第26話 制圧


 離れた場所にいる相手と連絡を取れる銀色の箱型の魔道具【メッセージボックス】でホリィに全ての転移魔法陣を破壊し終えたことの報告と所在の確認を行い、ホリィの居場所へと迅雷剣レヴィンを装備して雷速で移動。ズサァッ、と激しく土煙を巻き上げながらホリィの前でストップ。ホリィは身を引いて驚いていたが、来たのが俺だと分かるとパーッと笑みを浮かべた。


「マルス! 無事でしたか!」


「さっき通信して無事は伝えただろ」


「でも、実際に目でマルスの無事な姿を確認しないと不安で不安で……あ、怪我とかないですか!? 何でも治しますよ!」


「大丈夫無傷だ。幸い雑魚しかいなかったんでな」


「ざ、雑魚しかいなかったですか。流石マルスですね」


「まだ、やるべきことはあるかな。見たところもう殆どモンスターはいないようだが……」


「迅速に転移魔法陣を破壊したのと町の人々の奮闘もあって、この規模のモンスターパニックとしては奇跡的な被害の少なさですよ。まだモンスターは残っていますがじきに狩り終わるでしょう。私達がすべきことはもうないと」


「そうか……良かった」


 俺は安堵の息を吐く。正義は為された。正しい行いを俺はしたんだ――。


「おい、みんな! グリモワール王国でも町中にモンスターが現れたらしいぞ!」


 町人の一人が叫ばずにはいられないといった様子で衝撃的な報せを大声で叫ぶ。

 それはほっと一息ついた俺の心を冷たく突き刺す急報だった。



 人影のない路地裏に移動し、俺は聖剣魔法ゲートを発動する。距離を無にする転移ゲートが目の前に現れる。


「手を握れ! 行くぞホリィ!」


「はい!」


 ホリィの手を掴み、ゲートの向こう側へと引き連れる。俺と接触していないとゲートは通れないからだ。


 白い光の丸みを帯びた扉を抜けると、いきなりゴブリンの汚い顔がキスせんばかりの距離にあった。


「うおあぁっ!?」


「ギャフ!」


 完全に反射で剣を振り抜きゴブリンの頭を耳から耳にかけて切り飛ばす。ゴロゴロとゴブリンの首が転がる床は見慣れた床。セントマリア孤児院の古びた木製の床だ。


「も、モンスターが……」


「ちっ! もう孤児院に侵入してたか。頼むアシュレイ。皆を守っていてくれよ……!」


 俺は屋敷を人の気配のする方へと猛ダッシュで駆け抜けた。大広間。そこにたくさんの人の気配がある。大広間の前には折り重なるモンスターの死体。その光景に俺は安堵を覚える。アシュレイ。俺が拾った凄腕の元騎士。そして今は孤児院の護衛の彼女が、きちんとその役目を果たしてくれていたことの証明だからだ。


 大広間に辿り着く。そこには震える孤児たちを抱きしめるマリアさんとクゥを始めとする職員たち。そしてマリアさんたちを守るように背に負い、油断なく剣を構える黒いショートカットの剣士がいた。


「アシュレイ! よく皆を守ってくれた!」


「マルス殿! 来てくれると信じていました……!」


「わ、私もいます! 怪我人はいませんか」


「おお! ホリィ殿まで! 安心してください。ここにいる人たちは魔物共には指一本触れさせませんでしたから!」


「アシュレイ! お前にはあとで言い値の報酬をやろう! 悪いか引き続きここの守りを任せる。俺はこれ以上モンスターが発生しないように転移魔法陣を破壊してくる」


「なんと! もう原因まで! 流石マルス殿ですなぁ!」


 アシュレイはこの緊急事態にあって尚いつものマイペース。だが、その動じなさがすこぶる頼もしい。この状況でマイペースを維持できるということはすなわちそれだけ実力に自身があるということだから。


「マリアさん。クゥ」


「ま、マルスさん。ぐす。来てくれると信じてました」


「マルスぅ……!」


 マリアさんもクゥも目に涙を浮かべている。余程怖かったのだろう。抱擁して安心させたい衝動に駆られるが、今の俺がすべきことはそれではない。


「すぐに全てを片付けてくる。アシュレイのそばを離れるな。少しの間待っててくれ」


「……はい!」


「うん!」


 二人とも力強い返事を返してくれた。俺を信頼してくれている証。俺は決意を新たに身を翻し、ホリィと共に地獄と化しているであろう街の中へと飛び出した。




 おそらく、アヴァロン公国と同じパターンと推察し、サフィラ教の教会を訪れてみたらビンゴ。儀礼室とその中に転移魔法陣があったので立ち塞がるモンスターごと全てぶった切ってやった。


 1つ目の教会を潰して推測に確信を得た俺達は次の教会へと向かう。


 道中、


「あの、レヴィンを装備して私を置いていった方が速いのでは……」


「……」


 そうだった。


「じゃあ、悪いがホリィを置いて――!? アンヌ!」


 視界の端にボロボロに崩れ落ちたホライゾン。そして光るナイフを手にオークと対峙するアンヌの姿を見つける。アンヌがナイフを振るう。すると光の衝撃波がナイフから飛び出してオークを両断した。あのナイフは俺が持たせた聖剣のレプリカだ。暴漢用にと持たせたナイフがまさかこんな形で役に立つとは。だが、持たせてよかった。


「アンヌ! 無事か!」


「あ、あぁ。お兄ちゃん。お兄ちゃんだぁ……! う、うわぁああああああああああああん」


 俺の姿を見た瞬間アンヌは涙ぐみポロっと光るナイフを取り落として、俺の腰に突進のよう勢いで抱きついてきた。


 俺の胸に顔を埋めて泣きじゃくるアンヌの頭を俺は何度も何度も撫でてやる。


「うわぁああああああああん! ああああああああああああああん! 怖かったよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「よしよし。よく頑張ったな。偉いぞアンヌ。だがもう大丈夫だ。俺が来た」


