第21話 あやめんが誘う!
「いらっしゃい。絶対最初に来ると思ってた」
風間あやめは昔からの知り合いのように、琉生と黒魔子を出迎えた。
「……」
テレビで見たときよりずっと小さく見えたので琉生は驚いている。
まるでうたのお姉さんみたいだ。
子供が泣きわめこうが勝手なことしようが動じることなく与えられたタスクをこなす、経験豊富でたくましく、それでいて笑顔が綺麗な女性。
「じゃあ、一文字さんが一番乗りって形にする?」
「あ、はい。それで……」
「じゃあ、本郷くんが二番目。良かったね、借金生活が早々に終わって」
「ははは……」
笑うしかない。
「じゃあ、ちょっと話をしない?」
周囲をゆっくり見回す風間あやめ。
息を飲むくらい美しい富士の写真に囲まれている。
「やっぱり、一文字さんと会うのが目的だったんですか?」
その問いかけに風間は申し訳なさそうに肩をすくめた。
「これくらいやらないと一人の時間ができなくてね。他の生徒に聞かれない用にするのは簡単だけど、私以外のシルヴィメンバーにも聞かれたくなかったから、美術館の人に無理言って貸し切りにしてもらっちゃった」
かなり強引な手段を用いてまで真子を呼び出した理由、それはもちろん……。
「一文字さん。あなたはシルヴィにいるべきだと思う。あなたがそう願わなくても私達と一緒にいたほうがいい。そう伝えたかったの」
鋭さと温もりが同居する奇妙なお誘いの言葉を黒魔子は真摯に受け止めた。
「それはシルヴィの総意ですか?」
「微妙なところね。あなたを欲しがってる人もいれば、危険だって考えてる人もいる。ただ私はあなたを使うんじゃなく、サポートしたいと思ってる」
「そうですか」
黒魔子は頷き、少し考えたあと、
「結構です」
はっきりと言った。
「そっか。それがあなたの答えなら尊重する」
風間は何度も頷いた。
こうなるとわかっていたかのような態度だ。
「理由を聞かせてくれないかな。あなたを守るときの参考にしたい」
「守るっていうのは……」
嫌な予感がして思わず琉生が割って入る。
まさか強引に拉致るとか、怪しい薬で操るとか、ひどいことをして真子さんを手元に置くつもりかと不安に感じたのだが。
「私達のグループには子供みたいな大人が何人もいるの。欲しいと思ったら手に入れるまで駄々をこねる子がいっぱい。その子らを止めるには、一文字さんのことをもう少し知っておきたいから」
風間は誠実にこちらと向き合おうとしている。
ゆえに真子も率直に、それでいて堂々と答える。
「私は自分のことで精一杯です。他のことに目を向けるだけの余裕も意思もないし、私はただ、大事な人といられればそれで良いから……」
「うん」
納得したような、残念そうな、複雑な顔をする風間あやめ。
「ねえ真子ちゃん。あの事件があった日、あなたが本郷くんの家に住むことになった日なんだけど、本当は養護施設に向かう日だったよね」
「はい」
「施設の人にちゃんと話した?」
「え?」
「そちらのお世話にはならない、大丈夫みたいなこと、きちんと伝えた?」
「……」
首を横に振る真子さん。
その姿に琉生は素直に「マズい」と思った。
しまったという苦い思いでいっぱいになる。
「あなたの担当の人、あの日、あなたが来るのをずっと待ってたんだって。約束の時間を過ぎても現れないから心配になって学校に電話しても、日曜日だから連絡つかないし、それでとうとう警察に連絡してね。担当の人、凄く不安だったのよ。父親が亡くなって、妹さんとも離ればなれになる。見ていて心配になるくらい塞ぎ込んでたから、最悪、自殺したんじゃないかと焦ったって」
「え……」
黒魔子にとっては思いも寄らない話だったに違いない。
「知らなかった……、わたし……」
「そうね。わかんないわよね。でも筋を通すって大事なことなのよ、生きてく上でやらなきゃいけないことのひとつね……」
ふう……、と溜息をつく風間。
「警察にシルヴィと繋がりの太い人がいてね。彼の情報から、あなたとあの黒ずくめの子に繋がりがあるってわかったんだけど、今はどうでもいい話か」
「……」
真子さんは明らかに動揺していた。
ここに立っているのも辛いとばかりに、そわそわが止まらない。
「一応私の方から施設に事情は説明しておいたけど、担当の方、凄く安心して、なら大丈夫って言ってくれたことは伝えておくわ」
「ありがとうございます」
真子の替わりに琉生が返事をした。
「すみません。全然気がつきませんでした」
「あなた達を責めてるわけじゃないの。だってしょうがないもの。真子ちゃんがここまで来るのにどれだけしんどい思いをしたか、わかってるつもりだから……」
風間あやめは優しく微笑みかける。
「真子ちゃん、あなたはまだまだこれからの子。外に出て、好きな人と一緒になって、これから少しずつ社会との距離を縮めていく。でもその途中で誰かに迷惑をかけたり、辛いとか、きついって思いをしたくないなら、やっぱりあなたは私達のそばにいるべきだと思うのよ」
これこそが、風間あやめの言いたかったことなのだろう。
「これだけは覚えてて。私達のことを必要以上に怪しんだり怖がったりしないで欲しい。私達は助けになりたいの。何かあったら相談に乗るから、いつでも来て」
こうして風間あやめはこの場を立ち去っていった。
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