第9話 そつない君とエンカウント
「おっはー、どういう組み合わせ?」
ヒラヒラと手を振りながら、紀美野が視線を順繰りに俺たち四人に向ける。日高先生の時点で怪訝な顔になり、新宮を見た瞬間驚愕し、そして。
「きーちゃん!?なんで!?」
紀伊さんを見た瞬間に、声を上げた。彼女の名は紀美野咲葉(きみのさくは)。うちのクラスのトップカーストグループ。要するに、紀伊さんが所属していたグループの一員であり、
「咲葉…」
紀伊さんの幼馴染である。
緩く巻かれた、セミロングのベージュに近い色の髪に、少し丸くて愛嬌のある可愛い系の顔。制服を着崩して、スカートも程よく短いその姿は、いかにも今時の高校生だ。
可愛らしく、人当たりが柔らかいその性格から、どうやら男子連中の評判もかなり良いようである。恐らく、半数ぐらいは制服のカッターシャツを圧迫する、凄まじいある部分に惹かれているのもあると思うが。男子高校生とは、押し並べて全員アホである。
「(さーて、どうっすかなー…)」
紀伊さんと紀美野のやりとりを見た俺の心中は「面倒なことになった」で埋め尽くされていた。
正直、新宮の案を聞いて一番心配していたのはこれだった。うちのクラスの奴ら…特にトップカーストの奴らに見られた時どうするか。
学校に来ていないのに、なぜ俺たちといるのか聞かれた時に非常に面倒だからだ。
「(やっべー、放課後すぐに和駅向かう奴らとは時間ずれてるし、こんな短時間で誰にも会わないだろと思ってタリーズ連れてきたのやらかしたー…)」
一応、対策として募金活動中はブレザーを脱いでもらって、俺のメガネを貸して印象を変えてどうにかしようと思っていたのだが、まさかこの十五分ほどをピンポイントに刺されるとは思っていなかった。
「きーちゃん…心配したんだよ?連絡しても全然返事ないから」
「…ごめん」
後悔先に立たずを身を持って時間している俺を置いて、紀美野が迷子のペットをようやくみつけたかのような顔で、紀伊さんに溜まっていた言葉を吐き出している。
ちなみに「きーちゃん」というのは、紀美野特有の紀伊さんの呼び方らしい。多分、和歌山県民なら全員頭に白い犬が浮かんでくる系のあだ名だ。
「家に行ったら、おばさんが体調崩してるっていうから…もう元気になったの?」
「えっと…」
そもそも体調を崩していたわけではないので、答えに窮した紀伊さんは言葉に詰まる。俺が口を挟もうとする前に、整然とした声が割り込む。
「そろそろ時間よ。遅れるわけにはいかないから、行きましょう」
時間を見ると、確かにそろそろ改札前に向かうべきだが、別に遅れるギリギリというわけではなく、今口を挟まなければならない絶対の理由はない。
いい助け舟だと思いながら、日高先生に目配せをする。
「そうだな。行くぞお前ら。紀美野、悪いが今から少し用事があるんだ」
俺の意図を察したのか、日高先生も新宮に乗っかる形で席を立つ。学生というものは、教師が口を挟むと一旦冷静になるものである。
「さ、紀伊さん。行こっか」
俯く紀伊さんの鞄を持って、俺も立ち上がる。ボランティアの前に気分を落とすのはやめて欲しかったが、紀美野にも悪気があったわけではないだろう。幼馴染のことが心配でないわけがない。
「ちょっと待って、日高先生!きーちゃんとそつない君と新宮さんでしなきゃいけない用事って何?」
「ん?あー、それは…ほら、色々あんだよ」
「色々って何!?言えないようなことなの!?」
そりゃそうだが、納得せず引き下がらない紀美野の姿を見て、紀伊さんへと視線を送る。どうしたらいいのか分からないと迷いが覗く表情。
それを見て、ふと疑問が生じる。
「(紀伊さん、何を迷ってるんだ…?)」
よくよく考えれば、なぜ紀伊さんは紀美野に一番に相談しなかったのだろう。同じグループで幼馴染。教室復帰の手伝いには最適だと思う。当然だが、同じグループにいた時から、紀伊さんは紀美野にだけは心を完全に開いているように見えた。彼女の顔を見れば安心の一助になると思うのだが。
「ボランティアよ」
「ボランティア?」
食い下がりの強さに諦めたのか、額に手を当てて、一つため息をついた新宮が答える。
「そう、今から私たちはボランティアをしに行くの」
「きーちゃんが…ボランティア…?なんの?」
付き合いが長いからこそ、紀伊さんとボランティアというものの食い合わせの無さが分かるのか、紀美野は困惑と動揺をミックスしたみたいな瞳で紀伊さんを見た。
「募金活動…?」
「なんで疑問系なの!?」
紀美野さんは埒が開かないと思ったのか、静観している俺をキッと睨みつける。怖いんだけど…
「そつない君、きーちゃんに何させる気!?」
「いや、俺が強要させてるみたいな言い方やめてくれない…?」
なんで俺が黒幕みたいな言われ方をしているのだろうか。目つきが悪いからか?
