私だけの宝箱 3人用台本

ちぃねぇ

第1話 私だけの宝箱

【登場人物】

母、娘、婿(娘の夫)



0:自宅で着替えをバックに詰めている娘と母。


娘:母さん、とりあえず入院に必要な物ってこのくらい?

母:そうね…下着良し、羽織り良し…あ、いけない。忘れてたわ

娘:ん?

母:由香、これも入れてくれる?

娘:何この古い箱?

母:ふふっ。ひーみーつ

娘:なにそれ。…ま、いいや。またなにか足りないものが出たら教えてよ、その都度届けるし。服は2日に一回まとめて洗濯して渡すね

母:ありがとね。あー娘産んどいてよかったわぁ

娘:なによそれ

母:あんたも母になればわかるわよ、この幸せが。……いま、7か月だっけ?

娘:そう

母:あんたが母親ねぇ。なんだか私、いまだに信じられないわ。あんたお腹全然目立たないし。ホントにいるの?って

娘:ひどいなぁ。いるよ、ちゃんと。すくすく成長中

母:男の子?女の子?

娘:女の子

母:そう。きっとあんたに似て可愛い子になるね

娘:そういうのはちゃんと、顔見て抱っこしてから言ってよ。私の要素ほぼゼロで旦那似の子が出てくるかもしれないんだからさ

母:ふふ。顔立ちの話じゃないわよ。一緒に暮らしてたらあんたにそっくりな部分が沢山増えて行って、それを見つけるたびに可愛くて愛おしくてたまらなくなるんだから

娘:そんなもん?

母:そんなもん

娘:まぁとにかくさ。……ちゃんと抱っこしてよ?私の子

母:そうねぇ。抱きたいわねぇ

娘:………


0:2週間後、病室にて。


娘:やっほ、お母さん。調子、どう?

母:いいわよ、絶好調

娘:絶好調って…

母:でもここの病院、あんまり美味しくないのよねぇ。…ねぇ、こっそりお団子持ってきてよ

娘:ええー?いいの?

母:いいじゃない。…ね?母さん、「たぬきむすめ」のみたらし団子、食べたいわ

娘:もう

母:一本でいいからさ。次に来るとき、絶対よ?今度にしたら嫌よ?

娘:はいはい。押しが強いんだから


0:その夜、娘の自宅にて。


夫:おかえり、由香。お義母さんの容態、どうだった

娘:いつも通りだったよ。お団子食べたいから買ってきてってリクエストされた

夫:ははっ。お義母さんらしいね

娘:でも…1本でいいってさ。昔は私と取り合って3本はぺろりと食べたのに

夫:そっか

娘:絶好調だって笑ってたけど…なんか、見るたびにお母さん小さくなってる気がする。あんなに腕、細かったっけ

夫:そっか

娘:…お腹の子…お母さん、会ってってくれるかな

夫:会ってくれるといいな


0:さらにひと月後、病院にて。


夫:お久しぶりです、お義母さん

母:あらまぁ、久しぶりね、修二さん。お見舞いに来てくれたの?

夫:なかなか顔が出せなくてすみません

母:そんなこと、気にしなくていいのに。…由香は?

夫:午前中検診です。代わりに着替え、持ってきました

母:ありがとうね。……由香は8か月になったかしら?

夫:そろそろ9か月になる頃ですよ

母:そう。楽しみねぇ

夫:はい

母:会いたいわねぇ

夫:会ってやってください

母:ふふっ。そうねぇ

夫:ええぜひ…会ってやってください

母:……ねぇ、修二さん?

夫:なんですか?

母:由香と結婚してくれて、ありがとうね

夫:はい

母:あの子、私に似て頑固だから、喧嘩しても全然折れないでしょう?

夫:そう…ですね。毎回僕が折れてます

母:あらまぁ、やっぱり?

夫:はい

母:ごめんなさいね。……でも、私に似てとても可愛いでしょう?

夫:はい

母:ふふっ。由香は素敵な人と結婚したわね


0:さらに2週間後。


娘:やっほーお母さん、調子、どう?

母:いいわよ、絶好調

娘:…そっか

母:お腹、随分大きくなったわね

娘:そうだね

母:腰、痛いでしょう?

娘:もうめちゃくちゃ痛い。あと尋常じゃなくトイレに行きたくなる

母:わかるわかる。懐かしいわぁ


0:途切れた会話。娘はふと、古めかしい箱に気が付いた。


娘:……あ、それ

母:なあに?

娘:そのサイドテーブルに乗ってる箱

母:ああ、これ?

娘:入院するとき、家から持ってきたやつよね

母:そうよ、よく覚えてるわね

娘:…何が入ってるの?

母:気になる?

娘:うん

母:ふふっ。見る?

娘:いいの?秘密って言ってたけど

母:いいのよ。これはね…私の宝箱なの

娘:宝箱?開けていい?

母:どうぞ

娘:…箱の中にさらに箱?指輪ボックス?この箱、お母さんのジュエリーケースってこと?

母:そんなたいそうな物じゃないわ

娘:指輪…見ていい?

母:どうぞ

娘:…わぁ。すごく可愛い。これ、婚約指輪?

母:そう

娘:…あれ?お母さんって指輪してたっけ?私、お母さんが指輪してるとこ、見たことないかも

母:全然つけないわね。ご飯作るにも顔洗うにも邪魔なんだもの

娘:邪魔って

母:私が持ってるのはこの指輪ただ一つ。友人の結婚式に付けて以来だから…もう20年くらいつけてないかしら

娘:結婚指輪は?持ってないの?

母:お父さんったら、この婚約指輪に奮発して結婚指輪を買うお金ぜーんぶ使っちゃったの

娘:そうなんだ



娘:お父さん、どんな人だった?

