ぼくは沖田の刀で少年隊士!

高峠美那

第1話 召喚の扉は白い藤の花なり

 砂煙が…舞い上がる。

 あちこちから上がる雄たけびと、断末魔だんまつま

 煙の一寸先いっすんさき地獄絵図じごくえず。 

 稲穂をつけたばかりの田園は、もはや血の色にしか見えない。


退け…。これより先は前に出るな」


「え? なにを?!」


「あとを頼む…」


「っ。何をなさるおつもりか?! あなたは一番隊の組長ですよ!」


「だからこそ…。やらねばならぬ。人の手にあまるけもの、打破できるなら…命など、惜しくはない」


 だがもっと早く、こうするべきだったのだろう。


「私が臆病だったがゆえ、許せ…」


 ヒリついた皮膚は敏感になり、ほんのわずかな殺気すら手に取るようだ。


(ああ、誰かが駆けてくるな。この勇み足は永倉さんか? 止めるも何も…私以外に誰がやる?)


「…いつも言っているな? 刀で斬るな。身体で斬れ。今から見せるさまをとくと目に焼きつけよ」


 ズッ…ド――ン!! 


 目の前で地面が割れた。


 もう、一刻の猶予もない!


「我がめいに答えよ! 八咫やたの鏡をいだきし木瓜もっこうよ。いのちの炎と引き換えに、いにしえよりの契約を果たせ!」


 突如とつじょ、薄暗い空にいかずちが走る。


 来る!!


「我が手に来い! 私の名は新選組、一番隊組長 沖田総司おきたそうじ、おまえのあるじだ!!」


 瞬間、空がまばゆいまでに光り落雷が辺りをとどろかした。

 衝撃で赤土が舞い上がる。


 ピリ…ピリ…と、カミナリが放った放電に畏怖いふで身体が震えていた。


 が、その手にあるのは藤の花が風で舞うよう美しい刃紋が浮きあがった妖刀。


「…よく来てくれた。これより私とともに、存分に暴れようか」


 …………


*  *  *



「今日の掃除当番、矢田やただからな!」


「はいはい。わかってるよ」


 矢田はジャージの上着を脱ぎ捨てると、ホウキを持って校舎の裏手に回った。


 学級委員なんて、やるもんじゃない。何かにつけて、めんどうな仕事を押し付けてくる。


 前はイヤだ、めんどう、早く帰りたいって言葉が簡単に言えたのに、中二にもなると学級委員としてのメンツなんかも気になって先生にまでいい子のフリをしてしまう。


 矢田やた 冬瓜とうが遠江とおとうみ中学校二年。

 学年トップだからという理由だけで学級委員をやらされて、今も月に一度の校内にある鳥居の掃除を押し付けられている。


 べつに気弱なわけではない。運動神経はまあまあだし、背も高い方ではないが均整はとれている。


 ただ、好きな物には没頭するクセに、興味がない物には全くの無関心。

 勉強はできるが変わり者のイメージが定着し、親友と呼べる友人はいないが、矢田自身一人でいる方が気がラクだった。


「あー、枯れてる。ちょっと前まではキレイに咲いてたのに」


 矢田は鳥居をくぐるなり、不満をもらした。

 この鳥居には、白藤の木が二本植わっていた。フジというと、藤棚に紫の花が見事に垂れ下がるのを思い浮かべる。


 でも、白藤に藤棚などない。遠目には柳に霧がかかったように見えたりするだろう。

 蝶形の真っ白い小さな花は房状に咲き、白に対し浅緑あさみどりの葉は、尊いほど優しいコントラスト。


 矢田は入学当初から、この白藤が好きだった。

 ここの生徒は、学校の敷地内にある鳥居を気味悪がって近づきたがらない。

 でも矢田は、この鳥居もこの白藤もお気に入りの場所だった。


 すっかりくすんだ花の房が、初夏の風になびいて揺れる。


 見頃を終え、役目を果たしたと言わんばかりの微かな名残りの香りは、鳥居一帯を包んでいた。


「もう少し長く咲いていたかっただろうに。今年は暑くなるのが早いよな」


 なんとなく長く垂れ下がった花が不憫ふびんに思い、慰めるように房を撫で上げた。


「え?」


 その時、チリ…っと指先を針でついた痛みを感じた。ささいな、本当にささいな痛み。


 ミツバチでもいたのかと、矢田はくすんでツヤを失った白藤を覗き込む。


『来い!』

 

「え?!」


『我が手に!』

 

「え―――――?!」

 

 とたん、白藤にツヤがもどると燃えるように輝きを増し、目を開けていられないほどの光りが放たれ、矢田はそのまま花に吸い込まれて行った。





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