第23話 やつらのたくらみ

 シルヴィのサブリーダー仁内大介は確かに言ったはずだ。


「リーダー稲葉フレンの命により、一文字真子をシルヴィの一員に加える」


 間違いなくそう言ったのだ。


 杉村光は命令に従い、一文字に近づき、からかうような真似をして反応を試した。

 その結果、精神面で大いに未熟であると、調査初日にして失望したのだが、最初の命令自体、嘘だったと?


「うん、うそ。ごめん」


 仁内は手をあわせて謝罪するが、余りに軽い態度。


「くっ……」


 しかも本当の狙いは一文字真子の彼氏、本郷琉生だと?


「彼は素人ですよ?」


 気に入らない。全くもって気に入らない。

 一般人をシルヴィに誘い込むなんてどうかしている。

 許されないことだ。


「そんなこと言ったら、風ちゃんだって素人だろ?」


 仁内の言うとおり、風間あやめは普通の人間だ。


「でも訓練は受けてます。それに風間先輩は特別な人です」


「その通りだけどさ。私もフレンも、風ちゃんと同じくらい特別な存在になれる子だと思ってるんだよ。あの本郷琉生ってのは」


「なな……?」


 仁内がそこまで人を認めるなんて。

 しかもフレンさんまで同じ考えだなんて……。


「あの女の子もそりゃ凄い力だけど、いまのところ、そっちの人材は足りてると思ってるから」


 シルヴィは日本だけでなく世界中に支部がある。

 そのすべてにおいて一騎当千にふさわしいクラスの超人がいる。

 仁内の言うとおり、人は足りているのだ。


「となるとさあ、杉村くん。私らに必要なものってなんだと考えるとね、風ちゃんの後任なんだよ、わかるだろ?」


「……」


 確かに、風間あやめのような「まとめ役」が他にいるかと聞かれたら、いない。

 一人も思い当たらない。


「彼女がいつまでもシルヴィにいてくれるとは思えない。だって私らと違って彼女は普通だから。どこかで限界が来る。彼女もそれはわかってる」


「そうですけど……」


 二人のやり取りを黙って聞いていた大神完二が腕組みしながら呟き出す。


「ケンカの仕方も銃の扱いも、訓練すりゃどうにでもなる。強くなりたきゃ薬でも何でも飲めば良い。だけどここだけはドーピングが効かねえ。生まれたときから変わらねえ、一種の才能さ」


