第41話 未来への歩み

 八月の下旬。


 ローマン帝国にも夏の盛りを過ぎても気温は高く、あちこちで日陰を選んで歩く者も少なくはない時期になった。


 この日、夕暮れより神殿ではとある皇族の葬儀が執り行われている。


 日中では気温も高いので気温が落ち着く夕暮れから夜にかけて葬儀を行うことが通例となっている。


 皇族の名はレオ・アントニオ・ビアンキ。かつての皇帝の双子の弟として処刑されたはずの者だった。

 冬の終わりに行われたルカ・アンドレア帝とその妻であるキアラ・ジュリア・フェラーリ皇后の葬儀があった。


 その際にアンナ・ベアトリーチェ皇太子は両親の死は叔父が企てたクーデターが原因であることを述べられた。


 そして、皇帝の死去したときに皇位継承の儀式は終わり、アンナ・ベアトリーチェ帝として即位はされたが正式な戴冠式は来年の春に行われると発表した。





 そんな喧騒とは無縁の宮殿が直轄している医術院は静かな日常が流れていた。

 薬草を栽培していることもありその特有の匂いに包まれている。


 この医術院はもともと皇族のために設立された場だが、その後仕えている者たちが病気やけがなどに遭った際に利用していることが多い。


 そのなかで窓辺にある個室には一人の男性が眠っているのだ。

 それはリカルド・カルロ・フェラーリ=モンテベルディ、アンナ・ベアトリーチェ帝の護衛騎士として任を受けている人物だ。


 皇帝の執務室で起きた爆破により、大ケガを負っている。

 その影響で意識が戻らない状態が数か月続いている。


「リック。きたよ」


 そんな彼を見舞いに来ているのは兄のグレイヴ伯爵だ。

 眠りについている彼のことを仕事の合間に様子を見に来ているのだ。


 髪も伸びていて、肩のあたりに三つ編みで横に流している。


 そんな時に彼は突然うめき声を上げて、ふっと目を開いたのだ。


「ん……リック! わかるか」

「ここはどこ? にい、さま、はわかる」

「無理はするな。医術師を呼ぶからな」

「まって、にいさま。のど」


 そう言ってグレイヴ伯爵はそっとリカルドに水を含ませてから、新しい顔をしていることが大きいかもしれないと考えている。


 医術師を呼んでから彼が目を覚ましたのは奇跡だと興奮したような口調で語っていた。

 そのときにリカルド自身の左腕につけられている義手についての話をされていた。


「これは戦闘特化型の義手になっています、筋肉と連動するほかに魔法もきちんと発動させることもできます」

「そうか」


 何度か手を開いたり閉じたりして慣れているような形で、すぐに手を動かせるように話しているのが見えたりしていた。


 その後に騎士としての訓練に入る前に日常生活を送ることができるのを最優先にすることにした。

 リカルドはしばらくの間療養を兼ねて騎士団の任務から外れることはすでに確定していることをアンナから伝えられた。


「わかりました。殿下」

「殿下じゃないわ。もう即位したの、翌年に戴冠式を行うわ」


 それを言うとリカルドは驚きながらも、すぐに嬉しそうにうなずいてベッドから起き上がった状態で礼をした。


「そうか。しばらくの間は他の者が行ってくれるんだな」

「ええ。あなたが復帰することを祈っているわ」


 そして、リカルドの回復力は平均的な同年代の男性たちよりも驚異の速さで進んで、庭園の中を散策することができるほどの体力と筋力が戻ってきている。


 その間にも奥宮での生活に変化が起きていた。

 まず側妃たちが心を許しながら話をすることができるようになったことだ。


 その次に皇子と皇女たちが笑顔で庭園で大きな笑い声で遊ぶことが多くなった。

 またイリヤ皇子が知見を広げたいと申し出があり、近々設立される予定の国立スッド学院への入学試験に挑んでいる。


 そこで領地経営や運営することを前提に皇帝の補佐、成人後には公爵の地位を下賜することを決めている。


 帝国国内へアンナ自身が出向いて即位し、繁栄と安寧を築くことが必ず約束であることを聞いている。


 そして、アレクサンドラ王女の留学を終えることになり、グレイヴ伯爵と共に帰国する日が来たのだ。

 荷物をまとめてからすぐにアンナや皇女たちとの別れを惜しむ。


「寂しいわね」

「いままでありがとうございました。またお会いしましょう」


 護衛騎士のノエルもすぐに笑顔で話し合っているのが大きいと考えているようだ。

 その後に悲しげに微笑んでいるレオノーラ妃が再び笑顔で話しているのが見える。

 そして、転移装置でエリン王国へと向かうことになっているのだ。


「アンナ、いままでありがとうございます」

「大丈夫です。戴冠式の日にお会いしましょう」

「はい」


 そして、アレクサンドラ王女は帰国したのだ。



