックから携帯を取り
出し、近くにタクシー会社がないか駅名から調べようと思い画面をつけた瞬間に充電が切れてしまった。
真っ黒になった画面を呆然と見つめ また
「ついてない…」
仕方ない…歩いて帰るか。
トボトボという言葉がピッタリ当てはまる
ような足取りで私は歩き始めた。
歩道が舗装されていないのか石ころが
転がっていたり、デコボコしていたりで
パンプスを履いている足では歩きづらい。
道にあいている穴に足をとられて何度も
『携帯の充電が切れてなければライトで道を照らせたのに…』
そんなことを思いながら歩いていると大きな石を踏んだようで派手に転んでしまった。
痛みにしばらく起き上がることができない。
もう泣いてしまいたい…
ゆっくりと上体を起こしたとき、私の顔は
半泣きになっていた。
大きくため息をつき肩を落とす。
重い体を引きずるように歩き出そうとした
瞬間、雑木林の向こうにぼんやりとした明かりが見えた。
『もしかしたら…家があるのかな』
私は、家かお店でありますようにと願いながらその明かりの方へ歩き始めた。
ほどなくして見えてきたのは、白いコンクリートでできている四角い建物だ。
年季がはいっていて所々灰色になっている。
さっきの明かりはどうやら両開きのドアから
もれている光だったようだ。
私は迷うことなく中へ入り、
「すみません」
と声をかけた。
すると、左の方から
「いらっしゃい」
と言われビックリして飛び上がってしまった。
声のした方を向くと
おじいさんが受付のようなところに座っている。
「あの…」
口を開きかけた時、
「見ていくかい?」
と言われた。
「えっ?」
意味が分からずそのまま立っていると
「ここは美術館なんだよ。
よかったら見ていかないかい?」
美術館…
建物の奥の方に目をやると外観とはうってかわって白を基調とした美しい内装が広がっている。
「でも…時間が。
ずいぶん遅いので、もう閉館するんじゃ
ないですか?」
「いやいや。
時間なんて気にしなくていいよ。
ここは選ばれた人しか来れないところだ
からね」
「選ばれた人?」
どういう意味だろうか。
その言葉にここは危ないところなのでは…
と思ったが、おじいさんの優しい笑顔を
見ているとそんな疑いもスッと消えていく。
「それじゃ、少しだけ。
入館料はいくらですか?」
「入館料はいらない。
ただ、この美術館には一つだけ、守ってほ
しい規則がある」
そう言っておじいさんは受付の中から鎖のついた金色の懐中時計を取り出して言った。
「一時間
それが規則だ」
「一時間?」
「そう。
まあ、この時計じゃ、うっかり時間を見る
ことを忘れてしまうかもしれないから
念の為にそこの振り子時計が5分早めに
設定してある。
鳴ったら戻っておいで」
そう言って受付の横に置かれてあるアンティークの振り子時計を指さした。
私はおじいさんから懐中時計を受け取り
建物の奥へと歩いていった。
どうやらいくつかの部屋に分かれている
ようだ。
とりあえず左手側にある部屋へ行ってみる。
中へ入った瞬間、私は息を飲んだ。
その部屋は天井がドーム型になっており
青空が広がっている。
壁は真っ白で床も白の大理石だ。
あまりの美しさに入り口で固まってしまった。
飾られている絵も美しい。
私は他の部屋が気になった。
絵もそこそこに隣の部屋へ入っていく。
そこは暗闇だったが、天井には無数の星が輝いていた。
壁には小さなスポットライトに照らされた絵が飾ってあり、床は黒い大理石に青く小さな宝石のようなものが散りばめられていて光加減でキラキラと輝いている。
私は次々と部屋を見て回った。
美しい桜が壁一面に咲きほこり、芝生のようなフサフサの
その隣は、壁に草原が広がっていて床は
一面ガラス張りで小川のように水が流れて
いる。
すべてが美しい。
こんな美術館は見たことがない。
私は、今日あった不運な出来事を忘れてしまえるくらい夢中になった。
その時、遠くの方から時計の鳴る音が聞こえてきた。
ハッとして懐中時計を見る。
あと5分で一時間だ。
慌てて受付へと戻る。
「おかえり」
おじいさんが笑顔で言った。
私はこんな素晴らしい美術館は見たことがないと興奮気味に話した。
「そうかい、そうかい。
それはよかった。
またいつでもおいで。
は
私はお礼を言ってその後、無事にタクシーで
帰宅した。
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