「お兄ちゃん! お兄ちゃああああああああああああああああああああん!」


 恐怖から解放された反動だろう。あらん限りの力で抱き付き壊れた玩具のように泣き叫ぶアンヌ。俺は一生付きっ切りでアンヌを守ってやりたい衝動に駆られたが、それは出来ない。アンヌを守るためにも、俺はこのモンスターパニックの癌凶である転移魔法陣を破壊する。


 だが、この状態のアンヌを放置していくことも俺には出来ない。一体どうすれば……。


「マルス、私がここに残ります。結界を張れる私ならアンヌちゃんもその家族も、この周辺一帯の人も守りきれます。それに道中見た程度の魔物なら私一人でも倒せます。心配いりません」


 まるで俺の心を読んだかのようなタイミングと内容。思わず驚きが顔に出る。ホリィは少しだけ意地悪な顔をして笑った。


「マルスの考えなんてお見通しです」


「悪い。任せる」


「え……? お兄ちゃんどっか行っちゃうの?」


「この町をこんな状態にした癌凶をぶち殺してくる。大丈夫だ。すぐに戻ってくる」


 ふっと笑いかけて最後に頭を一撫でしてやる。しばしの沈黙の後、アンヌはすっと俺から離れて強い気持ちの籠もった瞳で俺を見た。


「お願い。ママを怪我させた奴らをぶち殺してきて」


「え、ランプさん怪我したのか!?」


「うん。店の無事なところでパパが看病してる」


「……許さん」


 魔族共め。どこまで人の平凡な幸せを踏みにじりやがる。


「敵は取る。アンヌ、行ってくる」


「うん……無事に戻ってきてね」


「ああ……ホリィ、あとは任せたぞ」


「はい。安心して行ってください」


 俺は迅雷剣レヴィンを装備した。俺の体から紫電が迸る。踏み出した一歩目からトップスピード。一筋の雷光と化して俺はグリモワール王国を駆け巡る――。




 更に3箇所のサフィラ協会地下の転移魔法陣を潰し、西区の教会を全て潰し終えた俺は、現在地から一番近い北区の教会へと向かった。そしてそこで予期せぬ邂逅を果たすこととなる。


「あ」


「ん? げっ! マルス!?」


「ブレイド!? 何故ここに!?」


「それはこっちの台詞だ! お前国外追放されただろが!」


「国のピンチだぞ! そんなちっぽけなことに拘るんじゃない!」


「ぐっ……腹立つが、今は人手は一人でも多いほうがいいか。おいマルス。わざわざ教会に来たってことは、お前もモンスターパニックの原因に気づいてるんだろ」


「西区は制圧した。まだ潰してない教会はどこだ」


「へ? 西区を、もう?」


「ああ」


「……北区、東区、南区、中央区にそれぞれマナ、ガスキン、俺、アリアが向かってる。他の区の進捗は分からないが、俺はこの区に5つあるサフィラ教会の転移魔法陣を3つ潰した。あとの2つを潰すのもそう時間はかからないだろう。だからマルス。お前は中央区に向かってくれ。中央区の教会の数は桁違いだ。それにアリア曰くサフィラ教会本部には怪しい魔力が渦巻いているらしい。出来れば先んじて協会本部を叩いてくれると助かる。どうせお前なら何が待ち受けていても何とかするだろ。……おいマルス。言っとくがこの状況でアリアに何かしやがったらマジでぶっ殺してやるからな。これ以上アリアを傷つけるようなことするんじゃねぇぞ」


「……分かってる。出来れば、会わずに済ませよう。会ったときは……ただ、魔法陣を破壊することに専念しよう」


「……それでいい」


「じゃあな。情報、ありがとう」


 ブレイドから返答はなかった。俺もそれ以上は何も言わなかった。迅雷剣レヴィンを起動し、俺はサフィラ教本部のある中央区へと向かった。




 町中を我が物顔で跋扈する魑魅魍魎の魔物共をすれ違いざまに斬り殺しながら、俺は教会本部へと急ぐ。ブレイドがわざわざ俺に先回りして潰せと言った。それはつまり、聖杖を持ったアリアをして不安にさせる何かがあったということ。そんな敵を俺に任せるというのはつまり俺を信用している。というよりは死んでもいい捨て駒の鉄砲玉扱いをしているのだろう。別に構わない。アリアへの贖罪の為なら捨て駒にも鉄砲弾にもなってやろうじゃないか。




 教会本部前へと辿り着く。そしてすぐにブレイドの言う怪しい魔力の正体を知る。教会の奥深くのおそらく儀礼室から、膨大かつ禍々しい魔力の奔流を感じる。凄まじい存在力。聖剣を使えれば敵にもならない程度の魔力だが、聖剣が使えない今の俺では勝機は……3割と言ったところか。正直舐めていた。確かにこの敵をアリアにぶつけるのは不安が過ぎる。


「――ふぅー。ま、しゃーない。アリアが来る前に俺が片付けてやるか」


 俺は剣呑な気配の漂う教会内部へと常と変わらぬ足取りで一歩を踏み出す。なに、大したことじゃない。リュートの折檻に比べたら、その後の裏切りの痛みと人々の侮蔑に比べたらそよ風のような気配だ。誇張じゃない。本当に、この程度の強いだけの気配、俺はちっとも怖くない。


「鬼が出ようと悪魔が出ようと俺が魔剣で切り伏せてやる」



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