主から事情を伺っていないのですか?

 リリム達が案内されたのは薄暗い部屋だった。

 部屋に窓はなく、月明かりすら入ってこないので、周囲の様子は部屋の中に置かれた燭台が照らす明かりのみが頼りだ。


 十メートル四方くらいの大きさで、それほど大きな部屋ではなかった。

 部屋の中央には来客用とおぼしきソファが置いてあり、左右の壁に置かれている棚の上には若い女性がモデルとなっている胸像や肖像画などが置かれている。薄暗い部屋で燭台の光に照らされる彼女たちはどこか儚くも不気味であった。


 部屋の調度品はそれだけであり、高級な家具も光り輝く装飾品の類もなく、端的に言えば質素であった。

『貴族の中の貴族』と呼ばれる人物の部屋らしくない。


 そして今、入り口に立つリリム達の正面には大きな樫の木で作られたテーブルと、その脇には老女が控えていた。

 輝くような白髪に赤紫の瞳。黒を基調としながらも赤い裏地が見えるタキシードを身にまとい、上品に佇んでいる。


「ルーヴェンディウスさま……?」

 リリムが首を捻ったのは、〈魔王因子〉が教えてくれるルーヴェンディウスの姿と異なっているためである。


 とはいえ、〈魔王因子〉が知るヴァンパイアロードの姿は二百年も前のものである。

 先代継承者であるアガリアレプトは第五王子であったため、ルーヴェンディウスに会ったことはなかった。しばらく途絶えていたその前の継承者がルーヴェンディウスと会ったのは二百年前だったのだ。


 しかし二百年も経てばいくら不死のヴァンパイアロードといえど姿は変わるだろう。


「初めてお目にかかります。わたしはリリム。アガリアレプトさまの――」

 そこまで言った所で老女は首を横に振った。


「私はマーガレット。ルーヴェンディウス様の秘書でございますわ」

 そうしてドレスのスカートをつまみ上げて礼をした。


「え……? となるとルーヴェンディウスさまはどちらに……?」

 リリムが驚くと、マーガレットと名乗った女性もまた驚き、口元に手を当てた。


「もしかして……主から事情を伺っていないのですか?」

「事情も何も……わたしはまだルーヴェンディウスさんにお会いしていませんが……?」

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