母:あんたがまだ幼稚園の時に死んじゃったからね…覚えてないわよね

娘:うん

母:優しい人だったよ。とっても優しい人。…私、朝が弱いでしょう?昔から起きるの苦手で

娘:そうだね

母:どうしても起きられなくて、あの人のお見送りができない日があったんだけど、そんなときには必ずあの人、置き手紙を残してくれたの。「行ってきます」って

娘:そっか

母:……あの人、向こうで待っててくれるかしら。もういい人が出来ちゃったかしら

娘:……………

娘:でもお母さん?病室にこんな指輪置いておくなんて、不用心だよ?せめて金庫に入れておきなよ

母:すぐそばに…置いておきたいのよ

娘:もう

母:……ねぇ

娘:なに?

母:私が死んだら、この指輪もらってくれる?

娘:え?

母:こんなに綺麗な指輪を灰にしたくないもの

娘:お母さん

母:売っちゃってもいいわ。あんまり高くつくとは思えないけど…そのお金で、孫ちゃんになにかお洋服でも買ってあげてよ

娘:……そういうのは自分で買ってよ

母:そうねぇ。買ってあげたいねぇ


0:さらに2週間後。


夫:こんにちわ、お義母さん

母:あら、こんにちわ

夫:お加減、いかがですか?

母:いいわよ

夫:そうですか

母:由香はもう臨月ね

夫:はい。医者から「いつ生まれてもおかしくないから出歩くな」と言われて退屈そうにしています

母:あの子らしいわ。本当に、楽しみね

夫:はい

母:私に孫かぁ……会いたいなぁ

夫:お義母さん

母:……修二さん

夫:はい

母:あの子のこと、よろしくね

夫:はい


0:1週間後。


夫:お義母さん、生まれましたよ。元気な女の子です

母:…そう…生まれたの…

夫:今2階の産婦人科にいます。明日にでも連れてきますね

母:ふふっ。同じ病院に…入院しててよかったわぁ。由香の様子は…どう?

夫:いたって健康です。今は疲れて眠っています

母:そう…由香に…お疲れさまって伝えてくれる?

夫:それは……明日、お義母さんの口から直接、伝えてください。明日必ず、娘を連れて来ますから

母:そうね…明日ね…

夫:お義母さん

母:明日…

夫:待っててくださいね

母:ふふっ…大げさねぇ…


0:翌日。酸素マスクをつけた母の下へ飛び込んできた娘。


娘:お母さんっ!

母:あら…由香…来てくれたの…

娘:ほら!見てよっ!…女の子!

母:かわいいねぇ…

娘:私頑張ったよっ!

母:お、つかれ、さま…

娘:お母さんっ!

母:ふふっ…私も…頑張ったわ…

娘:知ってるよ!知ってるよぉっ!

母:由香…おめで、とう

娘:うんっ…うんっ…!

母:会わせてくれて…ありがとう…ね

娘:うんっ…!

母:…由香

娘:何?

母:箱…取ってくれる?


0:母はサイドテーブルの箱に目をやった。


娘:箱?…はい!

母:あり、がと…指輪…は…あんたに…あげるわ

娘:お母さん

母:でも…この箱は…一緒に…送って…ほしいの

娘:お母さん

母:絶対よ?これは…私の…宝箱なの…約束よ

娘:わかった!絶対…絶対…一緒に送るね

母:ありがとう…………由香

娘:なに?

母:生まれてきてくれて…ありがとうねぇ…

娘:っ…

母:幸せになってね

娘:うん……!


0:心電図の針がゼロを刺した。

0:1日後。


夫:由香、身体は大丈夫?

娘:うん。……ごめんね?葬儀の手配、全部任せちゃって

夫:気にしないで。ああ、ただ…棺に入れるものどうしようか。お義母さんの好きだった果物とか入れてあげたいんだけど、わかる?

娘:「たぬきむすめ」のみたらし団子。…甘いほう

夫:わかった

娘:…あと、この箱入れてほしいんだって

夫:箱?

娘:最期の最期まで大事に持ってたから、よっぽど大事なんだと思う

夫:何が入ってるの?

娘:あー…指輪…は私にくれるって言ってたし…ほか何か入ってるのかな……ん?あれ?

夫:どうしたの?

娘:いや、この箱…二重底だ。指輪ボックスの下…開きそう。あ、でも固い

夫:貸して?

娘:うん

夫:よっ………と

娘:なにこれ…紙?メモ用紙?底にあったの、全部紙?

夫:かなりの枚数あるね。えっと…「おはよう、いい天気になりそうです。お洗濯がよく乾きそうです」

夫:「おはよう、いい夢は見れましたか?今日は遅くなります」…なんだろうこれ

娘:これって…

夫:なに?

娘:……置き手紙だ

夫:置き手紙?

娘:そう

夫:「グッモーニン。今日の幸子さんの運勢は幸せでしょう。今日も一日いい日になるよ」

夫:「おはよう、今日はお友達とお出かけの日だね、美味しいもの沢山食べておいで」

娘:ふふっ。お父さん

夫:これ、お義父さんからお義母さんへの手紙?

娘:うん

夫:……幸子さん、幸せだったね

娘:……うん

夫:棺、絶対入れてあげようね

娘:…うん。……ねぇ

夫:なに?

娘:私にもたまに…手紙、書いてくれる?

夫:え?

娘:私も自分だけの宝箱、ほしいなって

夫:…うん。たくさん書くよ

娘:……ありがとう。お母さん、向こうでお父さんと会えたかな

夫:会えたよ。…きっと

娘:…だね


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私だけの宝箱 3人用台本 ちぃねぇ @chiinee0207

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