「そつない君って、どこから来ているのかしら…」
新宮は新宮で、昨日から気になっているらしい俺のあだ名について再考察を始めた。考えて分かるものじゃねーから。
「やめて、咲葉」
こんがらがってきた場を納めたのは、固い紀伊さんの声だった。
「きーちゃん…?」
「この二人も、先生も私に協力してくれてるの。悪いことは、何もしてないんだよ?」
「でも…」
食い下がる紀美野も、真っ直ぐ射抜かれる紀伊さんの瞳に言葉を続けられない。紀美野は一言、俺と新宮に向かって「ごめん」と言った。まあ、急に学校に来なくなった幼馴染が変な奴らと連んでたらこうもなるだろう。それにしても、ちょっと激しすぎるが。
「きーちゃん、協力って何?私じゃ、ダメだったの…?」
「それは…」
紀伊さんは数秒俯くと、貼り付けたような笑顔を浮かべて顔を上げた。
「秘密の特訓なんだ。私、ちょっと変わってみたくて。咲葉も、びっくりさせたくてさ」
「変わるって…」
「咲葉とか、みんなを見て、私もちょっと女子高生らしくっていうか…。ほら、あんまり喋るのとか苦手だから」
「それで、ボランティア?」
「うん。複数の人とコミュニケーション取れるいい方法だからって。新宮さんが準備してくれたの」
紀美野が新宮の方へと視線を向けた。新宮は相変わらず腕を組んだまま「何も間違っていない」という風に首肯した。
「そうなんだ。学校休んでたのは…」
「それは本当に体調悪かっただけだよ。ちょっと、期間空いちゃったから、変わるならちょうどいいチャンスかなって思ってさ」
話の筋は通っているような気がした。だから、紀伊さんの作り物めいた笑顔を見ても、誰も何も言えなかった。幼馴染でさえ。
「せっかくなのに、咲葉にバレちゃった。残念」
「ね、きーちゃん。バレちゃったならさ、私も協力していいよね。その、特訓?みたいなの」
「…うん。何か、いい方法思いついたら、教えてね?」
二人の話がひと段落したのを感じ取ったのか、日高先生が手を叩く。
「よし、そこまでだな。もう、時間ギリギリだ。行くぞお前ら。紀美野も、悪いが続きがあるなら今度にしてくれ」
「はい。またね、きーちゃん」
「うん。またね」
紀美野と別れ、ボランティア部と合流すると、人通りの多いバスターミナル周辺で声かけをした。やはりハードルは高く、紀伊さんは困惑していたようにも見えたけれど、少し慣れたのか後半は声も出ていたし、募金に応じてくれた人間と会話もできていたように思う。
人通りが途切れた、とある瞬間。俺は、紀美野さんに近寄ると、小声で話しかけた。
「ねえ、紀伊さん。紀美野をびっくりさせたかったって、あれ、嘘だよね。なんで、紀美野さんに相談しなかったの?」
紀伊さんは、人通りのない路上をぼんやりと眺めたまま。どのくらい経っただろうか、人通りがまた増えて「募金をお願いします」という、ボランティア部の声が大きくなった。
「幼馴染だからこそ、言えないこともあるよ」
その声に紛れるように、紀伊さんはそう言った。俺はそれの真意を問いただすことは出来なかった。
一時間ほどの募金呼びかけが終わって、「お疲れ様」を言い合ったら。早々とと解散となった。
家がすぐ近くだからと、颯爽といなくなった新宮。ボランティア部は、募金金額を計算するため学校に戻るらしい。日高先生も、紀伊を送るそうだ。一緒にどうだと言われたけれど、一人になりたかった。
JR線で、最寄駅へと一人で帰った。まだ空は明るく、出来損ないみたいな月だけがうっすらと見えていた。
我が家で待っているだろう、自分の幼馴染に「今から帰る」とだけ、メッセージを送った。
「幼馴染だから言えないこと、か」
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きいちゃんは和歌山のPRキャラ的なやつ。怒られそうだったから「きーちゃん」にした。
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