第1話『偽物づくりのニンベン氏』1/2

「マジかー!」


「モキュ! モキュ!」


 俺と相棒のリスの魔獣は、めちゃくちゃ必死だ。

 どのくらいかというと、大を漏らしてもなりふり構わず走り抜けられるほどだ。うん、例えがそもそも汚いな……。ちなみに漏れてはいない。断じて違う。

 

 俺は今、真夏に近い炎天下の中、真っ青な青空は見えるわけもなく全力で走って逃げている。

 

 ――砂嵐って想像したことがあるだろうか?

 

 もうもうと舞い上がる砂つぶで視界はおろか、吸い込む空気でさえ不快になる状態だ。俺は砂埃が舞い上がる中で鼻と口に布を当てて懸命に走っている。

 

 何かというと、全身の筋肉をフル活用しながら、必死に交互に足を上げてもう片方の足で地面を蹴り前に進む。

 俺の首筋につかまるモフモフとした珍しく真っ白な毛の生き物は、リスの魔獣だ。名前は、モグー。負傷しているところを何の気なしに助けたら、いつの間にか俺の仲間になった大事な相棒だ。

 ちなみに魔法が使えて、手のひらから白熱の球体を撃てる。大きさは、人の親指の爪ぐらいで魔力の塊なんだ。なんか凄くね?

 

 モグーの力のことはさておき、今は必死に俺の左肩に乗り、首へ引っ付くようにつかまる。


 ――なぜだ?

 

 背後から舌を垂らし、涎を撒き散らしながら、棍棒を背負い追いかけてくる者たちがいる。一つ目の巨人が一匹どころか、見渡す限りにいる。背丈はざっと見た感じだと三メートルは下らない。筋骨隆々なデカブツ達だ。


 やつの足は止まらないし、当然俺も止めるつもりはない。


 戦うというのも一つの方法だろう。もちろんお得意の偽ポーションの通称『ポショ』を使い、ぶっかけながら狩りという手もあるものの、やるならば一対一の時に限る。ただし、俺は狩り自体をしたことがない。

 今のような見渡す限りいるような状況だと間に合わなければ、いくら『ポショ』をぶっかけて回復しても、追いつかなく死んでしまうと想像に難しくない。


 一樹の逃走は、息も詰まるほどの砂埃と汗と涎によりひどい環境の中、ひたすら走り続けていた。

 どうしてこうなったかというと、彼らの住処から祭られていた魔石を偶然にも隙がありチョィと拝借し、盗み出したのが見つかったからだ。単なる一樹の自業自得なわけだ。

 

 このまま逃げおおせるかと思いきや突然、背後から空気圧を感じる。

 何かというと、巨体が棍棒を振り抜いたからだ。当然巨漢が繰り出す膂力の大きさでは空気だけでなく地面も唸る。


 うまくかわせたのはいいとして、危機感がより増しただけで事態は好転していない。むしろ怒りで棍棒を振り下ろすほど事態は悪化していると言えよう。それだけ大事な物を一樹は奪ってきたのだ。


 立て続けに地面の唸りが伝わり、バランスが崩れそうになる。そればかりか、棍棒を地面へ叩きつけるたびに、一瞬体の浮遊感があるほどの衝撃がある。


「うわっ! やっべー!」

 

「モキュッ! モキュッ!  モキュッ!」


 相棒のリスの魔獣は俺の首筋にしがみつく。よくは姿が見えないけど恐らくは涙目だろう。普通に俺でもビビる。


 そのような大惨事な時に、一樹の背後から急に声をかける者がいた。

 今の状況なら、あり得ないシチュエーションだ。


「手伝いましょうか?」

 

 唐突に軽快な女性の声が耳の後ろで聞こえた。まるで「荷物を持ちましょうか?」ぐらいの、かなり軽いノリに聞こえる。

 どこかで聞いたことのある声なので少し安堵はするものの、うまくことが運ぶだろうかと疑問に思う。

 とはいえ、背に腹は変えられない。かけられた声に期待して一樹は走りながらいう。

 

「俺、何も出せないよ? この『ポショ』ぐらいしか」


 懐から偽ポーション、通称『ポショ』を取り出して見せる。

 

「いいわ、ぜひお願いね」

 

 なんだ? これほど簡単に受けてくれるのかと、ますます疑問がよぎる。

 今は、考え抜くほど余裕があるわけもなく、成り行きを見守るだけだ。

 

 すると背後で何かが一瞬輝き、どういうわけか棍棒を持つ一つ目の魔獣たちは、別の方角へ向かって走り去ってしまう。


 離れていく様子を見ながら、まだ走れるだけ走って距離は稼ぎたいと考え駆け抜けた。

 

 ――数十分後。


 ようやく目視で確認が困難な場所まで辿り着き足を止めると、白い燕尾服の女から声がかかる。


「ねえ? 大丈夫?」


 一樹は立ち止まり、膝に手を当てて肩で息をしながら、まだ息が荒い中で答えた。

 

