第15話 冥都エステラ

「どうしました? 怖い顔をして。やはり殺戮の場面を見てしまったトラウマが蘇りますか?」


 エレノアがこちらを振り返り、顔を覗き込んでくる。その表情は、在りし日のエレナにそっくりだった。


「いや、その点については大丈夫だ。気にする必要はない」


「ならいいのですが」


 エレノアは前を向き、どんどん先に進んでいく。


 彼女はどこまで分かっているのだろうか? 異端審問官であれば、教会の暗部に最も長く触れてきた人材だ。そんな不条理を目の当たりにしてなお、正気を保っている。だとするとこいつには、一体どんな信念があるのだろうか?


 エレナを殺した連中のように、倒錯した趣向があったとは考えにくい。


 だとすると正義のため?


 教会の掲げる理想が歪んだ正義であることなど、現場の人間は百も承知のはず。なぜ平気でいられる?


 ああ見えて、ストレスや葛藤と戦い続けているのだろうか。


「着きました。向こうに見えるのがエステラです」


 色々思案していると、もう目的地に着いてしまった。


「冥都には初めて来たな」


「まともな聖職者ならまず近づかない、呪われた地ですからね」


 まるで暗雲に覆われているかのように、そこだけ暗くなっている廃墟が見える。


 教会成立の二千年以上前、太陽神エアを冒涜した罪で天罰が下ったという呪われた地。まさに聖地の対極に相当するような都市だ。


「だが確かに異端どもが身を隠すにはうってつけの地だ。ここに本拠地があるんじゃないか?」


 もちろん嘘だ。魔術師団の本拠地は、大陸を横断する山脈の中にある。


「実は私もそう睨んでいます」


 相変わらずエレノアには洞察力がないようで助かる。


「じゃあできるだけ一人にならないよう行動しよう。何が起こるか分からないし、お前に勝手に暴れられても困るからな」


「私をなんだと思っているのですか」


「盗賊に絡まれたとき、暴力に訴えようとしていただろ」


「あれは……緊急時の自衛です!」


「法典で明確に禁じられている行為だ。信徒への暴力は、たとえ自衛であっても許されない。逃走に徹しなければならないというのが、ルーライ様の教えだ」


 俺の最も嫌いな教えだが、さも重要な戒律かのように教え諭した。


「確かにそうですね。以後、気を付けます。もちろん、異端どもには容赦しませんが」


「まぁ、それがお前たちの仕事だしな」


 俺はそんな無難な返答をして後に続く。


 異端の長たる俺とて、冥都に入るのは気が引ける。だがここなら、エレノアをうまいこと殺して、治安の悪さのせいにできるのではないか? そんな考えが浮かんだ。


 だが。例の憑依のスキルがある以上、また復活されるかもしれない。実際、【神の衣】で焼き殺したのに今目の前を平然と歩いているのだ。そのからくりが解明されない限り、手は出せない。

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