死姫葬創 ~死んだ後に君を愛する~

近藤一

死霊術師と幼馴染の勇者

 僕は骸に偽りの魂を与え、傀儡として手足の様に操り戦う。


 死霊術師アレン。それが僕の名前だ。


「この、役立たず!」

「うあァ……!」


 意識が飛びそうになる衝撃が僕の頬に突き刺さった。


 僕の目には追えないが、今のは平手打ちだろう。


「どうして私の言った通りに出来ないの!?」


 金髪の髪を揺らしながら喚いているのが僕の幼馴染、勇者フェリスだ。


 フェリスは勇者と呼ばれてもてはやされているが、勇者と呼ばれる所以は聖剣を抜けたのとこの国の姫にも匹敵する抜群の容姿だけで、その性格は子供をそのまま大人にした様な我儘三昧の酷い物だった。


 今だってフェリスの我儘で王都の大通りで限定百食のロールケーキを買ってこいと命令されて朝早くから並んでいたが、運悪く前の列の人が買った分で完売だったのだ。こればかりは他人から奪ってフェリスに献上するわけにもいかず、帰ってきたら平手打ちを喰らわされたのだ。


 せめてご苦労様、と一言くらい労いの言葉があってもいいのにフェリスは暴言を浴びせるだけだ。


「はは……、ごめんね。なるべく早くに行って並んだんだけど……」

「それじゃあもっと早く並べばよかっただけじゃない!」


 そんなの無理に決まっている。僕がフェリスに命令されたのは夜中の二時、それから王都の大通りまで走って行って、何とか三時に並ぶ事が出来たんだ。


 けれどロールケーキは百食限定な上に一週間に一度しか売る事が無い。有名店な上にそれだけ数が限られれば、並んででも手に入れたいと思う人々は何人もいるはずだ。


 今回は並んでいた数が思っていたよりも多く、運が悪かっただけだ。


 むしろ仕事では無い休日の日に使いっ走りにされて、怒りたいのはこちらの方だ。


「は? 何、その目。睨んでんの?」


 下等な下僕に逆らわれた。そう感じたフェリスが怒気を孕んだ声で僕に問いかけた。


 このまま怒りを爆発させて、怒鳴ってフェリスの元から去る事が出来ればどんなに良いか。それでも僕は握った拳を解いて、フェリスに微笑みかけた。


「僕が君を睨むなんて、そんな事するわけないじゃないか」


 そう言うとフェリスはさらに激昂した表情で、僕の頬を打った。


 前衛最強格の勇者の力で耐久があまりない後衛の死霊術師が殴られれば一溜りもない。今度は手加減もされなかった様で、壁まで吹き飛んでぶつかり、口の中が鉄臭い味でいっぱいになった。


「っ、その気持ち悪い笑顔を向けるんじゃないわよ!」

「ははっ、ごめんって」


 フェリスは何を怒っているんだろう。

 君が言ったんじゃないか。


『私のそばにいるときは常に笑ってなさい。もし笑顔以外を見せたら殴るからね』と。


 笑顔にしても殴られて、笑顔をしなくても殴られる。

 なんて理不尽なんだろう。僕は肩を震わせるが、耐えて笑顔を作った。


「何で? 何でなのよ、あんたは……」

「ごめんよ、フェリス。次は上手くやるから」

「……さっさと出て行け、汚らしい死霊術師!」


 急にフェリスから投げ付けられたクッションを避ける事無く、顔面に受けとめた。柔らかいクッションだったから出血こそしていないが、鼻辺りは少し赤くなっていると思う。


 怒った様子のフェリスは僕に背を向けて、机の上に乗せていたカクテル入りのグラスを豪快に煽った。


 きっと油断していたのだろう。服の隙間から見えた瑞々しく張りのある白い肌に生唾を飲み、動揺を隠そうと口元を隠した。


 殺してみたい。


 ああ、駄目だ。そんな事を考えちゃ駄目なのに、死霊術師の性なのか、どうしても人の事を死んだ後にどんな姿になるのだろうか? という目でしか見られない。


 何とか笑顔を作って誤魔化していたが、もう我慢の限界だ。僕の笑顔は恍惚とした歪んだ微笑に変わり、頬は火照りを隠す事なく赤く染まり、両の目の端が下がって、下劣な視線をフェリスに向ける。


 もしも、フェリスを殺したら。


 フェリスの光沢を放つ金髪は色が霞んでしまうのだろうか?

 その瞳は何を見るわけでも無く、ただ虚ろを写すのだろう。

何も言えない骸となったフェリスはもう僕に何も言えなくなるだろう。

 あの白い肌を青白く変色させたい。暖かくて体温を感じる肌を、冷たいだけの骸に変えてあげたい。


 その妄想は、欲望は止まる事を知らず、気が付くと僕は背後からフェリスの細い首に手を回していた。


「えっ、アレン? まさかーーーー」


 そして、一気に締め上げた。


「あっ、うっ……!」


 苦しそうに呻き声を上げるフェリスに、興奮が抑えられずに笑い声をあげてしまった。しかし腐っても勇者だ。


「やめ、てよっ!」

「チッ」


 その細腕を振るっただけで体格差のある僕を簡単に振りほどいてしまった。しかしフェリスに抵抗されれば僕が勝てない事は分かっていたので、普段から持ち歩いていた勇者の力を抑制する魔道具をフェリスの腕に装着した。