「お……陰で……助……かった……よ。あり……がと……な!」


 よくよく相手の顔をみると、白い仮面を被っており、目の位置には横に細いスリットが入っているだけの物だ。顔全体を覆うため表情はまるでわからない。

 しかもまったく息を切らせていなく、どんだけ化け物かと思ってしまう。思い起こせば声をかけられた時、こいつ浮いていたぞ? 高度なやつじゃないだろうか。


 そしてなんでもないことのように、白い仮面の女はいう。


「いえいえ、どういたしまして」


 なんだか、どこかで見た姿格好な気がしていた。

 白い燕尾服に白いシルクハットの姿は、まさに巷で言われているギャンブルマスターかと思う出立ちだ。


 たまにスラム付近の空き地に集まって何かしているのは、何度か目にはしていた。

 挑戦者が自らのレベルをすべて賭けて、勝てば膨大な経験値をえるギャンブルだ。

 勝つとたしか、一倍から十倍以上の経験値を得て、かなりのレベルアップを果たせるらしい。

 ただし、負けたらレベルがマイナスになって、地獄をみるそうだ。

 全か無か、慈悲などなく冷酷すきる妥協なしの一本勝負は恐ろしすぎる。

 

 何といっても、元手が自分のレベルとくれば、金がなくともできるから盛況らしい。

 

 ぼんやりと考えてしまいとりあえず、先のお礼をしなければと、一樹は急ぎ自前の『ポショ』を渡す。

 

「これはお礼の『ポショ』と……。一応言っておくけどな、名前は鑑定すると(偽)と出るけど効果は抜群なんだぜ? 連続して使えるばかりか、使えば使った分、即時回復だ。本家にはないだろ?」


 説明も伝えながら五本ほどポショを手渡す。一樹のそれなりの気持ちを込めた数だ。


「ありがとう。それは便利ね。たしかに受け取ったわ」


「ところでさ。あんたってやっぱ、ギャンブルマスター?」


 物珍しさに思わず聞いてしまった。一樹自身はそれほど、有名人に興味があるというわけではなかった。単に助けてくれた人が意外な職業についている物だと思ったからだ。


 思ったより肯定的に、すぐに答えは返ってきた。


「ええ、そうよ? それがどうかした?」


「いやさ、戦闘にも長けているんだなと思ってな」


「そうね……。そう見えるのかもしれないわね」


「そう見える?」


「あっ、こっちのことよ? それじゃ、行くところがあるからまたね」


「こっちこそ助かったよ。またな」


 ギャンブルマスターは、器用に空へ飛んでいく。

 こうして一樹は、ここら辺でみかけると言われる、ギャンブルマスターとの邂逅は果たされる。


 町まであと少しだ。俺は気を取り直しながら歩き始めた。

 ついたら、手に入れたとって起きの魔石を売っ払って金にするか、いざという時のためにとっておくか考えていた。


 燕尾服の女と別れてから数十分と少し歩き、町までたどり着く。

 砂埃と汗でまみれて、全身がひどい状態だ。控え目に言って砂遊びをした子どもといえる。まるで頭から突っ込んだように砂だらけだ。

 

 さっさと宿に戻り着替えて椅子に腰掛けると、強烈な睡魔に襲われてしまう。


 まずい、ヤバイぐらいの睡魔だ……。


「あっ……。これから作らないと……」


 手に持った石造りの筒状のポーション入れを落として眠ってしまう。


 ――誰か、何かを呼ぶ声が聞こえる。


「一樹……。一樹……。聞こえるか?」


「なん……だ?」


 非常に低く、重低音と言えるような男の声を聞き目を開けると、真っ暗な闇の中だ。

 たしか俺は椅子に腰掛けていてそれで……。あっ、ポショを作ろうとして、寝ちまったんだ。


 直前の出来事を思い出したのはいいとして、今の状態は夢なのかそれとも現実っぽくもあるし、イマイチ区別がつかない。

 

 ――今いえることは、意識はクリアだ。


 すると俺の頭上から、突如スポットライトのように光が照らされる。

 目の前には、俺と同様に頭上からスポットライトのような物を浴びて座っている者がいた。真っ黒な燕尾服を着て、細くシャープな印象を持つ人物が座る。顔の表情は柔和な感じの老齢な男が椅子に座っていた。


 一樹を見てニコニコと穏やかそうな表情をしている。


「我は、世界樹じゃ。一樹よ突然で驚いたであろう」


 俺は疑問というより、言葉の指す名称と目の前の人物が一致せず聞き返した。木……だよな?

 

「世界樹?」


 男は和やかに、かつゆっくりとした口調で鷹揚に言葉を返す。

 

「ああ、そうじゃ。以前に一度会っておる。覚えていないのかもしれんのう」


 低いだけでなく、やわらかく響く。

 目の前のご老体は、俺とあったとまで言い出した。まるで記憶にないのであらためて聞き直してしまう。

 

「以前?」


「そうじゃ。この世界、イルダリア界にから転移するとき、お主自身に関する記憶と引き換えの条件で、今もつ力を授けたのじゃよ」


「力? あっ! あれか! 魔力でなんでも作れるあのことか……」


「そうじゃ」


 そこで一樹は気になることをぶつける。


「ひとつ聞いていいか?」


「なんじゃ?」


「なんで俺なんだ?」


 俺自身のことも大事なはずなのに、俺が選ばれた理由を思わず聞いてしまう。

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