短編集:現代ドラマ
MURASAKI
あなたのためなの
「行ってきます」
慌てて私は家を飛び出した。母は人の世話をしたい人で、私がどんなに「いらない」と言おうが弁当を用意したがるし、「自分でやる」と言っても手を出してくる。
今日もいらないと言っているのに弁当を作り、家を出る時間になっても出来上がらず……時間が無いので家を出ようとしたらこう引き止める。
「あと3分! もう出来るのに酷い! 私が一生懸命作っているじゃない」
あと3分が私にとっては大事な時間なのに、どうして分からないのだろう? もう26歳、私だって良い年齢なのに「親の手作り弁当」なんて恥ずかしくて会社に持って行けない。酷いって言うけど、私のことを分かろうとしないあなただって十分酷いじゃないの。
「もう本当に時間が無いの! 遅刻するから! 出るから!」
駅まで自転車を必死に漕いで5分。駐輪場からホームまで猛ダッシュして2分。これが最低でも家から駅までに必要な時間で、電車の到着時刻まであと10分しかない。
急いで自転車のロックを外し、漕ぎ始めたところで後ろから大きな声がする。
「お弁当! 持って行きなさい!」
近所の目もあるのに、どうしてあんな行動が出来るのだろうか。取りに戻らないと私は薄情な娘だと近所中に思われてしまう。おかげで電車に乗れないことが確定した。
どうしてあの人はああなのか。世話を焼きたい以前に、頭がおかしいとしか思えない。あの人の行動が私を遅刻魔にし、おかげで会社の評判がすこぶる悪くなっている事なんてどうでもいいのだろうし、元より私の立場なんて興味もないのだ。
そう、自分の
大喧嘩の末、私は一度家を出ることを決意した。あの人から離れないと本当に社内評価が地に落ちてしまう。
「一人暮らし、さいっこー!」
たった一週間だが、自分の思ったように生きられる空間は、心の底から解放されたものだった。あの人にずっと一人暮らしは無理だと言われ続けてきて、自分でも無理だと思い込んでいた。けれど、やればできるものだ。
勿論、朝の遅刻は無いし……まだ何日かだけど自分でお弁当を作り、会社に行くこともできている。家に帰って小言を言われることもないし、家事は思ったより大変ではなかった。
その時。スマホが鳴った。着信元は“母”だった。
「もしもし?」
「大丈夫? 一人でやっていけるの?」
「うん、料理もちゃんと出来るし、自分でお弁当も作ってるよ」
「そう。大変だったら帰ってきていいのよ、心配なのよ」
出た! 心配している、そんなの私が頼んだわけじゃない。怒鳴って電話を切った。それから一日おきに電話が鳴った。着信には“母”の文字。留守番電話のメッセージは毎回「心配だから折り返しなさい」だった。
恐ろしくなった私は、あの人からの電話が鳴らないように迷惑電話に登録した。そして、暫く経った頃。
残業で疲れて帰ってきたアパートの前に、あの人が立っていた。私を見つけ、開口一番こう言った。
「どれだけ心配したと思ってるの! 電話くらい出なさい!」
何度かの言い争いの結果、私は家に連れ戻された。もう、何を言ってもこの人には通じない。どこにいてもこの人の傀儡と諦めたのだ。
こうして、親の
だから……だから今、こうするしかなかったの。
血にまみれた私の顔は、解放された喜びともう
足元に転がるあの人の顔は、とても幸せそうに笑っていた。
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お題:薬
文字数:1000~1500文字以内
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結果:1500文字ぴったり→改稿後1458文字
テーマ:薬にも毒薬にもなる言葉
総評:
概ね、ゾクっとする・リアル・気を付けよう・脳内に浮かぶなどの有難いお言葉。
一方、わかりにくいとの意見あり。追い詰められている恐怖を感じないとの声。
人に伝えるのは難しい。
解説:
「あなたのため」という言葉は、母親にとっては自分に酔うための麻薬。
娘にとっても甘美な薬でもあり、一方では自分を追い詰める毒薬でもあった。
何もない日常で、少しずつ自分を追い詰めていく言葉に抗うが、逃げられない。
そう悟り、衝動的に母親を殺す。たっぷりの恨みを込めて。
足元に転がって笑う母親の首は、最後まで自分を見て貰えた喜びにあふれ、娘はその顔に一生縛られることに気付き涙を流す。
「一生この人の影からは逃げられない。そして、もう失ってしまったその深すぎる愛情からも二度と逃げられないのだ」と。
課題:
あまりにも日常の光景すぎてあまり恐怖が伝わってこないとの声あり。文字数制限の中でどう表現するか?が課題。
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