第15話『選択』
冒険者ギルドのギルマスであるネイゼラスは、何人かを連れ立ち一樹の寝込みを襲撃する。
『ポショ』を次々と破壊するはずだった。
ところが、実際に訪れると宿には誰もいなく、もぬけの殻だった。
思わず頭を抱えてしまう。また教皇から何をされるかわかった物じゃないぞと。
他の宿のことも、配下の者から受ける報告で愕然としていた。
思わず聞き返してしまうぐらいだった。
「どこにもいない? だと?」
「はっ! 教会騎士団に出向いてもらい調べると、泊まっている形跡はなく、宿代は当面先まで支払われているとの報告です」
ギルマスは悔しそうに歯噛みしていた。
「チッ。こちらの動きがバレたのかもしれないな……。やられたな」
男は神妙な顔つきでギルマスに問う。
「いかがいたしますか。このまま継続してもうあと数回時間を変えて、襲撃をするかもしくは、別の場所を探らせるようにしますか?」
ギルマスは、顎髭をさすりながら何か思いついたのか、上を見上げると何か思い出したように答える。
「いや、大丈夫だ。闇ギルドの奴らが町に来たと知らせがあった。恐らくは、奴らが始末してくれるだろう」
「すでに町にはいないという可能性は考慮しますか?」
「いやないな。ほぼ毎日、地下ギルドに出没するというからな」
「ではあらためて、後をつけてみますか」
「ん〜。そうだな……。様子見だけはしておくか、使えそうなやつはいるか?」
「報酬次第で……」
「わかった。金はこちらで用意しよう。何人か見繕ってくれ」
「承知しました」
男がギルマスの元を離れるとギルマスのネイゼラスは、肩を上下させながらニタニタと笑い出し、笑みが溢れ落ちる。一樹の奴は今までうまく逃げおおせていても、さすがに今回はダメだろうと。
「一樹のやつもおしまいだな」
ギルマスの部屋から窓の外を眺め、堪えきれず口角を上げていた。
その頃地下ギルドでは……。
地下ギルド内は、物々しい雰囲気に包まれていた。
教会騎士団が金属鎧を纏ったまま十数人もいれば、かなりの威圧感と物騒な感じだ。もちろん、獲物も背負ってきているとなると臨戦体勢でもある。
訪れた騎士団のリーダー格の男はいう。
「お前が、地下ギルドの長、セバスだな?」
セバスは堂々と前に出ていう。
「なるほど、御仁は礼儀を弁えておらぬようであるな」
「なんとでもいうといい。匿っているニンベン師の男、一樹を渡してもらおうか?」
「匿うとは何のご冗談ですかな? ここは自由な地下ギルドでございます。ゆえに誰がいてもなんら支障もございません。ましてや匿うなど自由ゆえに、必要ございませんでしょう?」
「ならば、ここにいたのは確かなんだな?」
「さてどうでしょうか。自由なギルドゆえ出入りも多くございます。いたかもしれませんし、いないかもしれません」
「なるほど、では聞き方を変えよう。ヤレ!」
一斉に騎士団の面々は、セバスを取り囲む。それを遠目にみる者たちもあり、かなり混沌とした雰囲気になっていた。
「騎士団のその動きについて教皇さまは、ご存知ですかな?」
すると騎士団総がかりで、とくに抵抗など見せないセバスを捕まえてしまう。拘束したのち、騎士団の男はいう。
「ああ。御健勝でなりよりだよ。連れていけ!」
騎士団数十名による捕物だった。地下ギルドのギルドマスターが囚われたことで衝撃は大きいものの、さほど動揺はしていない。
そこには、普段姿を見せない背丈の比較的小さなサブギルドマスターが、フードを深く被った姿で現れた。
見かけは一樹より下の年代なのかと思うほどでも、口調はしっかりしていた。妙齢の女性の声が響く。
「困ったものですね。騎士団たちは……」
さほど困ってはいないような素振りで言うものだから、周りも同調して大丈夫だろうと見ている。何せ、あのセバスは数百年この地下ギルドの長だからだ。見かけによらずかなりタフで、生半可なことではびくともしないとの見方が大半だ。
ちょうど入れ違いなのか、裏口から一樹がいつもの『ポショ』納品にやってきた。
「セバスいるか?」
すると先のサブギルドマスターの女は、一樹のところへゆっくりと歩み寄る。随分タイミングよく現れたものだと関心半分、運の良さ半分で含み笑いをしながら、驚きの表現を伝えた。
右手のひらを口にあて、眉をあげて目を見開くと声を発した。
「あら? あら? あら?」
一樹は見知らぬ顔でもギルドの関係者だろうと思い声をかけた。
「ん? ギルマスいるか?」
すると顔は変わらず見せずに、少し困った風を装いいう。
「さっき。ちょうど先ほどですね……」
「先ほど?」
「はい。騎士団の方に囚われて運ばれていきました」
「マジか!」
一樹は聞いた瞬間、自分のせいだと脳裏によぎる。宿の紹介から買取さらには匿ってもらったりと、恩については一口に語り尽くせないほどの物があるからだ。
「たぶんですね。教皇猊下のおられる、教会の地下二階だと思いますよ?」
あまりにもあっけらかんとしており、かつ具体的すぎたので今度は一樹が驚く番だ。
「なんで……。そこまで具体的なんだ?」
それをさも当然のように嘯く。さらりととんでもないことを言い出していた。
「私もかつて、そこに囚われていましたからね……」
