第10話 四魔凶選
椅子状に組み立て直された魔族の死骸に一人の老人が寄り縋っている。呑気音。老人は泣いていた。嗚咽の海に沈んでいた。
静謐に泣く老人。その姿を見て、ホリィは震える声で呟いた。
「教、皇?」
「教皇? この陰鬱な爺がか? こいつ魔族だぞ」
「この、邪悪な魔力。信じざるをえないみたいですね……」
「貴様らがやったのか」
老人――サフィラ教の教皇が地獄の底から響くような声で問いかける。この椅子を作ったのはお前らかと聞いているのだろう。
答えは、YESだった。
「いい声で泣いたよ。お前にも聞かせてやりたかった。最後はごろじでとしか言わなくなったのがちょい不満だったが、鼻っ柱の高い、へし折り甲斐のあるいい性格をしてた。椅子作りは楽しかったよ。珠玉の逸品だ。そうだ、お前も座ってみるといい。裏返した股間で作った座部が一番柔らかくておすすめだぜ。きっと気にいると思う。まぁ俺はもう座り飽きたからお前にくれてやるよ。俺からのプレゼントだ。良かったな。これからは毎日いつでもそいつに座れるぜ。もちろん――
性的な意味でな。そっち方面の機能もばっちりつけてある。お前の為に用意したんだぜ。精々喜べ。もっと音立てて咽び泣いて俺に感謝の意を表明しろ。泣き方が足んねぇぞ。そんなんじゃ死んだその椅子の素体も浮かばれないなぁ。悪いと思わねぇのかおい。ま、お前の気持ちなんてしょせんその程度だってことだ。おら、いつまで泣いてないでかかってこいよ人でなし。椅子野郎と同じ地獄に送ってやるよ。さっさと立て。お前の自殺、手伝ってやるよ」
「ム、ムンバ。私のムンバ。あ、ああ、あああ、ああああ――――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
教皇は血の涙を流して絶叫した。口の端から血がツーっと溢れている。耳の穴からも、鼻の穴からも血が垂れていた。余程顔に血が登っているのだろう。異常な反応だ。冷静さを削ぐため軽く煽ってみたがここまでの反応を返されるとは思っていなかった。ひょっとしたらこの魔族と教皇は、恋仲だったのだろうか? もしそうだとしたら、流石に少し同情するし煽り過ぎた。だから俺は教皇に謝ることにした。
「ムンバ? 呼び捨て? もしかして、恋人だったのか? もしそうだったのなら、すまない。謝る。言い過ぎた。悪気はなかったんだ。ただ、お前を煽りたかっただけなんだ。反省してる。でもそいつもさんざん酷いことやってきたんだ。椅子にされるのも当然の仕打ちだと思わないか? むしろこれ以上悪行を積めなくしてやったこの俺に感謝しろよ。そのクズに代わって」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。貴様らにはムンバが味わった苦痛の100倍の苦痛を味わわせながら殺してやる。この命を捨ててでも貴様らを必ずぶち殺す!!!!!」
(逆上して冷静さを失った。俺の読み通り恋人か何かだったんだろう)
(い、言い過ぎじゃないですか)
(所詮言葉じゃ肉は抉れない。精神的な痛みは物理的な痛みに敵わない。だからいくら煽っても大丈夫だ問題ない死にはしない)
(でも言葉で殺されることもありますよ)
(それは、そうだが……仕掛けてくるぞ。3秒後に奴の掌にライトアローだ。ディティールはこちらで合わせる)
(は、はい!)
