この手で掴んでみせます

「本日の第四試合は――現在六連勝中、今一番波に乗ってる『猛進』ヴェーテル! 

対するは今回がコロシアム初登場! 『赤髪』リリム!」

 円形競技場の観客席に押し寄せた客達が熱狂の渦を巻き起こす。


 リリムが目覚めてから数日後、彼女はコロシアムの真ん中にいた。

 どうやら収容部屋に押し込まれているリリムたち奴隷は、このコロシアムで“仕事”と称する殺し合いをさせられる役割らしい。


 今、リリムはあの時吹き飛ばしたオークのダグザと同じ粗末な奴隷服を身にまとい、鉄球付きの足かせを付けられた状態でコロシアムの中央に立っている。

 その正面に相対するのは巨大なオーガ。粗末な革の鎧に大きな斧を片手で軽々と担ぎ、鼻息も荒く血走った目でリリムを睨みつけている。


「やれー、ヴェーテル!」

「一撃で決めろ!」

「ころせー!」


 歴戦の戦士らしい巨大な斧を装備したオーガに対するのは最も弱い種族と言われている無手の人間の女。

 どうやら観客たちの熱狂はこのオーガがどれだけ残虐にリリムを殺すのかを楽しみにしているらしい。


「六十分一本勝負!」

 ここにいる全員が六十分もかからないだろうと思っていた。もちろん、リリムも。


「レディー、ゴー!!」

「グワァァァァァァァァァ!」


 開始の合図と同時に待ちかねたとばかりにオーガが突撃を始めた。『猛進』の二つ名の通り、猪でもないのに単純な直線的な動きだ。


 それに対してリリムはぴくりとも動かない。

 観客たちには絶望した人間が身動きも取れず、立ち尽くしているように見えただろう。


 鍛えられた筋肉が収縮し、その巨大な斧を振り上げた。

 そのまま走りながらオーガは斧を振る。


 その軌道はちょうどリリムの腰の高さで、リリムの身体を寸分違わず捉えていた。

 リリムの上半身が消えた。観客たちにはリリムの身体が真っ二つに切断されたかのように見えただろう。


 しかし、そうではなかった。


 リリムは斧の軌道を瞬時に見極め姿勢を低くして敵の動きを回避、次の瞬間、その姿勢から生み出される爆発的な瞬発力によってオーガとの距離を詰め、一撃を決めた。


「ぐぽ……っ……!」

 リリムの肘打ちがオーガの腹に炸裂した。そのままオーガの腹を突き破るのではないかと思えるほどオーガの背が盛り上がったかと思ったあと、オーガはそのまま倒れ伏してしまった。


 ぴくりとも動かない。白目をむいて失神していた。

 何が起こったのか理解できない観客たち、静まるコロシアム。


「しょ、勝利――――――――!! まさかの大番狂わせで『赤髪』リリムが記念すべき初戦を飾りましたぁーっ!」

 再び、しかし先ほどとは明らかに異なる熱狂の渦がリリムを包み込む。


 リリムは右手を挙げてゆっくりと全方向を向いて観客たちに挨拶した。


 しかし、リリムは盛り上がる観客たちに向けてただ挨拶しただけではなかった。周囲をぐるりと見渡しながら、コロシアム全体を油断なく観察する。


「あった……!」

 リリムから見てちょうど反対側、最上方。一般の観客席とは異なるボックス席。周囲にスペースが取られていることや内部の豪華な装飾など。間違いなくあれが貴賓席だ。


 しかし、リリムが求める皇女ヴェパルの姿はそこにはなかった。貴賓席の中では誰かが動き回る気配があったので、ついさっきまでヴェパルがそこにいて、リリムが殺される所を期待して見ていたのかもしれない。


「チャンスは必ず……この手で掴んでみせます」

 リリムは観客に挨拶しながら決意を新たにした。

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