「あれ、力がーーーーんぐッ!」


 一瞬の油断が生まれたフェリスをベッドに押し倒し、その上から今度は逃げられない様に上から跨って両の手で細首を締め付ける。


 僕とフェリスには体格差があり、男と女の違いとして力の差もある。それでもフェリスには勇者になる時に剣聖によって仕込まれた“技”がある。それを使われれば体格差があっても、僕はフェリスには勝てないだろう。


 しかし上から跨って力の限りに首を絞めてしまえば、フェリスは死ぬ恐怖と首を締め付けられて満足に酸素を肺に吸い込まれずに、まともに力も入らないだろう。


「はっ、ぁ……、ぅあぁーー」


 喘ぎ声に似た苦悶の声。息が止まり、フェリスはその顔を真っ赤に染めた。


 そんな姿を見て、僕はーーーーー


「嗚呼、可愛い。可愛いよ、フェリス!!」


 ――――さいっこうに、興奮した。


「でももっとだ、君はもっと綺麗になれるんだ。だから、綺麗になろう? 僕が力を貸してあげるから、ね? ねっ?」

 

 フェリスは何も答えない。青白くなった顔で、真っ赤に充血した目から大粒の雫を零し、僕に押し付けられて動かなくなった首を必死に左右に動かそうとする。


 それを察知した僕はさらに首を握った手の力を強めて、もっと動けなく、さらに酸素を取り入れられなくした。


 かつて配下を作るに屍を弄っているとフェリスに汚いと言われたこの黒っぽくなった爪で、その白い肌に思い切り爪を立てる。


 やがてその青白くなった首筋から、鮮血が流れ出た。

 綺麗な血だ。思わず、その血を舐めた。 

 当然と言えば当然だがその味は、先ほど僕の口の中に流れた血と全く同じ味だった。


 この僕の股の下で今も抵抗しようと手足を必死に動かす、死ぬ寸前の中途半端なこの半死体を僕はすでに愛おしく思い始めていた。


「さようなら、フェリス。生きてる君には興味ないけど、死んだ後の君の事は誰よりも愛してあげるからね」


 それだけ言って、僕は力を強めた。

 ボキッと鈍い音と折れる感触が掌に感じた。

 少しの間、フェリスの身体はぴくぴく動いていたが、やがて動かなくなった。


 その目は閉じられることなく、半分だけ開かれていた。

 力無く閉ざされた唇からも、隙間で出来たほんの少しの血が混ざった涎が流れ出る。 


「これからはずっと一緒だよ、フェリス」


 そうフェリスに伝えて、すでに冷たくなりかけている白い唇を塞いだ。



 唇を離し、僕が一歩。二歩と後ろに下がったタイミングでフェリスの死体から死霊術師が及ぼしたと思えない程の煌々とした光を放った。


 草の香り。木炭の香り。川のせせらぎの匂い。


 これはフェリスの原点の匂いだ。


 今、フェリスの魂は自身の原点に回帰している。


 そしてそれらを贄にして、フェリスの魂は今、生まれ変わる。


【死姫葬創】。


 僕が持つ死霊術師としての最高の技だ。


 これは女性の死体にしか使えない、死後間もない状態の相手にキスをして、生前の相手と深い繋がりを持っていなければいけない。と言ったように条件が多く、滅多に使えない技だ。


 この技の良いところは、死者の全てが僕の配下の死体となった後にも引き継がれる。という点だ。


 普通の死体は生前の力に遠く及ばない力しか出せない上に、フェリスの様に特殊な能力を主要に戦っている者はその能力までは引き出せず、ただの役立たずになってしまう。


 だけどフェリスを役立たずにするわけにはいかないからな。


 僕の最初で、初めてで、最高の死体にしてあげなくちゃいけなかった。


 光が収まると、そこは青白い肌のフェリスがいた。

 頬を突くと柔らかい感触で、すぐに押し返される。

 しかし体温は低く、触れた瞬間は冷たい死体みたいだ。


「立て。フェリス」


 そう命令すると、フェリスはおもむろに動き出し、その場に直立した。


「気分はどうだ?」

「最低よ。死んだんだもの」

「そりゃそうだ」

 

 僕はそりゃそうだ、と笑うとフェリスは苦虫を噛んだ様な表情で僕を睨み付けた。


 これはフェリスだが、フェリスじゃない。

 魂はたしかに生まれ変わったが、今喋っているのは生前をコピーしたものに過ぎない。

 フェリスはもう死んだんだ。

 けど、死んだからいい。

 フェリスは死んだ後が一番かわいい。


「可愛いよ、フェリス」

「ふんっ」

 

 機嫌を損ねてしまったらしい。

 フェリスは顔を背けて、僕と目を合わせてくれない。

 そんなところも可愛らしく思いながら、僕は命令権を発動する。


「愛してる、フェリス」


 そう伝えると立っていた抵抗出来ないフェリスをベッドに押し倒し、その全身を貪った。


 冷たい肌も虚ろな目も青白い肌も、全てが好きだ。愛してる。


 さて、次は誰を愛そうか。


 次の日、僕はフェリスを連れて宿を出た。

 行き先は決めず、ただ着の身着のまま、新しい姫を迎えに行くのだーーーー。










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