雨唄

小狸

短編

 体育祭は、雨で中止になった。


「あー、せっかくてるてる坊主作ったのにー」


 妹がそんな風に悲しんでいたけれど、正直私にとっては、これ以上ない嬉しい日だった。


 中1にもなっててるてる坊主に頼るとは――しかもクオリティがなかなか高い。流石は妹である。


 妹は基本的に何でもそつなくこなせてしまうのだ。大して姉の私はと言えば――言うまでもなく苦手だらけである。

 

 体育祭――体育は苦手である。

 

 もっと言えば、身体を動かすことが苦手だ。


 嫌いな科目は何ですかと問われたら、一秒以内に体育と答えるだろう。


 それくらいに、嫌いである。


 いや、将来身体の動かし方を知っておくだとか、成長期に必要なものだとか、そういう御託ごたくは良い。


 でも――嫌いなものは嫌いなのだ。


 体育の教師も嫌いだ。

 

 きっと体育の教師は、体育が嫌いな人間というのが存在することを知らないのだろうと思う。自分が得意だからって、得意げにお手本を見せて、規律がどうだの集団行動がどうだのと厳しく好き放題言う。

 

 仕方のない理由で見学をすると、露骨に嫌な顔をするのだ。

 

 仕方ないじゃないか。

 

 こちとら好きで女に生まれた訳じゃない。

 

 好きで生まれたわけでもないしね。

 

 なーんて言うと、思春期真っただ中の女子中学生みたいである。

 

 まあ、そうなんだけどね、実際。

 

 反抗期は去年だった――なんて自分で言うものおかしいけれど、お母さんと良く喧嘩したっけな。

 

 あの時の私、口悪かったなあ。

 

 空気の涼しさも相まって、少しだけ申し訳ない思いが、私の頭をよぎった。

 

 再び窓から外を見た。

 

 雨は、止む気配すら見せずに降り続いている。

 

 正直あの体育の教師が、体育祭の中止を嘆いているのを想像すると、少しだけ、ざまあみろと思う。 

 

 たくさん準備してきた先生方には申し訳ないけれどね。


 ただ、朝のメールで、体育祭の代替に授業を行うことが知らされている。まあ、どっちにしろ学校には行くのだ。休みにはならない。振替が水曜日の授業で、運よく体育が無い時間割だったことを、良かったと思うことにしよう。


 妹は、もう準備を済ませて、「えー、やりたかったのになー、リレー」とまだぶつくさ言っている。


「仕方ないよ、雨なんだし」


 と言うと。


「それは分かってるけどさー、でも、なんかさー、ほら、自分じゃ納得できないことってあるじゃんさー」


 と、口を尖らせて先に「行ってきますー」と言って家を出た。今日は部活もないのに、お早いことである。何でも、早く言って勉強するのだとか。いいなあ、そういうの継続できて。私はめっきり続かない。最初の三、四回は続いて、どこかの一回で失敗すると、「あー、もう後はどうでもいいや」となるタイプである。


 私は――もう少しごろごろしてから行こう。


 お父さんとお母さんはもう仕事に行ったので、家には私一人だけである。


 じっと、目をつむった。


 雨の音がした。


 屋根にある管から雨水が落ちる音、誰かが水たまりの上を歩く音、車が水を搔き分ける音、そしてそれらをまとめても勝てないくらいに大きな、雨の音。


 すぐ近くにあるのに、とても遠くで響いているような、音。


 ざー、でも、ざんざん、でも、さー、でもない。


 言葉では言い表せない、それでも、世界を包み込む、そんな音だ。


「…………ふう」 


 少しだけ心が落ち着いた、ような気がした。


 妹の作ったてるてる坊主(可愛い)をで、少し早いが私も学校に行くことにした。


 今日は体育着を中に着て行かなくて良いと思うと、何だか気楽だった。


 一歩を踏み出した。


 雨がおどけたように、傘の上で歌った。



(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨唄 小狸 @segen_gen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る