ポルケピ!

に〜とろまっは

第1話きな臭い街とご挨拶

 ポルケピ。その単語から古の無敵要塞を連想するのは不可能だ。エルフの言葉かヒュームの言葉か。いずれにせよ古の言葉に違いない。何せ古の文献から来た名称なのだから。



無敵要塞といえば読んで字の如くではあるが、戦史では所有者が幾度も代わっているのでその所以は脚色によるものだろう。幾重にも突き出した稜堡に囲まれた巨大な城塞都市が当時の人々の目にそう映ったのだろうか。



それは世界有数の名勝でもあるエウレ湖の河口に隣接している。世界の水瓶と称されるこの場所は、霊峰アーデル山脈から流れ込む聖水を帝国に通ずるエーレン川と王国に通ずるアーレン川とに別つ。



ダリア法国、フレール王国、ローゼン帝国の三国に接する地にある為、古より世情の都合で数々の王朝や族の手を渡り歩いた。



『聖水戦争』と銘打って各国諸侯が争い水源覇権を争った結果、湖が血に染まり溢れた死肉による疫病が世界を覆い、間抜けな教訓と終戦をもたらした話は笑えない。



 そんな歴史の変遷は城壁に特徴をもたらした。

西門には王国時代の絢爛な白石の面構え。東門には古代法国時代の強固なセメント。そして旧帝国時代に赤煉瓦に張り替えられた壮麗な北面。南面にはその長い歴史を物語る石壁が聳え立っている。そこに焼き付いた油や突き立てられたまま風化した剣は想像を掻き立てる。



 聖水戦争以後長らく呪われた地、死地として無法地帯だった場所も今では政の聖地となっている。聖地から死地へ、死地から聖地へ。皮肉なものだ。

昔話をする者に出会うのも稀有になった現在で、昔話は酒のアテにはならない。



 変化を求める世の中であれば尚更、過去の苦い話を好んで聞くものは居ない。根拠の無い希望や幻想が喧騒となるばかりだ。しかし、呪われた地に希望を持て余した人々が集う。それが意味する所は明白なのだ。



 獣は飼われようとも獣であり、飼う者も獣であるとすれば道理などある筈もない。船乗りは嵐の前の静けさを知っている。戦士もまた戦の前の静けさを知っている。カラスが死地を嗅ぎつけた時にはもう遅いのだ。


◇きな臭い街とご挨拶◆


 ポルケピ。諸国の外交館や、そこで働く貴族や官人の屋敷が所狭しと軒を連ねる国際色豊で殺伐とした場所だ。政治体制の異なる国が手を繋ぐとなればそれは仕方のないことだろう。



種族が違うとも成れば尚のことだ。戦争の歴史が我らの歴史、明日の天気も言い争う我々が手を取り合っているのは奇妙で仕方がないが、それを訝しむのは野暮だ。下請けの小国のまして騎士とも有ろうものなら知る由もない事である。

盲目に、不干渉に。東方連邦への征伐遠征に暇の無い帝国の下請けとして我々公国はタダ働きに励むのである。



 本当なら公国騎士として遠征に参加していた筈だった。連邦を薙ぎ戦果を公国に献上し、殿下の右腕として不自由無く暮らす。夢だったのだ。遠征と時を同じくして下った騎士長への辞令と勅令に我を忘れ飛び付いた自分が憎い。出世にかまけて二つ返事で勅令に乗らなければ良かったのだ。三日三晩『勅令』の意味に付いて考え『左遷』と言う答えに辿り着いた頃には手遅れだった。



 公国騎士まして騎士長とも有ろう者の仕事はたいそう立派なものだ。水の都で令嬢を侍らせて厳かに政をこなす国の代表である。そう唆され希望に胸踊り、薄ら笑いを浮かべる騎士団の連中に見送られた先は想像を絶するものだった。



 壮麗な西門に目を奪われ襟を正す俺を待ち受けていたのは酷い悪臭だった。下水道と言うハイカラな設備から溢れ出す汚物が独特の風景を醸す。西門から商業街を暫く歩くと検問が有りアーレン川を渡る立派な石橋に入るのだが、そこからの眺めがまた酷い。



エウレ湖の水に押し出されるように都中から集まった汚水が河口に集まり、曇天よりも曇った水は下流にゆっくりと歩みを進める。汚水川を遡上して物資を運び入れる水馬車を目で追うが、水獣が気の毒で見ていられなかった。



橋の上ではしきりに吹く北風が臭いを飛ばしてくれていた。北風に鼻を向けると眼前には雄大な湖が広がる。彼方に広がる森の向こうは我らが公国だ。水の都たる所以、絶景だ。息を呑む自分に気づいたのは悪臭が南風に乗って吹き上げてきた時だった。



 そそくさと橋を渡り、東門まで真っ直ぐに続く大通り『中央通り』を横目に南外縁を抜ける『三番通り』を進む。殴り書きの地図を片手に白石の王国建築を左手でなぞりながら一本目の路地を過ぎ、閑散とした通りと今にも降りそうな暗雲に肩をすくめながら暫く歩くと殺風景な広場が見えた。憲兵が訓練に励んで居る。



 いつの間にか赤煉瓦を撫でていた左手は狭い路地の前で止まった。『倉庫通り』地図と同じ筆跡、チョークで書かれた不気味な通りを這入る。



すると左手に『ローエル公国』錆びた門扉が迎えてくれた。耳を澄ませば右手に聳える法国倉庫の向こうから賑いが聞こえる。三方を帝国の倉庫に囲まれた日の当たらない穏やかな場所だ。その中央には慎ましやかな二階建ての小屋がある。おそらく新居だろう。



 恐る々鍵を懐から鍵穴に運ぶ。そして開錠するや否や「マールベルク・フォン・バッセンハイム」背後から俺の名を呼ぶ女声が不意をつく。


 薄暗い雰囲気と不意の声に腰を抜かしかけた俺は声も出せぬまま静かに振り返る。


「貴方が公国からの?思ったより若いのね」


 一輪の花。一瞥の印象はそれだった。じっくりと眼を凝らす。薄闇に浮かぶ碧眼。輝き、柔風に揺らめく銀毛。忙しなく動く二つの耳と静かに垂れた尾。狼耳の女が佇んでいる。


「アタシはジズ・ベルナー。帝国官僚統括って言えば分かりやすいかな?」開いた口を忘れ訝しむ俺を気に掛ける仕草も無い彼女は作り笑いを浮かべジリジリと詰め寄って来た。


「暇の間に合せで呼ばれた君には、改めて肝に銘じて欲しいのだけど」


 一呼吸置いて彼女の笑みは消えた。


「貴方はあくまで飾りだから、問題が起きても自分でどうにかしようと思わないで。何事も私の用意した台本通りにこなせば良いの」硬い声色の彼女は静かに天を指差す。


「カラスは見てるからねぇ」奇妙な笑みと共に門扉の前で此方を一瞥し「あぁ。一番通りってどっちだっけ?」苦笑いを浮かべるのだった。



「あぁ、右に曲がって真っ直ぐです」格好の付かない上司と思われる女声に嘘を教えてしまった俺は静かに新居の扉を開けた。



 散文的な話の内容は台詞臭い話ぶりに掻き消され覚えていないが、彼女が美人な事と口振りほど嫌味そうではない事はそれとなく分かった気がした。

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