第22話 手がかり
ルイーズは三日前に対峙した男についてグレイヴ伯爵から聞いたのだ。
信じられないような出来事が起きているかもしれないと感じているようで、ルイーズは信じられないらしい。
「うそだと思ったのに、本当だったんですね」
「ああ、しかも、顔も似てるし。間違いないと考えてる」
グレイヴ伯爵の弟で三十年前にあったアクシオ大地震で行方不明になったということだ。
さらに過去に帝室護衛騎士団としてアンナの叔母に当たるヴェルテオーザ公爵ユリア夫人を護衛していたという。
騎士団として任務で皇族の護衛を行うのは誉れ高いことだと言われていたことも知っている。
護衛対象であったユリア夫人が結婚してから、経験を積んでから騎士団長の補佐を行うようになった優秀な騎士だったという。
ゆくゆくは騎士団長としての責務を負うだろうと言われていたことらしい。
「そうだったのか。どうりで剣術が強いなと思ったが」
「彼は師匠ではあるのですが、
「そうか。お互いに知らないままか」
そのときにアレクサンダーは少しだけ警戒を解いているが、アンナとルイーズは少しだけ警戒心が残っている。
(なぜ、彼が暗殺者に?)
「そういえば。騎士団は在籍しているのですかね?」
「わからない。伯爵に聞いてみるが、おそらく籍を残しているかもしれないな」
アレクサンダーはたまに行方が分からなくなる騎士は地方にいる王族の護衛を偽造することがあることを話した。
ルイーズはそれを聞きながら自分の考えを言う。
「わたしは騎士団に在籍していた経験からすると、おそらく隠密などの場合は可能かと。会ったことがない相手はそうかと考えています」
「そうだな」
それからアンナが不安そうに考えているのを見えたのだ。
無理はない、自分の命を狙うかもしれない人物が加わったからだ。
元暗殺者だったことは事実だ。
リチャードはマコーレー侯爵次男、それでかつローマン帝国の帝室護衛騎士団に所属していた騎士だったことだ。
彼女は正統な皇太子としての証を持ち、それが真の皇帝の娘ということが関わっている。
「おそらく現在の皇帝は亡くなったとされるレオ・アントニオ皇子かもしれないな」
「そうかもしれません。母様は『父様はあの男に殺された』と話していました」
そのときにルイーズが皇族名鑑にも載っていた文章が蘇ってきた。
――レオ・アントニオ皇子はクーデターを起こし、鎮圧後に死亡が確認された。
――しかし、彼が乗り移ったように温厚であったルカ・アンドレア帝は豹変した。
「ありえるかも、しれませんね」
「父様は
ルイーズは背筋が凍ってしまったことを口にできなかった。
それは紛れもない事実だとしたら、かなり恐ろしいことであることを知った。
「そういえば……レオ・アントニオ皇子はどのような容姿を?」
「えっと、母様はワインみたいな色だと」
「赤紫の瞳か……」
「おそらく」
アンナが話していたことは明らかに子守歌で歌っていたことを思い出していた。
いつかの皇帝に双子の御子が生まれ、一人は破滅型魔法の性質を帯びた子が生まれることが周期的に起きる。
それはある皇帝の息子がそれだったが、非道な行いをしていた。
弟はすぐに殺されてしまったが、彼は兄の直系の子孫には呪いをかけたのだ。
それから八百年周期で起こるが、それはレオ・アントニオ皇子が引き継いでしまったということみたいだった。
「あり得るかもしれない」
破滅型魔法を持つ者は血みたいな紫色の瞳を必ず持っていることは確実だということだ。
レオ・アントニオ皇子の血を引く子はそれを引き継いでいるということだ。
「肖像画ってあるのですか? 彼の姿を描いたものを」
「ありますよ。彼は亡くなっているので、生前の姿なら」
アンナが見せたのは図書室から借りた皇族名鑑のなかにある皇子の肖像画を調べたのだ。
そこには双子の兄と瓜二つなレオ・アントニオ皇子が長椅子に腰かけている姿だ。
その瞳は赤紫色になっているのに気が付いてしまった。
「これなら……もしかして、遺伝が起きているかもしれないってこと?」
「確かにな。赤紫色の瞳を持つ子がいるかもしれないという事か」
「調べてみましょう。それじゃあ」
さらにルイーズはそのなかの一冊、最新の皇族名鑑を取り出し、現在いる側妃たちとの間に生まれた皇子と皇女の容姿を調べることにしたのだ。
七人の子どもたちのうち、双子のチェチーリア皇女とジュリアンナ皇女が赤紫色の瞳をしていることが判明した。それ以外の子どもたちは母親やの血が濃かったようで、性質も引き継いでいないということだった。
「赤紫色の瞳は紫色を濃くしてごまかしていますね」
「だろうな、皇族に破滅型魔法の性質を持つ者がいた場合、かなり批判されるし忌避されるからか」
「そうだね」
そのときに隣にいたアンナのペンダントに突然着信音が流れてきたのだった。
ルイーズも紅茶を吹き出しそうになってから、少しだけ深呼吸をしているようだった。
そのままアンナが意を決して通信を始めると、ペンダントトップから穏やかな女性の声色が聞こえてきたのだ。
[アンナ?]
その声を聞いてからアンナは驚きながら涙を浮かべていたのだ。
「はい……おばあ様?」
[そうよ。周りの子がいるのね、ベアトリーチェ・フィレンツェ・ラヴァンダと申します]
それはベアトリーチェ皇太后、アンナの祖母だったのに驚いてしまった。
アレクサンダーも似た表情をしているがアンナの様子を見ていた。
[いつ頃、船は着くのかしら]
「えっと、あと三日くらいで戻れます。その前にフェラーリ家に」
[ああ、そうね。フェラーリの叔母様はお元気かしら?]
「わからないですわ。クレアおじ様と一緒なのですが、離れていて」
[そう、わかったわ。ごめんなさいね、お忙しいときに]
「良いのです。それでは……」
その通信を切ると、アンナは一度両手で顔を覆ってしまった。
安堵したのか
「アンナ」
「ありがとうございます。ルイーズ様、もう大丈夫です」
涙に潤んでいた瞳のまま決意したような姿で見つめている。
「帝国に着いたら、絶対に母の意思を継ぎたいと思います」
ルイーズは彼女のそばでうなずいて、笑顔になって肩に手を置いた。
「アンナ、助けがいるならわたしとアレックス様の名を呼んで」
「はい。わかりました」
それから豪華客船は三日後、ローマン帝国の帝都アクシオにあるユリアス港へ到着したのだ。
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