第11話 決着、そして神
教皇の指先に灯る十色の光が融合し掌大の巨大な虹色の光球となる。
死の気配を帯びた虹色の魔力光線が、俺達目掛けて光球から放たれる。俺は虹色の光の中に躊躇いなく飛び込んだ。
「スピードブースト!」
「ノーチラス・ストライク」
ノーチラス・ストライクは歴代の聖剣の遣い手の一人゛破突のノーチラス゛から拝借した技だ。技の術理はシンプル。どんな障害もぶち破る。
俺が大地を一際強く踏み込んだ瞬間、ホリィのスピードブーストが発動する。力の伝達が魔法で増幅され俺のスピードは人体の限界を超える。そのスピードの全てが突き出した剣先に集約され、猟奇的な破壊力に転換される。
アベルの剣先と虹色の光が真正面から激突する。普通の剣なら魔力に飲み込まれるだけの無意味な刺突。だがアベルは普通の剣ではない。魔剣だ。アベルの剣身が黒紫の光を放つ。
「純粋な力のみが支配する真実の
黒紫の光を放つアベルと虹色の魔力光線が真正面から衝突する。そして魔力光線がスパッと、まるだ最初からそこになにも存在していていなかったかのように綺麗さっぱり消滅した。アベルは、無傷。
「……は?」
間抜け面を晒す教皇。あまりにも無防備な姿。誘惑してんのか? そんな姿見せられたらもう突っ込むしかないじゃないか。俺の攻撃はまだ終わっていないんだから。
魔力光線を食い破ったアベルの剣先はそのまま勢いを失うことなく教皇の左胸へと突き刺さった。
「パワー・オブ・プロヴィデンス」
「がぁああああああああああああああ!」
アベルで教皇の体をぐちゃぐちゃとかき混ぜる。痛めつけているのではない。残機を減らしているのだ。そう、これは必要な行為。嗜虐を楽しんでいるのではない。正義を執行しているだけ。そう、正義を執行しているだけだ。
教皇が逃れようとするがその度剣を翻して体内から動きを制す。苦悶の声と共に呪文を唱えようとすれば喉を剣で防ぎ発生を塞ぐ。肺と心臓を中心に責め立て呼吸も行動もまともに行えない状態に陥らせながらそれらの妨害を的確に行う。教皇の血の飛沫が、肉の弾力が、魂の苦鳴が、俺の正義を昂ぶらせる。俺は興奮してきた。もっと教皇に罰を与えたい。正義をもっともっと執行したい!
「ふふ。くくくく。ぎゃーはっはっはっはっはっ! これが俺の正義の味だ! もっと味わえ! もっとだ! もっと! もっと! もっと楽しめよお前も! 気持ちいいだろ罪が浄化されてゆく感触はよォ!」
「ダーくごぎゃっ! ラぶぼぁあっ! あ、ああああああああああああああああああああああああああああああ! いがああああがいああいいあいいいいいいいいいいいいいい!」
「マ、マルス? これは必要なことなのですか? 必要だからやっているのですよね? そうですよね?」
「ふふ、身動きを封じながら致命傷を与え続けるためにはこれが一番効率がいいんだ。必要なことなんだ。これが最善なんだよ」
「そ、そうなんですか? で、でも、あなたから伝わってくる記憶は禍々しくて……なんだか怖い……」
「怖い? 俺が? ……いや、でも必要なことなんだ。これは最善の行動なんだ。殺らざるを得ない行為だ」
俺はなるべく体組織を傷つけるように意識しながら魔剣アベルを動かし教皇を痛めつける。
「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああ」
「は、はい。それは分かっています。私が言いたいのはマルスの心の在り方の問題です。マルスはどうしてそんなに楽しんでいるのですか?」
「どうしてって、正義は楽しいからだよ。これは世界の真理だ。功徳と快楽を同時に得られる素晴らしい行為だとは思わないか?」
「……マルス。やっぱり、あなたは変わってしまいましたね……。いえ、今はこれ以上はやめときましょう。戦いの最中ですものね」
「……はっ。俺は俺の正義を貫くだけだ。分かってもらおうとも分かってもらえるとも思っていない。俺は一人でも生きていく」
ホリィも、俺を分かってくれない。ホリィならもしかしたらと思った。初めてパーティを組んだ人。ずっと一緒に戦ってきた。そして、俺が裏切った……。
俺は結局、誰にも何も分かってもらえないのか。ああ、何て、馬鹿らしい人生だ。まるで操り人形。どこまで俺はこの屈辱に耐えればいいんだ……っ!
