第15話 鈍感
「あ、お兄ちゃん! お帰りなさい!」
受付に辿り着いた俺達を元気な声で出迎えるのはホライゾンの看板娘のアンヌ・マリン。父母娘の3人家族で店を経営しており、アンヌちゃんは受付役。父のダンク氏は厨房に籠もりっきり。母のランプさんは二人の間を行ったり来たりするが、基本的に人手の足りない方にいるので厨房にいることのほうが多い。どうやら今は厨房でダンクさんの手伝いをしてるみたいだな。
アンヌの年は17歳。金色のおさげ髪に幼さの抜け切らない童顔。ピュアな輝きを灯すエメラルドの相貌。そして制服を大きく押し上げて服越しに谷間を作るほどの母親譲りの巨大な胸が一番の特徴だ。すごく揺れる。
アンヌは客観的に見てかなりの美人でとても人気がある。この店に宿泊する客に男性客が多いのは間違いなくアンヌと、アンヌ以上に巨大な胸を持つランプさんの魅力に惹きつけられた輩が多いからだろう。
もちろん、俺は違う。当時の俺は神にアリア一筋にされた影響で他の女性に殆ど興味が持てない状態にあったから、純粋に立地と食事の美味さでこの宿をメイン宿に決めたのだ。
ちなみにアンヌは何故か俺のことをおにいちゃんと呼ぶ。他の客は普通に名前にさんをつけて呼ぶのに俺だけお兄ちゃんだ。多分懐かれているのだろう。しょっちゅうお土産やってるしチンピラに絡まれてたアンヌを助けたこともあるし、思い当たる理由はある。
「よぉアンヌ。今日も仕事頑張ってるな。偉いぞ」
いつも通りの調子でアンナに声をかける。もう3年近い付き合いだから、自然口調も砕けたものになる。俺が声をかけるたアンナはパーッと顔を輝かせて笑みを浮かべた。100店満点の営業スマイル。俺なら相手が余程好きな奴でもない限りこんな無邪気な笑みを向けることは出来ないだろう。
「え、えへへ。当然だよ。もう私17の立派なレディーなんだから! 男の人とも付き合える年齢なんだよ!」
「そうか。早く良い人が見つかるといいな。でも、悪い男にだけは引っかかるなよ。いいか、悪い男を見分ける方法を教えてやる。俺に見せろ。聖剣の力で邪心を看破してやる」
「ありがとうお兄ちゃん。でもね、その必要はないの」
「お、もう好きな人がいるのか。アンヌがそこまで言うなんて余程いい人なんだろうな」
もしかしてイーヒット司祭かな? ホリィ曰く聖職者の中じゃトップクラスに知名度高いみたいだし、今まであってきた人の中ではトップクラスにいい人だったからな。あいつならアンヌのことを安心して任せられる。
「うん、すっごくいい人だよ。ちょっぴり変な人だけど。あのね、私のことをなんども助けてくれたの。鈍感だから私の好意には全く気付いてくれないんだけれどね……」
「アンヌ程の美少女ならその男だって内心悪い気はしてないはずだぜ。いいか、アンヌ。男って生き物はな、異性の好意に気づいていても自分の中で否定する生き物なんだ。特に童貞ほどその傾向は強い。女性を神格化するあまり、自分と釣り合いが取れない、こんな素晴らしい人が自分なんかを好きになるはずがないと自己暗示のように思い込み、やがてその自己暗示を現実と錯覚するようになる。アンヌが、そこまで思っているんだ。相手の男だって薄々アンヌの好意には気づいてるはずだ。ただ、その可能性を肯定するだけの自信がないだなんだ。だがしかしアンヌ。男ってのは単純な生き物だ。ちょっとアタックをかけてやるだけですぐに気が傾き、肉体的接触を伴おうものなら一晩中その女性のことしか考えられなくなる。そうしたちょっとしたコミュニケーションを繰り返すうちに心の距離は縮まっていき、いつの間にか付き合ってもいいかも?という雰囲気が出来上がってしまっている。そこまでいけばあとは簡単。最後のひと押しを加えるだけ。つまり――告白するだけ。いいか。アンヌ。少しでいい。毎日少しづつ、少しだけ大胆にアプローチするんだ。君ほど魅力的な女性に毎日アプローチされてその気にならない男なんているはずがない。俺が保証する。アンヌに足りないのは勇気だけだ。それ以外の全てを――既にアンヌは持っている。正直、俺にはその男がなんで未だにアンヌに惚れていないのか不思議で仕方ないね。本当に、死ぬ程鈍感な野郎なんだろうな。正直胸がムカつくぜ」
「あ、あはは。そうだね。本当、死ぬ程鈍感だよ……。そこそこ、アプローチもかけてると思うんだけどな」
