汚したら叱られてしまいますから
「な、何だ……!? 何が起こっているというのだ?」
『王国』と自称している西大陸に逃げた反乱分子――叛徒たちとの戦いによって武勲を挙げ、今の地位を獲得した歴戦の猛将であるノーリにとって、この日の戦いは予想外のことばかりが起こっていた。
思えば、こちらの宣戦布告に対して若い女が出てきたことが最初の予想外の出来事だったように思える。
その後、突然部隊の一部が消滅したことや背後に巨大な炎の壁が現われたこと、そしてはるか遠方、街の南側から轟音が聞こえてきたことなど、予想外の出来事の連続であった。
しかし今、ノーリの目の前で起こっている出来事に比べればどれも些細なことでしかなかった。
何せ――
「どうしたのですか? もうおしまいですか?」
赤いドレスを身にまとい、燃える剣を手に持った赤いドレスの女が、レクリエーションはもう終わりなのかと言わんばかりの気楽な様子で聞いてきた。
もちろん、今行われているのはレクリエーションなどでは断じてない。
ノーリは満身創痍であった。全身に切り傷を抱え、片目は額から流れる血が固まったせいで開かない。鎧の一部はすでに砕け散り、兜はすでに脱ぎ捨てていた。
それでも両手に構える斧だけは手放さない。それはノーリの戦士としての矜恃だった。
「この……バケモノめ……!」
ドワーフの戦士が悪態をついた。
無理もない。この状況で悪態をつけるだけまだマシというものだ。
彼の周囲にはかつて彼の仲間だった兵士達が倒れていた。文字通り死屍累々といった有様だ。騎馬兵も魔導師も歩兵も例外はない。三万いたはずの彼の部隊は彼以外全滅していた。
一方でそれをもたらした赤い女は息ひとつ切らせていないどころか、その赤く輝くドレスに埃ひとつ付いていない。
「汚したら叱られてしまいますから」
などとまるでパーティー会場で聞きそうな台詞を吐く女に対し、怒りよりも怖気の方が大きかった。
しかも恐ろしいことに、この惨状をもたらすために女はほとんど魔法を使用していなかったのだ。
途中、馬の足を止めるためと魔導師の口を塞ぐために何かしたようだが、三万の軍勢に対して一人で――その手に持つ燃えさかる剣一本で圧勝してみせたのである。
これを化け物と言わずしてなんと言おうか。
しかし、そんなノーリに対して赤い女――リリムは困ったような顔をして、
「失礼ですね……。年頃の女性にバケモノ呼ばわりは失礼じゃありませんか?」
ノーリに逃げ出す選択肢はなかった。誰一人逃げることなく使命を全うした部下達に申し訳が立たないということもあったが、今も燃えさかる炎の壁を越えられるとは到底思えなかった。
そう、この女はウェリングバラの城壁と同じ高さの炎の壁を維持しながら三万の軍勢に完勝してみせたのだ。
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