天からの一撃

緩衝区域が汚染されれば、その地域は汚染区域となって新たに緩衝区域が再設定される。再設定される場所は当然現在の居住地域だ。緩衝区域近辺の住人は大部分はすでにその地を離れているとはいえゼロじゃないし、新たに緩衝区域と隣接地域になった地区にすむ住人は安心して住み続ける事はできないだろう。結果多数の住人の生活が壊れる。


だから、緩衝区域に開拓型を近づけるわけにはいかない。


「源次さん! もう一撃撃ち込んで速度落としてくれるかい!?」

『了解した』


動いたのは長船さんだった。通信機に向けて声を上げると、即座に源次さんから応答が入る。それから彼女は背後に立つ翼ちゃんの機体を見上げ、


「翼ちゃんは合図したらアタシを上空にトス! 思いっきり出来るね!?」

「任せて!」


源次さんへの指示と違い翼ちゃんに向けられた指示はぱっとには意図が分からないものだったにも関わらず、やはり翼ちゃんも即答で応じた。この辺はこれまで積み重ねて来たチームワークだろうか。


そんな事を考えていたら長船さんがこちらを向いた。


「静ちゃん!」

「っ、ひゃいっ!」


状況に対する緊張と、それでいて自分だけ枠外と感じていた意識のせいで、掛けられた言葉に応じた声が思わず裏返ってしまった。だがそんな事は気にする様子もなく、長船さんが言葉を続ける。


「貴女は源次さんが一撃放った後に、その軌道より上に来るように障壁バリア貼って! 出来るね?」

「はっ、はい! 出来ます!」


俺の張る障壁バリアはドーム型だ。先ほどの銃撃の軌道を考えると結構な高さまで張らなければいけなさそうだが、可能な範囲ではある。ただしサイズを大きくすればその分脆くなってしまうためその範囲だったら恐らく黒い砲弾を留めることはできない。ただ横の範囲は……一応緩衝区域までで収まるから……意図は理解していないがここは余計な事を考えず長船さんに従う事にする。


……通信機越しにぼそっと翼ちゃんの声で「ひゃいって……お兄さんかわいい」とつぶやくのが聞こえたけど、そう言う事呟くなら通信機に流れないように注意して欲しい。


──そんな事をやっている間に、黒い砲弾はどんどん大きくなってきた。実際のサイズがどれだけのものかわからないので相対距離がどれだけになっているのかはわからないが、こちらに来るまでにもうそれほど時間はなさそうだ。


『行くぞ』


源次さんの落ち着いた声が、通信機から流れる。


刹那、再び俺達の頭上を一条の光が走った。その光は寸分たがわず砲弾へと吸い込まれていく。


それに合わせて、俺も腕を掲げて叫ぶ。


障壁バリア!」


声に合わせて空から地上から、うっすらと見える程度の透明度のバリアが広がっていく。ちなみに視認可能に仕様ではなく意図的に変化させている。味方に範囲が分かっていないと不便なので。


そしてその展開を待たずに長船さんが動いた。


「翼ちゃん!」

「はいさぁ!」


合図の声と共に、長船さんが翼ちゃんの機体に向けて飛んだ。同時に翼ちゃんは機体の腰を沈めると、頭上の辺りに来た長船さんがきた瞬間、思いっきり体を伸ばした。更に腕も縮め、立ち上がった瞬間長船さんに向けて跳ね上げる。


──結果、長船さんが遥か上空へと跳ね上げられた。


そこへ、黒い砲弾が飛来する。もしかして長船さん直接迎撃するつもりか!? だがタイミングが早いっ!


砲弾が俺達の頭上に到達する前に、長船さんの体が弾の軌道上を通過する。源次さんの一撃が思ったより速度を落としていて、その結果タイミングがずれてしまったのか?


そう思ったのだが、違った。


上空で、長船さんの体がくるりと回った。頭を下に、足を空へ向けて。


そして、俺が張った障壁バリアに到達した彼女はそれに激突する事なく着地すると、障壁バリアを足場にして今度は下へ向けて跳んだ。


今度はそのタイミングはドンピシャで砲弾とかちあった。


砲弾と長船さんの姿が重なり、消える。そして次の瞬間上空から轟音が響いた。


「お兄さん、ちょっとごめんねっ」

「えっ?」


声と共に、上空を見上げていた俺の肩だが突然何かに包まれた。それは金属でできた巨大な手。翼ちゃんの機体のモノと気づいたときには視界が大きく流れている事に気づいた。翼ちゃんが俺の体を掴んだ後、大きく後方へ飛び退ったのだ。


巨大で無骨な姿からは想像もできないほどやさしく俺の体を掴んだ彼女の機体が着地すると同時に、彼女の行動の理由が目の前に現れる。


先ほどまで頭上に合った黒い砲弾が降って来たのだ。地面に勢いよく落下したそれは、爆音と土埃を大きく巻き上げる。


当然こちらにも土煙が飛んできたが、翼ちゃんが機体の開いている方の手で俺の体をそれから守ってくれた……これじゃまんま守られるお姫様じゃないか!


「どうよ、元バレー部のスパイクは!」


土煙の中、長船さんの声が聞こえる。砲弾から遅れて彼女も降って来たらしい。ただこれ絶対その経験は関係はないと思う。バレーはこんなアクロバティックな動きはしない。


しかし……すごいな、長船さん。とっさにこの動きを考えだし、位置情報のサポートも受けず寸分たがわずアレを撃ち落としたのか。未知の存在でどんな反応があるかもわからないのに……技術も発想もすごいし、何より度胸がすごい。


変身中の彼女の姿は全身スーツだ、その見た目はおろか取った行動までもまさに子供の頃に夢見たヒーローの姿だった。きっと今の俺を正面から見ている人間がいたら、俺の瞳が輝いている事に気づいただろう。中身はそういったヒーロー物の主役になることはない主婦だけど、そんな事は関係ない。


「お兄さん、降ろすよ? いい?」

「あ、うん」


すごいといえば、そう声を掛けて来た翼ちゃんもだ。間抜けに俺を見ていた俺をフォローしてあの着弾点から退避させてくれた。経験の差だろうか、俺は戦場ではまだ本当にひよっ子なんだなと思わされる。


翼ちゃんは俺の体を丁重に地面に降ろすと一歩前に出た。こっちも体は強化されているのでもうちょっと雑におろしてくれて良かったのだが、この辺は性格だろう。


その間にゆっくりと土埃が消えてゆき、視界がクリアになっていく。


土煙の向こう側に、黒いモノが見えた。


それはまさに黒い球体で、巨大な砲丸のように見えた。大きさは翼ちゃんをわずかに上回るほどはあり、その上部分には長船さんや源次さんが一撃を入れた部分だろう、多少ヒビが入っているのが見える。


と、その球体の形が崩れた。


正面の部分が、左右に開いてゆく。その向こう側に、何か動くものが複数見えた。


──そう、EGFからの通信では、これは砲弾ではなく輸送用のものだと言っていた。


なら中に何かがいるかは明白だ。


「来るよっ!」


長船さんの怒号。


そして開いた砲弾の内側から、複数の異形の存在が飛び出した。





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