「糞ッ!」
腹いせに教皇の体を乱暴に痛ぶる。
脳味噌を首から頭頂部にかけて突き刺す。激しい痙攣が、声無き悲鳴が、俺を癒す。正義を執行している間だけ俺は俺を忘れられる。嫌なことを何もかも忘れられる。それでいいじゃないか。そうなっているんだから……。
「ぼ、ボガがガガガガガガがここがガガガバァ」
あぁ、教皇はいい玩具だ。ずっと虐めていたいな……。
視線で慈しみながら虐める。まるで恋人のように感じる。教皇の中で急速に何かが膨れ上がる。ああ、駄目だ。油断した。凄い威力だ。俺に気づかれないように魂の深淵でこれを練り上げていたのか。爆発するなこれは。自爆術式か。確かにそれなら呪文なしで発動できる。本質的には魔力を暴走させるだけだからな。
パワーオブプロヴィデンスは、あらゆる概念を剣との力比べの土俵に引きずり込む技だ。俺の剣技の産み出すエネルギーで対象のエネルギーを引き算して0になったら打ち消すことができる。0にならなくても剣技のエネルギー分対象のエネルギーを減算することができる。ようするに何でもぶった斬れるようにする技だ。
だが、そのためには相殺出来るだけのエネルギーを剣で産み出さなければならない。あと数秒で発動する教皇の自爆術式に匹敵するエネルギーをこの体制、残り時間でアベルで生み出すことは不可能。阻止ももはや不可能。
今の俺に出来ることは、出来る限りの最大火力で自爆を迎え撃つことのみ。それでも十中八九は死ぬだろう。あと俺に出来ることといえば――。
(ホリィ、あとは頼んだ)
思考は伝わってる。ならばあとは信じて託すだけ。ホリィなら俺の無茶振りにも答えてくれる。その確信があった。
俺は教皇から剣を抜き体を捻って振り絞る。この状況から出せる最大火力技は1つしかない。全身の筋肉を末端から順に連動させて増幅を繰り返し生み出された力の全てを剣先に集約して突く零距離攻撃。第18代目勇者悪斬大使ガトーの切り札。その名も――。
「ガトー・トゥース」
刺突を放つ。その瞬間、俺の体に一瞬だけ膨大な力が流れ込む。インスタントブースト。極短時間しか効果を発揮しないが、その分強力な強化魔法だ。完璧なチョイス。最高のタイミング。流石だよ。ホリィ、お前はやっぱり俺の最高のパートナーだ――。
黒紫の閃光で黒紫の爆発を迎え撃つ。しかし今度の俺の攻撃は敵の攻撃の威力を大幅に減衰しながらも打ち消すことはなく、俺は暴虐の概念を具現化したかのような轟々と燃える黒紫の爆発に飲み込まれた。
――。
――――。
――――――。
――――――、ホリィ?
「
クレッセントヒール……直接的接触を必要とし一度に一人しか治癒の対象にできないがその効果は他の治癒魔術の追随を許さない強力な治癒魔術だ。確かホリィの扱える治癒魔術の中では最高峰の魔術だったはず。それをこうも連発しているということは、俺は余程酷い容態らしい。まぁ、あの爆発の直撃を受けて無事で済むはずがない。正直生きているのが不思議なくらいだ。いや、俺一人なら間違いなく死んでいただろう。
「クレッセントヒール! あなたに本当のことまだ何も話してもらってない! 私の本当の想いもまだ何一つ伝えてない! お願い、死なないでよぉマルス! ……死んじゃ、嫌だ……!」
ホリィは、俺の死を悼んでくれるのか。いや死んでないけど、死んで欲しくないと思ってくれているのか。
あぁ、嬉しいなぁ……。
そっと手を伸ばし、ホリィの頭を俺は優しく撫でた。無性に、ホリィに触れたかった。ただただホリィを安心させたかった。
こんな俺を本気で心配してくれる、まるで聖女のようなこの人を。
「大……丈夫……だ。ホリィ。俺は……生きてる。お前の……お陰だ。信じて……た……」
傍らに転がる高級魔術スクロールの束、治癒、防御、強化、対抗魔術に結界魔術、幸運上昇なんてものまである。教皇の自爆の威力を大幅に削ぎ、そして俺の治療までしてくれたのだ。全く、ホリィには二度と足を向けて寝られないな。糞ったれな神に代わって信仰の対象にしてしまおうか。
「マルスっ! あぁ、良かった。生きてて良かった……!」
両手を一杯に広げて、ホリィは俺を抱擁する。俺はホリィを軽く抱き返して、名残惜しいがそっと引き剥がした。ショックを受けたような顔をしないでくれ。抱き合いたければあとでいくらでも抱いてやる。だが、俺にはまだやるべきことがあるんだ。
魔剣アベルを地に突き、両手で握った柄を押し込み、その反動力を頼りに立ち上がる。体がふらつく。体のあちこちが死ぬ程痛い。だが、戦いはまだ終わっていない。敵を殺しきるまで安息は訪れない。それが戦場というものだ。
敵は、殺し尽くさねばならない。
「ありがとう。だが、戦いはまだ、終わっていない。教皇に……痛っ! 止めを、刺してくる……」
「なっ……教皇はまだ生きているのですか! あんな状態で!」