「おいおい、そんなことがあったのかよ……」
なんてことの無いような顔で楽しそうに語る。
「拷問するにはもってこいの施設なのですよ?」
「なんて場所なんだよ。それよか、セバスを助けないと」
「どうやって?」
何も考えずに言葉だけが先走ったことへ、肩の力を落とした。
「え? ああ、そうだな……。焦っても仕方ないよな」
「あそこには強敵がかなりいます。二名いる枢機卿は、次元が違います。他にも大司教や司教、司祭も戦闘員だと思ってもらって間違いないです」
「なんだそれ。そこは本当に教会なのか? なんてところなんだよ」
すると口に手をあて微笑みながらいう。
「教会ですから」
「教会がそんな武力を持つのか?」
「ええ、教会ですから」
「はあ……。わかったよ」
「あなたの場合、教会だけではないですよね?」
「え? どう言うことだ?」
「賞金首じゃないです?」
「ああ、それか……」
まるで祭りの夜店を楽しみにしている子供のようだ。
「闇ギルドのメンツも来ているようですし、祭りですね」
「はあ……。嫌な大人の祭りだよ」
「それで? どうされます?」
「助けるに決まっている」
「それでは良いことを一つお教えしましょう」
「なんだ?」
「今の教皇陛下は、偽者です。偽物造りのあなたと近いですね」
「そんな奴と一緒にすんなよ」
「あまり驚かれないのですね?」
「偉い人になれば影武者の一人や二人は普通だろ?」
「それもそうですね」
「影武者か……。どうすっかな……」
「もう一つ朗報として、本物の教皇も同じ施設に囚われています」
「え? 囚われているって、まじで?」
すると身を乗り出して、楽しそうに言い出す。
「はい。マジもマジ。大マジです」
「すり替え?」
「やりますね。その通りです。なりすまし? というべきでしょうか?」
「なんでまたそんなことを」
「権力に決まっているでしょ?」
「なんだか、内部もきな臭いな」
「その通りです。しかも本物は妙齢の麗しき女性です。助けて白馬の王子様と洒落込むのもいいかもしれませんよ? グヘヘヘ」
「おいおい、なんだよそのグヘヘヘってさ……」
「よだれがでちまいました」
「なんかすごい性格していんな、お前」
「ありがとうございます。てへ」
「褒めちゃいねえよ」
「まあ、せっかくですから、これを」
唐突に一樹へ、羊皮紙のような薄茶色の折り畳まれた紙を手渡される。
「なんだこれ?」
「教会内部の見取り図です。隠し部屋も地下も抜け道もすべて網羅されています」
「おいおい。なんでまたそんな大層な物を持っているんだ? お前、何者だ?」
今度は可愛く首を傾げる。モグーとはまた違った可愛さを彷彿させる。
「私ですか?」
「他にいねえだろ?」
すると堂々と胸を張り、名乗りをあげた。
「私は、地下ギルドのサブマスターのセニアです」
なんだか、どこか痛々しくもあるのとあのセバスの右腕となる存在だ。恐らくはそれなりの力を持つ者なんだろうと、察した。
「はあ……。わかったよ」
こうして一樹は見取り図を手に入れ、今後どうやってギルマスを奪還するか考えることにした。
「ちなみに私の今は、現場で手伝えません」
「いや、これだけ情報くれたんだ。それ以上は求めねえよ」
「ありがとうございます。期待していますよ?」
「なんか調子狂うな。わかったよ作戦を考えてみるさ」
「困ったら、いつでも相談してください」
「わかったよ。助かる」
今の戦力は、モグーと一樹だけだ。
一樹自身の能力は脳分解から得たスキルで、暗殺術と格闘術術。それと紅目化だ。他には魔法テントがあるので見つからないように、臨機応変に動けるだろう。
武装は短剣と衝撃波のエルデリングであとは、流血時に強毒化で相手を麻痺させるぐらいだ。ぶっかけとごっくんで不死身に近い。強いやつより、倒せない奴の方が脅威度は高いだろう。たぶん……。
さすがにギャンブルマスターを巻き込むわけにもいかず、いたら貴重な戦力だというのもある。果たしてどうしたものか困ってしまう。
紅目現象は謎が多い。深くは検証していなく、直感でヤバイと感じることがある。あの目の状態になると、何か生き物を吸ってしまおうと衝動に駆られる。どう吸うのか本能に任せる感じなので、人だろうと見境なくやりそうな気がして怖いのは確かだ。
しかも、一度始めたら止まらないような危機感がある。ただしやればやるほど絶大な力が湧き出て来そうで際限なくなりそうだ。人をやめるかどうかの瀬戸際見たいなものなんだろうか……。
それにしたって今度は、世話になっているセバスが連れ去られるとは、また難易度の高いトラブルが降ってくる。
教皇の配下によって捕まり、拷問を受けるのはもはや確実とまで地下ギルドのサブマスターセニアはいう。
それは自らの拷問からくる体験談だというじゃないか。凄まじい体験をさらっと語るところは、さすがとしか言いようがない。
教会の者たちはついに力で現状を変えようと躍起になってきた。一樹はこのまま一体どうするのか? モグーは心配そうに一樹を見つめていた。
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