第35話 君の名は…

 用具準備室の中で見つけた水晶球オーブが眩い光を放ち、思わず目を閉じてしまった私がようやく目を開くことが出来た時、目の前には一人の女の子が立っていた。

 青みがかった銀髪のロングヘアーにアメジストを思わせる紫色の瞳。

 前髪が長く片目が隠れているのが印象的な女の子だ。

 細身の体に自分と同じように制服を着ているのだけど、自分の物とはデザインが微妙に違う。…そして、なによりその身体はうっすらと淡い光を放っている。


「…あ、あなたは………」


 女の子は、すぅ…っと静かに一呼吸した後、ゆっくりと口を開いた。


「アルカシア、私は貴女を待っていました」


「………、……プルナ…………!」


 私がその名前を口にするとその女の子は、目をぱちくりとさせた後、ニヤッと笑った。

 そう、私は彼女のことを知っている。…とは言え、転生してから出会っていたわけではない。要するに原作ゲームの方に登場していたキャラクターとして"知っていた"。

 しかし彼女は普通のNPCキャラクターではない。特殊な条件を満たさなければ登場しない、所謂"隠しキャラ"なのだ…!!


「私の名前を知っている。…貴女、やっぱり"転生者"ね…???」


 片目が隠れているというのに、口元が感情をわかりやすく示しているせいか、その表情がニタニタと非常に楽しそうに笑んでいるのがわかる。


「あっ…!?………えっ…!?」


 私はそれを言い当てられたこと、なによりそんな単語ワードが出てくること自体に驚いて、思わず言葉を失ってしまった。

 もともとのこの世界の人間であるのなら"転生者"なんて言葉自体が出てくるはずがない。…となれば…。


「そう警戒しないで良いよ。…貴女だけじゃない。ヴィオリーチェ…悪役令嬢のあの子も"転生者"なのよね?」


「ちょっと待って、ちょっと待って…!!!」


「?」


「"プルナ"は、アルカシアが入学するよりずっと前にこの学園で亡くなった女生徒の幽霊で…。自分を陥れた相手への恨みが強すぎて学園に縛られたまま眠ることが出来ないって設定だったはずで―――…」


「少なくとも転生がどうの…なんて話をするような子じゃないってことだよね?そう、貴女が私を知っているように、私も貴女を知っている。その理由は同じ」


「…………あなたも、転生者………って、ことね……」


 プルナは怪しい笑みを浮かべたまま、コクリと頷いた。


「…そう、私が前世の記憶を取り戻したのは、プルナが死んで幽霊になってからだったから、ゲーム本編の時間軸が始まるまで本当に暇で暇でしょうがなかったんだけどね…!」


「え、えぇ………????」


 軽い…!この幽霊ひと、結構悲劇的なシナリオで死んじゃってるキャラなのに、恐らく現代人としての人格が混ざり込んじゃったせいで、かなりマイルドな人格になってる…!!!


「貴女もゲームをやってた人なら知ってるでしょ?プルナは、悪霊として封印されていて、ゲーム本編でアルカシアによって開放されることによって初めてその姿を現すことが出来るようになった幽霊だったこと。ゲーム本編でも力のほとんどを封じられてしまっていて、アルカ以外には声や姿を認識されない状態だってこと…」


「そりゃあ、知ってるも何も…。一応、あのゲームは全ED全イベント制覇するくらいにはやり込んでたし、プルナは追加ディスクでかなりイベント追加されてたキャラだしね…」


「そう…!結構優遇されてるキャラだと思ってたし、私も好きだったんだけど……、さすがに自分がなっちゃうとは思わなかったよね……」


「…ヴィオリーチェもだけど、あなたも大変だったんだね……」


 自分が学園入学直後に記憶を取り戻したと言うのは非常に良いタイミングだったんだな…と今更ながら実感する。

 タイミングが幼い頃だったヴィオリーチェはそこから破滅フラグに怯える日々をおくる羽目になったし、プルナに関しては死んだ後に成仏も出来ず幽霊として長い時を過ごすことになってしまったというのだから…。


「…いや、ちょっと待って…。転生者なのはわかったけど、私、あなたの封印を解いたりしてないのに、なんで外に出られてるの?…それに、なんでこんな場所にいるの??????」


「あは。それはまぁ、私も退屈だったもんだから、なんとなく自分でね」



 なんとなく…?なんとなくで封印を?!

 手をヒラヒラと振って見せる。ああ、そうか。彼女もまた優秀な魔法使いであったはずだから、そう言うこともあるか…(?)


「ここにいる理由は、まぁ、貴女を待っていたと言うのは本当なんだけど、貴女を虐めていたあの子たちの無意識に魔法をかけていたの」


「…!?」


「彼女たちの強い"怒り"や"憎しみ"をトリガーとして、"主人公アルカシア"を"この場所に連れてくる"ようにと命じた、かけられた本人は意識できないタイプの暗示魔法ね!」


「え、えぇ!?そんなこと出来ちゃうの!?」


 クラウス先輩も前に言ってたけれど、こういう暗示だのなんだので個人の尊厳をぶち壊せる魔法が普通にあるの怖くない…????

 そんな私の思いを知ってか知らずかプルナはずっとニコニコ(ニヤニヤ?)している。

 もしかすると何十年単位で誰とも喋ってなかったんだもんね…。人と話すのが楽しいのは仕方ないのかも知れない。


「……いや、それはそうとして、私にこんな感じで接触してくるくらいなら、どうしてヴィオリーチェには接触していなかったの?転生者だって目星は付けてたんだよね?」


 ゲームではアルカシアとしか接触がないプルナだけれど、"高い魔力"という素養だけで考えれば、ヴィオリーチェも彼女を認識できる可能性は0ではなかっただろう。何より、"転生者"であることで認識できるようになっている可能性だって考えられる。(もともとの彼女を知っている という前提が出来るので)


 しかし、プルナは私の言葉に少し苦笑して首を横に振った。


「あの子は、貴女と違ってそこまでゲームをやり込んではいなかったみたい。見えるのは見えたようなんだけど、私の姿を見た途端、青い顔をして逃げてっちゃったのよねぇ……」


「え、えぇ?????」


 …ま、まぁ、ヴィオリーチェは腐女子ふじょし…あるいは貴腐人きふじんの方だしなぁ…。ゲームの楽しみ方が私とは違ってたのはわかっていたから、そういうこともあるか…。

 一応プルナは隠しキャラだし、女の子キャラには興味がなかったかも知れないもんな…。


「まぁ、それはいいのよ。アルカ」


「?」


 見た目に反して、何やら元気が良くテンション高めの調子でプルナは私に歩み寄ると、私の手をとってニッコリと微笑む。


「頼みたいことがあるの」


 彼女の笑顔と、その言葉に込められたそれは"お願い"というレベルの圧ではなかったことをここに記しておく。










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