 ドンと自分の胸を叩く大神。


「俺はあいつのこと気に入ったぜ。惚れた女のためなら何でもする男だ」


「完二さんまで……」


 あり得ない、あり得ないと全身をバタバタさせる光。


「私は! 余計な人死にを見たくないからシルヴィに入ったんです! ただの素人を巻き込むのだけは絶対に許容できません!」


 周囲にいた部下たちが驚くくらい取り乱す光。

 その姿を見た仁内は指をパチンと鳴らして微笑んだ。


「ようやくここに来て本音を言ったね杉村くん。君の育ての親は全員殺されたわけだしね。ここでノーと言ってくれなきゃ君はシルヴィじゃない」


「知ってるのかよ……」

 仁内に聞き取れないくらいの小声で舌打ちする光。


「俺たちを止めてごらん。どんな手を使ってもいい。気持ちを変えてみせるんだ」


「……ふん」


 光は不敵に微笑む。


「面白い。やってやります」


「よし、なら今日は解散しよう。ほうとううどんの美味しい店を生徒に教えて貰ったんだけど、行かない?」


「もちろん、行くぜ」


 大神が小さく手をあげ、


「あ、私も行きます」


 さっきまでの荒れ模様が嘘のような杉村光。

 彼らはそこら辺の切り替えがしっかりしているのだ。


 風間あやめがやって来たのはそのタイミングであった。


「あ~、疲れた。今の若い子は元気が良くてアラサーには眩しすぎ……って」


 目の前に繰り広げられている光景に風間はがく然とする。


「完二くん、あなた何してるの……?」


「ああ、いい絵だから持って帰ろうと思って」


 その大きな体でミレーの作品を壁から取り外そうとしていた。

 本郷琉生が一番好きと言ったあの肖像画である。


「バカなの!?」


「大丈夫だって、ちゃんと後で金は払うからよ」


「それ以上、絵に近づいたらぶち殺す!」


 常に携帯している銃をためらわず完二に向ける。


「おいおい、なんだよ。売ってるんじゃねえのか?」


「ぶっでぐばげだいでじょ!!」


 売ってるわけないでしょ、と言ったようだが、怒りが頂点を越え、もう何を言ってるのか解読不明、ただ迫力だけが伝わる。

 ここから先、風間あやめの言葉だけフォントサイズを10倍くらいにしないと正しく表現できないくらい、彼女は怒り狂い、その姿に部下たちは雷に撃たれたように動かなくなる。


「それと光! さっきからスマホでパシャパシャ撮影してるけど、ここは撮影禁止! どこに撮影して良いなんて書いてあるの?!」


「あ、そうなんですか? でもフランスの美術館じゃ、どこもかしこも……」


「んなこと知らんわ、フランス馬鹿、馬鹿フランス!」


「な、ひ、ひどい」


「データをすぐ消しなさい! 他にも撮影してる奴いたら全員消して! 後でチェックするからね! 残ってたら今年のボーナスゼロにするから! あと仁内くん、絵を逆さまにしない! っていうか触るなって言ってんでしょ!」


「触ってないよ。浮かしてるだけ」


 ほれほれとジャグリングのように何枚も絵を回転させるさまを見て、風間は卒倒しそうになる。

 仁内の超能力でいたぶられる絵には、クールベやコロー、さらにはクロード・ロランの絵まで含まれている。


「もし傷でも付けたら、あなた、本当に終わるわよ……」


「え、そんな有名な絵なの?」


「ああ! もう! 生徒の方がよっぽどちゃんとしてるじゃないの!」


 誰か助けて~と、風間あやめが一人頭を抱える中……。



 

 

 本郷琉生と一文字真子は河川敷を歩いていた。

 彼らだけではない。

 真子の妹、桜帆と、琉生の両親も一緒だ。


 風間あやめが教えてくれたことをそのまま両親に伝えたら、これは失礼なことをしたと、総出でお菓子をいっぱい担いで謝罪に出向いたのである。


 真子を担当した養護施設に勤める女性は、大勢に囲まれて驚いたようだが、真子の姿を見て安心しただけでなく、その長年の経験から、真子が変わったことに気付いたようだ。


「こうするのが一番良いと思う。よかったわね」


 目を潤ませるくらいに喜んでくれた担当者を見たあとの帰り道は、これ以上ないくらい清々しく、温かいものが黒魔子を包んでいた。


「悪いなあ、歩かせちまって、誰も免許もってないもんで」


 申し訳なさそうに歩く父と、


「せっかくだからこのまま外で食べる?」


 桜帆の手を取る母であるが、


「私、そばが食べたいです。余り物で良いので」


 桜帆は父が作るそばに夢中になっているらしい。


「ははは! そうだろう、そうだろう!」


 ウキウキになって早足になる親父。

 娘が急に二人もできて、しかもふたりとも美しく、おまけに懐いてくるから、明らかに調子に乗っている。


「真子ちゃんもそれで良い?」


 確認してくる母に黒魔子は静かに頷き、隣にいた琉生に尋ねた。


「琉生くんの毎日って、いつもこんな?」


「まさか、今日は色々ありすぎてぶっ倒れそうだよ」


「そっか」


 黒真子は笑いながら流れる川を見つめた。


「私、今日のことは忘れない。今見てるもの、絶対忘れない」


 琉生と歩いた学校までの道のり。久しぶりに学校に現れた自分を喜んで迎えてくれた女の子たち。あの杉村が見せた嫌みな笑顔も、美術館前で出会ったふたりの友人も、思いを伝えてくれた風間も。

 そしてあの幸せな絵。

 

 今歩いている道、前を歩く妹、そして新しい両親。

 なにより、隣にいる人。


 確かに、私はこれからなのだ。

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