「あぁ、魔力経路がズタボロになってるから再生が上手く行ってないだけで命のストックにはまだ余裕があるはずだ。まぁ、もう何の抵抗もできないだろうがな。自爆で俺達を殺し切って、ゆっくり時間をかけて再生する予定だったんだろう」
あんな状態、とホリィが言う通り教皇の姿は酷いものだ。黒煙を上げる体は焼け焦げて真っ黒。体のあちこちに内側から破裂したかのような穴があり、血にまみれたピンク色の肉が覗ける。右手と左足が千切れて、断面から骨を晒しながら床に転がっている。顔はミキサーで各パーツをシェイクしたかのような有様で、真ん中についた口の横に目が並んでいたり、鼻がおでこに第三の目のようについていたり、耳が裂けて翼のようになっていたりと相当酷い。ミルド王国でたまに開かれるグロ画像展に出品したら余裕で優勝出来るレベルだ。
グロい姿を晒したままピクリとも動かない教皇。その前に俺は立つ
「魔力経路が壊れてちゃ流石に無力か。まだ魔力を練って何かをしようとはしているようだが……その前にお前の全てを斬ってやろう」
魔剣アベルを上段に構える。必殺の型。魔剣アベルを用いて放てる最大の奥義を、俺は今から教皇に放つ。
「EXスキル゛
剣の記憶。その名の通り剣の記憶を読み取り、その剣の辿ってきた生涯を追体験し、その剣の本質に辿り着き剣の潜在能力の全てを引き出すスキルだ。
そしてその最終奥義は剣の本質を魔力現象として解放する。
魔剣アベル。その本質は、斬るという概念そのもの。パワー・オブ・プロヴィデンスは切れないものを切るための技。形なきものすら斬る対象としてしまうこの技はアベルの本質の陰でしかない。
だからこれから放つ技こそアベルの真髄。ただただ斬るという行為を突き詰めたシンプルで、それ故に理不尽なまでに強力な一閃。
その名は――。
「魔剣アベル――原初の
世界の全てを切断しうる究極の斬撃が教皇の体を、心を、魂を、教皇を構成するありとあらゆる要素を両断した。
「――斬った」
この手に残る確かな手応え。奴の体内を弄りながらパワー・オブ・プロヴィデンスで切り続けた奴の不死身の源の命のストック。それをアベルの能力で一纏めに斬る対象とした。
あとは単純な引き算。プリミティヴソードは教皇の命のストックの総量を上回るだけのエネルギーを産み出した。ゆえに命のストックは全滅し、教皇は完全に死滅した。戦いは終わった。
ああ。
ようやく、気が抜ける。
「あ」
緊張の糸が切れて、今までの疲れが一気に来た。力が抜けた体が無防備に地面に叩きつけられる。参った。全く体に力が入らない。こんなのは幼少時にブラッドウルフ100体に襲われた時以来だ。マジで指一本動かせねぇ……。
「マルスッ! しっかりして!」
ホリィが俺に駆け寄り抱き起こす。誰かに抱き起こされたのなんていつぶ……初めてだな。だが、悪くない気分だ。とても、安らかな気分だ。
「クレッセントヒール! クレッセントヒール!」
ホリィが俺に最上級治癒魔法のクレッセントヒールを発動してくれる。魔力の残量はもうあまり余裕がないだろうに、何度も、何度も、惜しみなく。
お陰で、体が動かせるようになった。
「ありがとうホリィ。もう大丈夫だ」
「で、でもまだ傷が残ってます」
俺は腰の鞘から聖剣を抜き、魔法の呪文を唱えた。
「……セイントヒール」
「あ」
ホリィが、しょんぼりした顔で俺の体が完治してゆく様を見つめていた。理不尽なまでの効力。俺は気まずくて何となく目を逸らした。
「聖剣ってチートですよね」
「そうだな……」
「でも、どうしてそんなすごい能力があるのに、戦いでは使えないのですか?」
俺を抱いたまま、純粋な瞳で俺を覗き込むようにして尋ねるホリィ。その姿に、何故か俺は唐突にとてつもない愛おしさを覚えた。何故だろう。いや、この状況で何故と自問するのは愚鈍が過ぎる。単純なことだ。惹かれているのだ。ホリィ・マリアナという女性に。こんな俺と共に戦って、本気で心配してくれるホリィにたまらなく情愛を抱いてしまっている。
だから、思ってしまった。
それはほんの一瞬。けど致命的な一瞬。
ホリィに、全てを伝えようと、そう思ってしまった。
「え、え? これ、マルスの記憶、え、嘘。こんなの、嘘。そんな、そんな……!」
――ダウジングメモリーズはまだ発動していた。
ホリィは俺の秘密を知ってしまった。
「――やれやれ。今回のゲームは本当にイレギュラーだらけだ。管理するこちらの身にもなって欲しいよホント」
バサリ。
羽音。
光が、降り立つ。
ホリィは震えている。
光り輝く悪夢が、俺を抱き締めるホリィの背後から俺達を見つめていた。
8つの白翼を持つ、この世のものとは思えない美貌の白い長髪の男。
調律者リュート。
この世界の、神だ。
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