「アレックス様。今日の公務のご準備はできましたか」

「ええ、これから行きましょうか」


 アレクサンドラ王女が帰国してからも国内の公務を続けていた。

 間もなく成人を迎えようとしているときだった。

 とある日の夕方になって、彼女はふと庭園で護衛騎士のルイと共に歩いているのが見えた。


「ルイーズ、そろそろだな」

「ええ、もうお心はお決まりでしょうか?」

「ああ……もうアレクサンドラ王女との決別だ。ルイーズも」

「ええ」


 それを小声で話してからルイーズが真剣で話しながらすぐに歩きだしたときだった。

 うめき声を上げながら胸元を抑えながらアレクサンダーが倒れてしまったのだ。

 それを見た侍女たちが悲鳴を上げてすぐに医術師を呼ぶことにしたのだ。


「キャアアアアッ、アレクサンドラ王女殿下‼」

「誰か、侍医を呼んできて!」

「アレックス様‼ 目を覚ましてください、起きてください!」


 徐々に顔色が悪くなっているのが見え、ルイーズは医術師を早く呼ぶように話している。

 この声を聞いても反応がない、侍医たちが急いで彼女の部屋へと運びこみ、懸命な治療を受け始めたのだ。


 このことは国内外に一斉に報道され、その明け方に彼女が息を引き取ったということが発表されたのだ。


 亡くなった原因は突如起きた魔力の暴走に器となる体が壊れてしまったこと、これは青年期の男女に見られるため多くの国民たちが嘆き悲しんでいた。


「できるだけ簡素な葬儀にしてほしい」と、意識が戻った際に遺言として遺された。

 その言葉通り王族の葬儀としては簡素だが厳かに葬儀が執り行われたばかりだ。


 遺体はすでに棺のなかに安置されており、好きな花に埋め尽くされた彼女はとてもにこやかに眠っていた。


 そんな棺は王宮の神殿に埋葬され、すでに墓標もきちんと設置されていたのだ。

 それから喪に服すために王族たちは公務を一時的にキャンセルされ、幼い頃から知っている者たちも彼女の死を悼んでいた。


 その葬儀から間もなく一夜明ける頃。


 王子宮――アレクサンドラ王女が訪れていた兄の部屋には主がそこにいた。

 アレクサンダー・ノエル・アーリントン、アレクサンドラ王女の双子の兄である王太子としての儀式を喪が明けた月に行う予定である。


 短く整えられた黒髪に紺碧の瞳は亡き王女に瓜二つだ。

 幼い頃から病弱であったのがまるで嘘のようにここ半年は剣術の鍛錬を行えるようになってきたという。


 そんな彼が身に包んでいるのは王族が喪に服すときに着用することが義務とされている衣服。

 左腕には黒いリボンが巻かれているが隣にいる騎士も弔事用の礼装に身を包んでいた。


 しかし、目の前にいる人物は全く異なっていたのだ。


「アレックス様、これで最後ですね」

「そうだな。こちらへ」

「はい」


 金髪を一つに結い、すでに旅装の状態でアレクサンダーを見つめている人物がいた。

 大きな青い瞳は少し潤ませている状態でこちらを見つめているが、その人物はすでに王宮から去ることが決まっている。


 そのときにアレクサンダーは自らが手にしているのは騎士を叙任する際に使われていたものだ。

 主従の契約を行う際に使われていたはずの魔法具に騎士もそれに触れる。


「ルイ・クレア・ジュネット。汝をアレクサンダー王子、及び亡き妹アレクサンドラ王女の護衛騎士の任を解く。短い間だったが世話になった」

「はい。お二方にお仕えできたことは……我が人生に大きな影響を与えてくださいました。この剣術を糧にこれからも鍛錬していきたいと思います」

「そうか。もうこのような関係では話せないな。ルイーズ殿下になるんだからな」

「ええ、そうですね。またお会いしましょう」








 長い長い半年と記述されているこの物語。

 この物語は新時代の序章に過ぎないのだ。

 エリンとジュネットの二つの王国が千年の年月を経て、後継者たちの婚姻によってそれは成された。

 十九歳を迎えたエリン国王アレクサンダー四世。

 その隣には十八歳を迎えたばかりのジュネット女王ルイーズ一世。

 二人がそれぞれの国の最後の君主、そして新しい国の最初の君主となったのだ。

 そのこどもたちは連綿とその系譜を続けていくことだろう。

 ローマン帝国との友好的な関係を築く第一歩。

 さらに魔法工学としての技術が発展し、多くの偉大な技術者たちが産声を上げた。

 大陸の東西の大国を繋げる鉄の道を走る鉄の車両を結ぶことになるのだ。

 最初のきっかけは二つ小国と巨大帝国の三人の後継者たちが立ち上がった姿から始まる。

『エリン=ジュネット王国建国記 序章二十五節』

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