第25話 光の速さ
琉生と黒魔子は今日も一緒に学校に向かう。
手を繋いだところで琉生の温もりを感じることができない黒魔子は、頬をスリスリさせようと密着を深めようとするが、さすがにそれはマズいと琉生だけでなく、桜帆にまで説得され、渋々手を繋ぐだけにすることを認めた。
当初はあまりに物足りないと不満げであったが、手を繋ぐだけでも十分人目に付くことに違いはない。
歩いているだけで視線を感じるし、仲が良いねと生徒たちや近所の人に言われたりするから、段々機嫌が良くなっていく。
見て欲しい。私はこんな素敵な男性と一緒に歩いているのだと、黒魔子は誇らしい気持ちになるのだ。
その男が本当に素敵なのかどうかは様々な意見があるだろうが、少なくとも黒魔子にとってこの瞬間は幸せなのである。
しかし校舎に入ると、またしても嫌なものを見る羽目になる。
「はい順番守って! 三列キープ~!」
声の大きい女子生徒たちが行列を手際よく整理している。
行列の先には使われていない空き教室があり、そこにあの忌々しい杉村光がいるので、黒魔子は露骨に嫌な顔をした。
杉村光は恐ろしい計画を実行していた。
すなわち、杉村光にポイントを差し出せば、叶えられるリクエストはなんでも答えるという、自身の能力とコネをフル活用する作戦である。
「稲葉フレンさまの直筆サインが欲しいんです!」
「オッケー、もう許可は貰ってるから、そこの予約リストに名前を書いたあと、ポイント振り込んどいてね」
たったこれだけで多くの生徒から少量ではあるがポイントをかき集めている。
このチリと積もれば山となる戦法は杉村光のみが使える最高の手段だった。
日本のトップモデルが集結するイベントのチケット予約優先権とか、プロレスラーでもあるシルヴィの大神完二が所属する団体のチケットなど、誰もが欲しいけど手に入らない「チャンス」を光はたやすく手に入れることができるし、彼女も惜しみなくそれを与える。
しかも。
「杉村さん、どうしてもこの問題が解けなくて……」
「ああ、ここは少しアプローチを変えれば……」
海外の優秀な大学を卒業しているから、橋呉高校レベルの授業内容など簡単に教えられる。語学も堪能。
しかも教え方が旨い。
見た目、気が強そうで生意気な感じなのに、意外と気さくで、海外生まれなせいか、スキンシップ多めで教えてくれる。
あとなんか、いい匂いがする。
そんな子が勉強を教えてくれるのなら、ポイントなんかいくらで注ぎ込む生徒どもも大勢いる。琉生と違い、日常にきらめきがない哀れな生徒たちが……。
と、まあ、杉村光であれば、エンタメにおいても教養においても、さまざまなリクエストに答えることが可能なのであった。
「なにこれ……」
がく然と自分のタブレットを見る黒魔子。
昨日はクラス替え選手権においてダントツの一位であったはずなのに、今はもう三位に落っこちている。
「なにこれ……!」
一位は明らかに杉村であろう。
チリも積もれば山となる戦法が功を奏し、黒魔子に追いつくだけでなく、突き放すことにも成功した。
しかし二位は誰なのか。
それも簡単にわかった。
どうやら杉村は自分一人でポイントを荒稼ぎしているわけではなく、三人の女子生徒を味方に付け、彼女たちにポイントを分配しているようだ。
つまり一位から四位まで自分の思い通りにできる生徒たちで独占し、自分のやりたいようにクラス替えを行うつもりらしい。
いったいなぜそんなことを?
答えは簡単。
本郷琉生と一文字真子を引き剥がしたい。
ただそれだけのためにここまでやる女なのである。
と、琉生は考えている。
まさか杉村光がわりとシリアスに琉生のことを考えているとは思ってもいない。
「あ~。本郷くん、見つけた~」
教室の中から光が嬉しそうに琉生を見てくる。
やばい。厄介なのに見つかった。
真子さんの、琉生の手を握る力がギュッと強くなったのがすぐわかる。
「ねえねえ、本郷くん。あなたなら、なんのポイントもなく、昨日の続きしてあげられるけど~?」
ねえねえどうする~と、こちらを誘ってくる光。
続きという意味深げな単語につられて、多くの生徒がこっちを見てくる。
「行こう」
溜息をついて琉生はその場を離れた。
朝から疲れる……。
杉村光については、しつこい奴、意地の悪い子としか琉生は考えていないが、黒魔子からすれば死活問題である。
「順位が下がった……」
真子さんは激しく落ち込んでいた。
琉生と一緒のクラスになれない。
黒魔子にとっては耐えられないことだ。
琉生と別のクラスになり、しかもあの杉村が琉生の隣に独占し、あれやこれや誘惑して、万が一、あの女に心を奪われたりしたら……。
いったんネガティブな考えに至ると、もう止まらない。
ああでもないこうでもないと考えた結果、
「あの女を殺して私も死ぬ」
「凄いとこまで行っちゃったよ……」
大丈夫、大丈夫だからと琉生が元気づけても、真子さんは授業中も険しい顔を崩さないのであった。
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