第9.5話

お久しぶりです。よろしくお願いします。

――――――――――――――――――――


ザックス視点


―カランコロン―控えめなドアベルの音と共に、ドアをゆっくりと開く。隙間からは見慣れた彼女の顔が覗いた。目が合うと彼女は小さな可愛らしい瞳をこれでもかと見開いてみせる。

自分への悪意や嫌悪が全くないその表情を見た瞬間、心が満たされていくような気がした。彼女と出会ってから度々沸き起こる幸福感にはまだ慣れないが、心地よさを感じる。そう思うと同時に、持ちこたえていた身体が崩れる。


「ザックスさん!?」

(シノ……会いたかった……)


慌てる彼女に構うこともできず―ドサッ― そのまま意識を失った。


***


ふと目を開けるとそこは見知らぬ天井が広がっていた。


(ここは…どこだろう?)


起き上がろうとして、ふと身体に巻かれた包帯に気づき記憶を辿る。


(あぁそうだ、シノへの魔石目当てに高ランクモンスターと対峙して。怪我をしたが一刻でも早くシノに会いたくて……)


―――その日はシノに会える日で、以前手作りのハンカチを貰ったのでどうしても彼女に贈り物をしたかったのだ。


最近冒険者や商人の間で噂に上っていた高ランクモンスターの漆黒の魔石。漆黒と聞いて、俺は真っ先にシノの双黒を思い浮かべた。

ギルドの掲示板に運良く討伐依頼が出ていたため、迷わずその依頼を受けた。いつもならすぐ終わる討伐も、魔石を傷付けないよう立ち回るのは少々骨が折れる作業だった。討伐を終え、いつもならポーションを煽るはずが切らしていることに気づく。はやる気持ちで討伐に向かって、ギルドで補充しなかったからだ。

それでもこのまま宿に帰る選択肢は無く、無茶をしてまで急いで彼女の元へ向かったのだが。


(結局迷惑をかけてしまったな……)


そこまで思い出したところで、明らかに自分の体格サイズに対して小さいベッドに違和感を覚えた。途端、ハッとしてベッドから飛び起きる。


(シノは!?)


部屋を見渡すと、ソファの上で眠っている彼女を見つけた。少し残念な気もするがホッとして安堵の息をつく。


暫く寝顔に見入っていると、彼女が身動ぎをした。起きたのかと思って見ていると、どうやら寝返りを打っただけのようだ。幸せそうに眠る彼女に思わず笑みが溢れる。愛おしくなり、そっとさらりとした髪を撫でると、瞼がピクリと動いた。

起こしてしまったかもしれない。そう思い慌てて手を離すが、再び穏やかな呼吸音が聞こえてきたため、ほっと胸をなで下ろす。今度は触れるか触れないかのところで優しく指先で唇をなぞると、柔らかい感触が伝わってきてどきりとした。


(キスしたい。)


衝動的に顔を近づけたところで我に返り、急いで身体を離す。


(っ……何を考えてるんだ俺は!)


自己嫌悪に陥りながら、気持ちを落ち着かせるために深呼吸をする。すると――


「ん~…ふわぁ……」


シノが目を覚ましたようだった。

身体を起こしてすぐこちらを向くと、驚いた様子を見せた後、嬉しそうな笑顔を浮かべる。

その姿を見て、先程まで感じていた罪悪感が蘇ってくる。気まずさを誤魔化すように『おはよう』と口を開いた。

すると彼女からザックスを心配する声が上がる。


「体調の方はどうですか?」


そう言って首を傾げる姿はまるで小動物のようでとても可愛い。

そんなことを考えていると、怪我についても問われる。Sランク冒険者と名乗っておきながら情けないが、彼女に嘘をつきたくなかったので正直に話した。しかし、彼女は俺の話を信じられないようだった。

笑い出す彼女に少しムッとするも、そろそろ此処に来た目的を果たそうと小箱を取り出す。だが、緊張して上手く言葉が出てこない。


(……クソッ。しっかりしろよ俺。)


内心焦っているも、シノが俺の手から小箱を取る。そして、箱をそっと開けて中身を見ると、ぱあっと明るい表情になった。その反応を見て、自然と頬が緩む。


(良かった。喜んでくれたみたいだな。)


安心していると、不意に『綺麗…』と呟きが聞こえた。視線を向けると、そこには花のように可憐な微笑みがあった。その美しさにしばし見惚れてしまう。

しかし、すぐに我に返ると贈った魔石の説明をする。説明を終えると、彼女は自分のことよりも俺のことを気にかけた。

 

(なんて優しいんだ。これ以上ない位美人なのに性格までもいいなんて……こんな女神のようなシノが、今は俺だけを見て、話してくれる。)


色について触れると、心做しか頬を染めているようで。彼女への想いは募るばかりだった。

すると、彼女はとんでもない爆弾を投下してきた。なんと俺の肩に頭を預けたのだ。

突然の出来事に動揺し、心臓がバクバクいっていて今にも口から飛び出してきそうだった。こんなに密着したら心臓の音もバレてしまいかねない……。だが、離れようとしない彼女を前にして、俺は為す術がなかった。


(反則だ……)


しばらく寄り添っていたその温もりを感じながら思う。


(ああ……やっぱりシノが好きだ。)


愛おしさが込み上げてくる。俺は彼女に気づかれないよう、そっと髪に口付けた。


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