第10話 【黒鬼】来襲

 レイカが殺された。しかも、レイカ自身としてではなく、精神・肉体ともに他人のものと化して死んだ。


 レイカ・メルセンヌとしてでなく、エレノア・レッドフォードとして死んだ。


 恐るべき事象だ。


 同胞を失った悲しみより先に、恐怖が湧き上がる。


 スキルとはこんなことまで出来るのか。おぞましいことだ。


 エレノアと化したレイカの死体を中心に、丸く血の海が広がる。俺はただ、その光景を眺めることしかできなかった。


「パルマコン様、逃げましょう! 審問官どもの増援が来ます!」


 同胞の一人、レギアがそう呼び掛けてきた。俺は、すぐさま冷静な思考を立て直す。ここで更なる犠牲を出すわけには行かない。理性を取り戻さねば。


「分かった。すぐにここを離れよう」


 俺は水属性魔術を放ち、壊れかけの教会支部を全損させた。


 多少の目眩ましにはなっただろう。


 そのまま転移魔術を構築する。転移魔術と言っても、風の魔力で人を飛ばしているだけだが、場所を指定する必要があるので、それなりに時間はかかる。


 俺が魔法陣を描いていると、背後から悲鳴が聞こえてきた。同胞たちのものだ。


 まさか。


 もう敵の増援が到着したのか?


「愚かしいことだ」


 凛とした女の声が聞こえる。壮年の女性のものだ。


「我らの手を逃れられると、本気で思っていたのか? ここまで聖地を冒涜しておいて!」


 この声、一度聞いたことがある。


 筆頭異端審問官にして、最強の異端狩り。


【黒鬼】こと、カサンドラ・ステファノプロスだ。


 カサンドラの背後から、黒衣の兵士が次々と現れ、同胞たちを刺殺していく。


 速い。あまりにも速い。


 魔術の発動が追い付いていない。


「パルマコン様! 奴にあなたの顔が割れれば一巻の終わりです! 早くお逃げを!」


 同胞が目の前で次々と殺されている。辺りは地獄と化していく。


 見捨てたくはない。


 だが、俺が生き延びねば、教会の打倒が叶わないのもまた事実。


 人間らしい感情など、押し殺すしかない。


「分かった。逃げよう、レギア」


 俺と残った同胞たちは、転移の魔法陣を捨て、一目散に逃げ出した。

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