野次馬達

そうざ

The Onlookers

 押すな、見えんぞ、そこ退け、痛い。野卑な言葉が引っ切りなしに、飛び交う広場に芋の子洗う、野次馬根性、殺気立つ。

 腹掛け坊やが必死のていで、藻掻いて割り込む人の群れ。

 それに気付いた煙草屋の、ヨボヨボ婆さん声荒らげ、

「この子を行かせてやっとくれ」

 その実、子供にかこつけて、群れの中へと躍り出りゃ、煙草が売れるとほくそ笑む。

 側で見ていた魚屋は、

「餓鬼には十年早ぇべさ、とっととどっかへ摘み出せっ」

 七輪並べて槍賊烏やりいか炙り、団扇うちわでパタパタ扇いで

 たちまち半べそ坊やのもとに、駄菓子のおばちゃん透かさず寄れば、

「ほらほら飴玉、お代は十円」

 野次馬ついでに子供と見れば、次から次へと売り込み掛ける。

 それを見ていた和菓子屋ニタリ、

「それよりおっきい饅頭あるよ、甘いよ、美味いよ、たったの百円」

 負けじと売り込み攻勢掛ける。

 哀れや坊やと花屋のねえや、花籠抱えて駆け寄るも、彼女に懸想けそうの蒲団屋は、若気にやけた二代目若旦那、

「さぁさ、アタシのかたわらへ、フカフカ座布団、敷きました」

 下衆げすな岡惚れその脇で、豆腐屋、肉屋のお嫁さん、商い二の次三の次、日頃のいさかい持ち出して、

「皮肉も朱肉も羊頭狗肉、あんたの贅肉ぜいにく、お幾らじゃ」

絹漉きぬごし、木綿もめんかしましい、お豆が腐れば納豆さ」

 二人を取り成す文具屋と、床屋のあるじに飛び火して、互いにはさみを構えれば、

「擦り傷、切り傷、何でもござれ、今日こんちは安売り五百円」

 薬屋、透かさず売り歩く、赤チン、青チン、絆創膏。

何奴どいつ此奴こいつもレンズの前を、ちょこまか、うろちょろ、横切るなっ」

 写真屋家業は勝手にパシャリ、記念に如何いかがと売り付けりゃ、

「でっけぇ機材を持ち出して、邪魔臭ぇったらありゃしねぇ」

 のたまう八百屋の周りには、選り取り見取りの夏野菜。

 これ幸いと金物屋、鳴り物よろしく鍋釜を、ドンガラガッシャン掻き鳴らしゃ、自棄やけのやんぱち乾物屋、拍子木宜しく鰹節かつぶしを、カッチンカチンと打ち鳴らす。

 てんでばらばら人集ひとだかり、怒声に罵声に金切り声と、てんやわんやの大騒ぎ。せんの坊やは何処へやら。

 そこへつかつかやって来た、髭の官憲、怒髪天。

「黙りゃ黙りゃあ黙らっしゃい、汝等うぬら残らず黙るまで、公開処刑は始まらんっ」

 鶴の一声、殺気は損気、首をすくめる皆の衆、野次馬日和びよりの参観日。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

野次馬達 そうざ @so-za

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説