第11話

「ここは……?」

「ほら、行くぞ。」

「え、ちょ、ちょっと待って!」


戸惑いながらも彼の後に続き、扉を開けると同時に鐘の音が鳴る。

中に入ると、そこには――一面の花畑が広がっていた。

赤や黄、白といった様々な色の花々が咲き誇っている。風に乗って花の香りが流れてくる、とても綺麗で幻想的な光景に目を奪われた。


「わぁ……すごい……!」


呟いた言葉に、ザックスは満足げに笑って言った。


「気に入ったか?」

「もちろん。でもどうしてここに連れてきてくれたの?何か思い入れがあるとか……?」


そう尋ねると、彼は懐かしむように目を細めた後で言う。


「……この景色をお前に見せたかったんだ。」

「私に?」

「ああ。前に話したことあったよな?俺には"家族がいない""故郷もない"って。この場所は、俺が初めて冒険者として認められた場所なんだ。」

「……初めて?でもSランクなんじゃ……」

「まあ、そうなんだけどな。」


ザックスは苦笑しながら続ける。


「俺の容姿を馬鹿にする奴らはどこにだっているからな。そういう連中に絡まれたり、謂れのない中傷を受けて心が疲弊した時によくここに来てたんだ。」


その言葉に胸が痛くなる。彼がどんな気持ちで過ごしてきたのか、想像するだけで苦しくなった。私が黙ったまま俯いていると、頭上から声が降ってきた。

顔を上げると、優しい眼差しと目が合う。


「そんな顔するな。今はもう平気だからさ。それに――」


「――俺には、大切な人ができたから。」


その言葉に、じんわりと心が満たされていく。嬉しくて堪らない。私もザックスを大切にしたい。


「だから思うんだ。お前だけは絶対に失いたくないって。」

「ザックス……」


(私もザックスと同じ気持ち。急に世界が変わって一人ぼっちで……ザックスがいなくなるなんてことはもう考えられないくらい。今こうしているだけで、すごく幸せ!)


「ねぇザックス。私はね、あなたに出会えたことが私にとって一番の幸せだよ。だからこれからも、ずっとずっと一緒にいようね。」


想いが伝わってほしくて彼の手をぎゅっと握り返すと、「ありがとう」という言葉とともに額に優しいキスが落とされた。ふわりと抱きしめられれば、大好きな香りに包まれて胸の奥が甘く疼く。

それからしばらくの間、私達はお互いの存在を確かめ合うかのように寄り添っていた。


帰り道の途中、ふと思ったことを口にする。


「ねえ」

「ん?どうかしたか?」

「来年もその先も、またこうして此処に来ようね。」


耳元で囁くように言うと、彼は一瞬目を見開いた後、嬉しそうに笑った。



それから数年後、誓い通り再びこの場所を訪れた二人は結婚することになるのだが……それはもう少し先の話である。


再び手を繋いで歩き出す。私達の未来に向かって。

彼等の日常は続いていく。愛しい人と笑いながら過ごす、甘く、穏やかな日々の中で。




【END】

――――――――――――――――――――

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。 少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

番外編も投稿する予定なので、またお付き合いくださいませ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る