「アンヌ、変化をつけるんだ。少し大胆にだ。変わらないアプローチはその内ただの日常として消費される。今のままじゃその鈍感野郎はおそらく一生アンヌの気持ちに気づかないぞ。俺は男心に詳しいから分かる。そいつはアンヌが誰に対してもそいつと同じような態度で接していると思っている。そいつだけが特別だという意識が全くないんだ。好意のある相手以外には絶対しないようなことをするくらいじゃないと、そいつには何ら意識の変化を及ぼさないだろうな。何故だろう。手に取るようにそいつの気持ちが分かる。ふふんっ、俺も人生経験を経て少しは人の気持ちに聡くなったってことかな」
「えっと、それはないです」
「俺の見立てではそいつアンヌにそこそこ気はある」
「え、本当ですか!?」
「ああ。ただ何かしらの建前で自分を抑えこんでいる、あるいは抑え込まざるを得ない状況にあるな。理性的に接してもそいつの心の城壁を崩すのは難しいだう。つまり理性をぶっ飛ばしてやればあとはなし崩しに上手く行く。義理は堅そうだ。手を出した相手を一生養うだけの甲斐性はあるだろう。既成事実さえ作ってしまえばあとはなし崩し。つまり、色仕掛――すまん、忘れてくれ。アンヌにはまだ早い。聞かせるべきではない話だったな。うん、健全なアプローチを続けるといい。その内、相手もアンヌの気持ちに気づかないだろうな……」
「色仕掛け……。さ、参考になりました。今度、試してみます!」
「ま、待て! アンヌにはまだ早い! 健全なお付き合いをしろ! 俺が語ったのは大人の世界の話だ。せめて、アンヌが大人になってから色仕掛けをしろ。それなら文句ない」
「むぅ〜。私、もう17の立派なレディーだもん。子供だって埋めます」
「未成年じゃないか」
「マルスさんだって日常的に違法行為を繰り返しているじゃありませんか。法律なんて愛の前では関係ありません」
「正義の前には法律など障害物でしかないからな。破るのは当然だ」
「私だって同じです!愛の前には年齢も法律も関係ありません!」
「! そ、そうだな。熱い信念の前には法律など破るためにある障子のようなもの。むしろ破らないと失礼にあたる! よし、アンヌ。愛を貫」
「あ、あのマルス。すぐ終わるかと思って黙って聞いてましたけど、そろそろ話切り上げませんか? 私、ずっとかかし立ち状態なんですけど……」
「あ……悪いホリィ。アンヌと話すのが楽してつい、な。そろそろ宿泊の手続きをしよう。ホリィも疲れてるだろうしな。待たせて悪かった」
「……いえ。有意義な話も聞けましたから」
「有意義?」
「はい」
女性として男性の恋愛論に感ずるものでもあったのだろうか。もしかしてホリィも誰か好きな相手がいて、俺の話を参考にアプローチをかけるつもりなのか?
……なんか、想像すると無性に気に食わないな。
「お兄ちゃん。そちらのシスター服を来た方はどなたですか?」
「そういえば初対面だったな。彼女はホリィ・マクダフ。俺のパーティメンバーだ。今日から俺の部屋に一緒に泊まることになる。ホリィの宿泊手続きを頼むよアンヌ。部屋は俺と同じ。勿論料金は倍払う」
「え……」
「どうしたんだアンヌ。この世の終わりみたいな顔をして」
「い、いえ。なんでもないです! ではこちらの書類に個人情報とご希望の宿泊プランの記入をお願いします」
「はい。あ」
「俺が書く」
俺はアンヌがホリィに手渡したペンを奪いさらさらと必要事項を記入していく。そして聖剣から札束を取り出し書類と一緒にアンヌに手渡した。
「取り敢えず一年分だ」
「え……一年も……」
「どうしたんだアンヌ。地獄を覗き込んでしまったかのような顔をして」
「な、なんでも、ないです……。確かに、代金は承りました……一応、こちら鍵です。そちらの、女用の……」
「女じゃない。ホリィだ。俺の相棒だ」
「ひっく。ほ、ほりぃさまようのかぎです……!」
「な、何故泣くんだアンヌ。悲しいことでもあったのか?」
「だ、大丈夫ですから。うぅ、一人に、してください……」
「わ、分かった。もし話したい悩みがあるならいつでも俺に相談しに来いよ。なんでも聞いてやる。それじゃホリィ。行こうか。一人にしておいてやろう」
「は、はい。その、も、申し訳ありませんアンヌさん……」
何故かホリィはアンヌに謝っていた。今日は二人とも不可解な言動が多い。何故だ。情緒不安定なのか? 分からない。俺には二人の奇怪な言動の理由が全く分からなかった。あとで理由を聞いておくべきだろうか。
そんなことを考えながら、俺は俺が長期間泊まり続けているのでほぼ俺専用と化している一室へとホリィを案内して連れ込んだ。
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