【短編】ブロック・ヒューマン
結城 刹那
第1話
『おはよう、和紗』
朝のホームルーム。ボーッと教壇後ろのスクリーンを眺めていると人影が挨拶をする。暗喩しているわけではなく、本当に『人影』なのだ。人の姿をした全身真っ黒な人物。人影の前にはゲームで見る『メッセージウィンドウ』が付けられている。
古谷 幸(ふるや さち)と書かれた名前とともに彼女の口にした挨拶が記載されている。私はその人影の言葉に挨拶を返すわけでもなく、横にある窓から外の景色をみた。
周囲を気遣う必要はない。彼らに幸の声は聞こえていない。私に向けられて発された言葉は声にならないようにプログラムされているのだ。
だって、古谷 幸(ふるや さち)は私にとっての『ブロック・ヒューマン』だから。
外は快晴で太陽の日差しが鬱陶しいくらいに照り付けていた。学園都市の中心にあるこの学校から見える景色は最高だった。遠くに見える海が宝石の如く光り輝いている。
全て紛い物なのに、ここまで美しく見えるとは人々の生み出した技術と言うのは凄まじいものだ。
昔の学校は私たちの住む家と同じく『リアル世界』にあったという。しかし、今はメタバースという仮想の空間に作られ、私たちはそこに通っている。規模も大きくなり、一学年のクラス数は二桁にも及ぶ。
学校がメタバースに置き換えられた理由は様々あるという。その中でも大きなものは身体的苦痛からの開放。いじめという概念が強く根付いた今の時代にはせめてもの対処として、身体的暴力の緩和だけは避けておきたいとのことだった。
リアル世界で会うのは学校で仲良くなった本当の友達のみ。私たちは幼い頃からそう教わってきた。そして、自分にとって都合の悪い人間は『ブロック』する。それこそが人生を幸せにする方法である。
だから私は親友である『古谷 幸』をブロックすることにした。
****
幸とは高等部で初めて会った。私は中等部からのエレベーター入学であったが、幸は受験に受かって、この学園に来たらしい。同じクラスの隣の席同士になり、よく話す仲になった。
幸は陽気な性格で、中等部では全く友達ができなかった私もすぐに打ち解けることができた。真の陽キャというのはここまで友達を作るのが上手なのかと感心させられたものだ。
残念というべきか当然というべきか幸以外のクラスメイトとはうまく付き合うことができなかった。逆に幸は男女問わず誰とでも仲良くすることができた。そんな幸のことを私は心のどこかで羨ましがっていたんだと今になって思う。
そんな幸は他の誰でもない私といつも一緒にいてくれた。班を作るときにも他のクラスメイトに誘われても、私の気が乗らなければ謝罪して断っていた。幸が悪いわけでもないのに。私は自由勝手な人間なのに幸はそんな私に愛想尽かすことなく、隣にいてくれた。
ことの発端は一学期が過ぎ、二学期に入った時のことだ。私と幸は親友と呼べるほどの仲まで発展していた。少なくとも私はそう思っていた。だからこそ、私は幸に自分の秘密を打ち明けた。別のクラスにいる男子生徒に好意を抱いているということを。
今平 志恩(いまひら しおん)。聞くところによると、彼は幸と同じ中学に通っていたとのことだ。それもそのはず。他のクラスにも関わらず、幸と仲良く話していたのだから。七三分けの跳ねた髪に運動部らしい筋肉質な体つき。爽やかイケメンという言葉が合う人物だった。
好意を抱いたのはほんのちょっとしたことだった。裏庭で一人で静かに本を読んでいた時にばったり会い、笑顔で挨拶してくれた。たったそれだけ。それだけで好意を抱くには十分だった。何の下心も見えない屈託のない笑みに私の心は撃ち抜かれたのだ。
私が今平くんのことを好きだと告げた時、幸はとても喜んでいた。「私は和紗の恋を実らせるために全力を注ぐよ」と力強く発言していた。
だが、数日後。幸の言葉が嘘だということが発覚した。
だって、幸と今平くんは私に内緒で付き合っていたのだから。
きっかけは大型スーパーに行った時のことだった。いつものように本を買いに来た私は不幸にも幸と今平くんが一緒にいるところを目撃した。
彼らは楽しそうにしながら二人で歩いていた。普段から笑顔の彼らだが、私から見る限りいつも以上に嬉しそうな様子だった。私は気になり、こっそりと後をつけた。
二人はアクセサリー売り場でペンダントを見ていた。
今平くんは幸に対して、ペンダントをいくつもつけては彼女に似合うものを探していた。
吟味するように真剣な表情を見せる今平くんと浮かれるような笑顔を見せる幸。私はその光景を見てひどく傷ついたのを感じた。
やがて、好みのものが決まったのかレジに行って、高級そうなペンダントを購入した。丁寧に包装紙まで受け取っていた。二人の嬉しそうな様子を見て、私の心がどんどんひび割れていくのがわかった。
親友に裏切られただけではなく、好きな人をも取られることがどれだけ辛いことだったか。この場所にいては自分がおかしくなりそうな気がして、急いでスーパーから去っていった。
そして、その日から私は幸をブロックすることにした。
もし彼女が今平くんが買ったペンダントを首から下げている姿を目撃してしまったら、今度こそ私の心は崩れ去るような気がしたからだ。
だからこそ、人影にすることでその事実から目を背けることにしたのだ。
その日以降、私と幸は一言も喋らなくなった。唯一の親友を失った私はクラスからの外れものとなり、毎日一人で過ごすことになった。クラスのみんなは幸を庇うような言い草を見せ、私を罵倒した。
本当は幸が悪いのに。こういう時に他のクラスメイトに媚を打っておくというのは最良なのだろう。彼らは善悪関係なしに自分にとって都合の良い人間を擁護するのだ。
これがリアル世界ではなくて良かったとつくづく思った。
もし、学校がリアルにあったら、私はもしかするともうこの世にいなかったかもしれない。
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