第2話
タブレットを机に立てかけ、肘を突きながら動画を見ていた。
落ち込んだ気を紛らわそうとバラエティを見ているが、一向に気分がよくなる気配はない。天気が雨というのも相まって、暗い感情が脳裏に宿る。
仮想世界に入れば天気は快晴へと変化するため、きっと多くの生徒たちが学園都市で遊んでいることだろう。雨の日は大体の生徒が仮想世界に篭るのが昨今の傾向だ。
ただ、私はそんなことはしない。
きっと今頃、幸と今平くんは仲良く遊んでいるに違いない。下手に仮想世界に入れば、私はその姿を再び目撃する可能性がある。それだけは何としてでも避けたい。
だからこそ、こうして家にいるのだ。ここであれば、そんなことが起こる心配はないから。
私はバラエティを見つつも、画面右上に書かれた日にちに目をやった。
9月30日。今日は私の誕生日だ。誕生日と言えど、何かおめでたいことが起こるわけではない。強いて言えば、母が帰りに買ってくるケーキくらいだ。
でも、もしかしたら私にとって大切な思い出になってたかもしれなかった。本当なら今日は幸と遊んでいたはずだ。一学期の傾向からして、幸はよくクラスメイトの誕生日を一緒に祝っていた。流石に人の誕生日をむげにはできないので、私も陰ながら参加していた。
クラスメイトに対しても祝うくらいなのだから、きっと親友である私に対しては特別なことをしてくれたはずだ。幸がどんなことをしてくれるのか。一学期の時からずっと楽しみにしていたのだ。
なのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。
『ピコンッ』
目の前にあるタブレットから通知音が流れる。画面の上には送り主の名前とメッセージが書かれていた。私はその内容に目を大きくした。驚きを通り越して一体何が起こっているのか分からなかった。
しばらく放心状態だったが、ようやく脳が回りだす。
ひとまず、内容の通りに動こう。心臓の鼓動が早まるのを感じながらも、私は仮想空間に入るための装置に身を投じた。
****
空を見上げると先ほどの雨は嘘のように晴れ渡っていた。
風は心地よく空気も美味しい。これが仮想空間だなんて未だに信じられない。
私は深く鼻から息を吸い、深呼吸をした。新鮮な空気を取り入れたことで全身に活力を感じる。
「こんにちは、新山さん。随分早かったね」
体を伸ばしていると後ろから男性の声が聞こえた。私はその声で全身が鉄のように膠着状態になる。せっかく落ち着けた心は効果がなくなったかのように跳ね上がる。
「新山さん?」
動かなくなった私を背後の男性は気遣うように声をかけた。私は我に返ったかのようにすぐさま振り向き、彼を見る。彼は私の挙動に驚きながらもすぐに笑顔を見せた。
最後に見たのは幸と一緒にいた時だ。幸に見せていた笑顔と比べて若干ぎこちなかった。
「ごめんね、急に呼び出して」
「うんうん。それで話って何かな?」
私は単刀直入に本題へ入った。
先ほどタブレットで流れたメッセージは目の前にいる彼、今平 志恩くんのものだった。
『今から学校の屋上に来れたりする?』
メッセージにはそれだけが書かれていた。想い人からの急な呼び出しに思わず応じてしまったが、できれば避けるべきだったと後悔した。もしかすると、幸が今平くんを使って私を説得しようとしているのかもしれないと思ったからだ。
もしそうだった場合、私にとってこれほどの苦痛はない。二人のせいで私は酷く傷ついているのに、それに全く気づきもしないで声をかけてくる彼に無意識に嫌悪感を感じる。元々ある『彼を好き』という感情と混ざり合い、頭がおかしくなりそうだった。
できれば、早くこの場から逃げ出したい。
「その……ちょっと……新山さんに用事があって……」
私の思いとは裏腹に彼は焦らすような口調で話し始める。普段なら彼の行動に対して胸をときめかせていただろう。だが、今の私にあるのはイライラだった。
「用って何かな?」
平静を装いつつも、急かすように念押しをする。
彼は頭を掻いて、照れたような仕草を見せる。もう片方の手は背後にあり、私からは見えない。
普段は見せない彼の態度に訝しげな視線を送った。彼は一体何を企んでいるのだろうか。
やがて手を下ろし、覚悟を決めたように私の目を見る。不意に真剣な視線を向けられ、思わず目を丸くした。
不安を拭うように手を胸へと置く。
彼は私の方へとゆっくり歩いてくる。
「実は渡したいものがあってここに呼んだんだ? 休日なのに突然呼び出してごめん。それでも、渡すなら今日がいいと思ってメッセージを送った」
「渡すものって何?」
「これ……」
彼は後ろに隠していた手を前へと出す。手には青色の紙で包装された直方体の箱が握られていた。親切に黄色のリボンが留められている。
私は瞳を大きくして、プレゼントを凝視した。
「今日、新山さんの誕生日だよね。だからプレゼントを渡そうと思って。本当は幸も一緒に来てくれるはずだったんだけど、途中で帰っちゃった」
「そう……だったんだ」
心臓が破裂するような速度で鼓動を打つ。
彼にプレゼントをもらえたことが嬉しかったから。それとも、自分がとんでもない過ちを犯していたことに気づいたから。どちらの理由でドキドキしているのかは分からない。
彼の持っている包装紙には見覚えがあった。
あの日、スーパーで幸と今平くんが一緒に購入したものだ。
「ありがとう。開けてもいい?」
「うん」
今平くんの了承を得て、プレゼントを開ける。リボンをほどき、包装紙を丁寧に剥がしていく。白色の直方体の箱には彼らのいた店のロゴが入っていた。中を開けると、ペンダントが入っていた。
幸につけていたペンダント。
幸へのプレゼントじゃなかったんだ。幸を私に見立てて、似合うかどうか吟味していたんだ。
「どうして私に?」
「……それは……俺さ、新山さんのこと……気になってたから」
今平くんは頬を赤く染めながら、照れ臭そうに口にする。いつものような無邪気な笑顔やハキハキとした話し方とは違う。別の彼の一面を垣間見えた。
「そっか……ありがとう」
私は彼に対して笑顔を向けた。
彼は私を見て、笑顔を返す。そんなことはなく、戸惑ったような表情を見せた。
その瞬間、頬を伝った涙が地面にこぼれ落ちた。
「新山さん……なんで泣いているの?」
「これは……その……嬉し泣き……いや、悲し泣きかな。よくわかんないや。ごめん、今平くん。今の私はこれをもらえない」
箱の蓋を閉じ、包装紙とともに彼の胸へとそっと置く。今平くんは訳も分からない様子だが、渡したプレゼントを手にした。
「今ってどういうこと?」
「今平くんには幸と一緒にこれを渡して欲しいの。その代わり、一つ聞きたいことがある。今平くんって幸と同じ中学なんだよね」
「ああ。幼稚園の頃から一緒だ」
「それならより好都合。ねえ、今平くん……」
そして、私は今平くんに対して聞きたいことを口にした。
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