魔剣アベルを手に俺は駆け出す。教皇は俺に手を向け呪文を唱える。読み通りの動き。だからまず戦いの機先を制したのはこっちだった。
「ライトアロー!」
「ダークア……っ!? 動きを読まれ……ぐおっ!」
「剣士の前で悠長過ぎるぜ。まずは腕一本」
未来を読んだかのようなタイミングで呪文を妨害され晒した一瞬の精神的動揺。近接戦においてそれはあまりにも長く大きな隙。俺は教皇が隙を晒したタイミングとピタリと重なるように剣を振る。ほんの一瞬だが停止した思考は目に見えるものを見えなくする。動揺が教皇の視界を塞いだのだ。だから俺の剣を教皇は避けない。まるで吸い込まれるように斬撃が教皇の腕に直撃した。
切り飛ばされる教皇の右腕。その瞬間、ようやく教皇は視界を取り戻し、返す刃の往撃を老体とは思えぬ反射神経と速度で仰け反り避ける。その瞬間俺は既にさらなる一歩を踏み込み終えて足の動きに連動した3激目を振るっていた。右腕に続いて、不格好を晒した教皇の左腕を魔剣アベルが切り飛ばす。
「が、がぁああああああ!」
「後衛特化のステータスだな。水を切るような手応えだ。そして、これで終わりだ!」
「がヒゅ!」
首を切り飛ばす。反動で吹っ飛んだ頭が地下室の壁にぶつかって床に転がった。横向きに倒れた首の断面から溢れる血が床に広がってゆく。
苦悶に歪んだ表情のまま血を垂れ流す生首はまるで呪いのオブジェのように気味が悪かった。俺は生首を蹴飛ばして反対側を向かせた。これでいい。
「あっけない死に様だ。まぁ後衛の不意を付けばこんなもんか」
「格好良かったですマルス! 格好良かった!」
「ホリィのサポートのお陰だ。俺一人ならこうも容易くは倒せなかった」
「えっと、それはどうでしょうか……」
「仕留めた俺が言うんだから間違いない。ただ、少し弱すぎたのが気になる。一応、念入りに死体を処理しとこう。聖浄化の魔法をかけてくれ」
「そうですね。念を入れときましょう。聖浄化」
聖浄化は死体やアンデッドモンスターから魔力を抜き完全なる無機物と化する魔法だ。死後発動する魔法なども発動する前に魔力を抜いてしまえば意味を結ばない。
ホリィが呪文を唱えると教皇の体が聖なる光に包まれる。
そのはずだった。
「え――不、発?」
死んだはずの教皇の体は、聖なる光に包まれなかった。
それが意味するところは、一つ。
「教皇はまだ生きている! 禁呪゛
「博識だな。流石勇者。この禁呪の名前を知っている人間に出会ったのは初めてだよ」
「嘘、死体が、喋って……」
蹴飛ばして壁を向かせた教皇の首が独りでに転がり、グルリとこちらを向き、笑う。そして、同じく独りでに立ち上がった首無し死体の断面から伸びた黒紫の光の線が、教皇の首とコネクト。首を振り回しながら巻き戻っていく黒紫の光が胴体に収まると、そこには無傷の教皇の姿があった。教皇は首を手で抑えながらコキッ、コキッと鳴らした。
「一度殺されて冷静になったぞ。剣を持ったイカれた男がマルス。そして聖魔法を使う女がアリア、ではないな。だとしたら弱すぎる。アリアの劣化品の女神官ホリィか貴様は」
「れ、劣化品……敵からも、そう思われていたのですか……」
「おい糞爺。アリアの方が強いのは事実だがホリィは誰の劣化品でもない。ホリィはホリィだ。誰にもなれないオリジナルだ。そのことを殺し切って分からせてやるよ」
「マ、マルス……! そうですね。私は、私です。教皇。あなたは、教皇を騙る偽物ですね。本物の教皇は聖魔法を使えます。暗黒魔法と聖魔法は同時に習得できない。子供でも知ってる常識です。正体を現しなさい魔族!」
「聖魔法? ああ、これのことかね。ライトアロー」
「な!?」
教皇が聖魔法ライトアローを発動する。俺は迫りくる光の矢を軽く剣を振って切り払った。
「ほう。その剣には魔力を無効化する効果があるのか。だが、なぜ聖剣を使わない。それとも、使えないのかな?」
「訳ありだ」
「聖魔法と闇魔法の両立!? そんな事できるわけが……」
「自分の目で見たものも信じられないか。愚かしい。ちなみに、儂はこんなこともできるぞ」
教皇が両の手を押し出すように広げる。その指先に灯るは十色の光。白、黄、青、緑、茶、赤、無、灰、紫、黒。十大原色魔力の光だ。
2色を同時に操るだけでも天才と呼ばれ、3色以上は歴史に名が残ると言われる原色魔力の複合操作。それを同時に10色。もはや神話に登場する大賢者クラス。おそらく魔王軍の中でも最上位の実力者だろう。こちらに向けられた十色の魔力光に俺は魔剣アベルを油断なく構える。
「これから死にゆく貴様らに儂の真の名を教えてやろう。サフィラ教現神教皇カリナ・コードネ厶とは仮の名。儂の真の名はドモズ。魔王様直属の四魔凶選。夢幻魔力のドモズ・ダマスクだ!」
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