第百十四話 天才たちの苦悩【沢姫真優視点】


 八月九日、午前九時三分。


 武器技術研究部の研究棟の一室で部長であるこの私沢姫さわき真優まひろとランカーズの窪内くぼうち龍耶たつやは武器の進化の為に様々な実験を行っている。


 先日ヴリルという人類の新しい可能性を知り、それを有効に活用する為に今は様々ン実験を繰り返している。


 私の恋人でもある龍耶たつやに無理を言ってる事くらいは理解しているが。


「真優はん、もうこれ以上無理やて」


「もう少し絞り出せそうな気がするが、四回目だとこんな物か?」


 このヴリルという力。生命力ライフゲージと違って限界まで絞り出させても死ぬことはない。限界まで絞り出させるとヴリル切れという状態になり、多少体が重くなるようだが特に問題はないみたいだな。


 戦闘中にこの状態に陥るのは非常に危険だ。


 送られてきたヴリル測定器を改造すれば開発できるだろうが、その開発は向こうに任せてもいだろう。


「十二時間ごとのデータがこれで二つ目か。使い続ければヴリルの数値は一桁にまで下がり、回復に約十二時間ほど掛かる事も確認されたな」


「まったく、今なんかあったらわては戦力にならへんやないか」


「だからこそ龍耶に頼んだのだろう。神坂かみざか霧養むかいに頼まなかったのは、いざという時の為だからな」


 これで龍耶は十二時間ほどヴリル切れだ。


 しかし、一桁までヴリルを絞り尽くすと、その次の測定では数パーセントほど数値が上がっている。


 最初四百十四だった龍耶のヴリルは現在は四百三十七だ。


 微増なのでこれといった変化は無いが、このままいけば今行っている実験が楽になる。


 龍耶の手にはヴリル測定装置が巻かれており、その先には銃によく似た形のちょっと変わった物を握らされていた。


 その装置には小さなカートリッジが六つほど取り付けられており、そのカートリッジにはそ数値が刻まれている。


「今回も試作型チャージカートリッジにはヴリルが百ずつチャージされているが、チャージできたのはやはり二つまで。もう一つは十程度しかチャージできていない」


「計算が合わんけど、やっぱり半分程度っちゅうことやな」


「龍耶の推測通り、一度にチャージできる数値は、最大値の半分程度という事だな」


「あまり割りにあわんのとちゃいまっか? チャージ後は十二時間ほど行動不能やし」


 この二本のカートリッジを使って色々実験を行ってはいるんだが問題は持続性だ。


 チャージをやめた途端、徐々にカートリッジからヴリルが消失していく。揮発しているのか消費されているのかは分からないが、カートリッジ内からどんど主なわれているのは間違いない。


「貴重なヴリル対応試作型のトイガンを解体してパーツまで取り出した割には、この程度しか安定しない」


「メモリにしたら分からんけど、なんか違いがあるんやろうか?」


「分からん。次世代型特殊小太刀の方も解体してそのパーツも使ってみたが、条件は同じだ。これは仮設なんだが、チャージしたヴリルカートリッジを高ヴリルを持つ者が装備もしくは携帯している時に限り消費を抑えられるのかもしれん」


蒼雲そううんはん辺りに協力して貰いまっか?」


「そうだな、それで一応の証明にはなるだろう。だがそれでは役に立たない。求めているのはヴリルを持たないものが使用できるシステムだからな」


 このカートリッジがそんな物であれば多少はヴリル切れ対策にはなるが、根本的な解決にはならない。


 結局一部の選ばれたものだけに負担を強いる事になる。


「それと今回分かったのは、ヴリルは力が強すぎるので一部の繊維などの劣化を促進させるという事だな」


「合成繊維がまずいんやったか?」


「綿百パーセントであればそこまで劣化しないし、生物由来の繊維がいいのかもしれん。合成繊維でもかなり差が出ているので詳しくは分からんが」


 この辺りはまとめてデータとして送れば、防衛軍特殊兵装開発部で調べ上げるだろう。


 もう調べて開発を始めているかもしれないしな。


「後の問題はヴリルの回復方法か」


「そうやな。いろいろ試してみたけどあの結果やし」


「食事はダメ睡眠もダメ。これではヴリルの数値が低い者など、一度か二度チャージしただけでヴリルが底を突いて役に立たなくなるだろう」


「最低でも五十越えんと使い物にならへん。真価を発揮し始めるのが百以上の場合で、出来たら二百って割と絶望的な数値やと思うんやけどな」


「逆に考えると、ランカーズのメンバーや宮桜姫みやざきが異常なだけだが……。特に宮桜姫みやざきは活動期間に比べて数値が高すぎる。その辺りに何か秘密があるのかもしれないな」


「生まれつきの才能か何かって事やろな……。凡人にはきっつい現実やけど」


 身も蓋も無い言い方だが、現在のデータではその可能性が一番高い。


 向こうのデータを疑う訳ではないが、たまたまデータ収取で集めた人間のヴリルが低かっただけで、調べていけば一般人の中にも高ヴリルの人間がいるかもしれんな。


「現状では高ヴリルの人間のサンプルが少なすぎる。最低でも百人くらいは必要だろう」


「無茶いいなや」


「それだけいれば、大した改良もせずにリリース機能付きのM4A1改弐で何とかなるだろう?」


「あれも強力やけど、数で押すんやったら百人やとキツイで」


 やはり誰にでも使えるシステムとカートリッジの開発が急務だな。


 人類の勝利の為にはそれが必要だ。


「そういえば、龍耶達が軟禁中に完全改良版のM4A1改弐を爺さん宛に送ったが絶賛していたぞ。当面、防衛軍にはあれを量産したタイプを支給するそうだ」


「これで防衛軍はしばらくまた対GE戦では世界最強の軍でんな。そういや、真優はんが開発しとった武器ってどないなや?」


「アレか……、アレは元々生命力ライフゲージをほぼ直接銃弾にするシステムで、現在もヴリル方式に切り替えて改良中だな。完成すれば威力は折り紙つきなんだが」


 完成すればと言っているが、そこまでの道のりは厳しい。


 ヴリルそのものを銃弾として撃ちだす為には一体どの位の数値が必要なのかすら分かってはいない。


 凰樹がヴリルを特殊弾と融合させるシステムに近いが、完成すればおそらく威力は数倍になるだろう。


 研究時に考えていたリスクは完全に消えたが、こちらの開発にもヴリルカートリッジが必要になる。


「今日の研究はここまでと言いたい所だが、この時間にランカーズの武器の調整でもしておくか」


「全員分の武器の調整となると、待ち時間なんかすぐでんな」


「凰樹の分は特に丈夫にしておく必要がある。奴に何かあれば流石に私でも命が危ない」


 間違えて怪我でもさせてみろ、間違いなく投獄されるだろう。


 凰樹はその事を罪に問うような人間ではないが、他の物はそうはいかないだろう。


 特にランカーズ以外の学校関係者などはな。


「この国の切り札っちゅうてもおかしゅうない位でっからな。二学期から学校の体制も楽しみでっせ」


「この高校に誘致した連中も今は逆に凰樹の扱いをどうするか戸惑っているだろうからな。それだけではないが」


 高校側は今や最重要人物となった凰樹だけでなく、龍耶や神坂かみざかたちランカーズのメンバーについても随分と扱いに困っているらしい。


 安全に食事をとらせる為にも専用の食堂を作るべきだの、犯罪防止の為に衛兵付きの専用のトイレなどを用意するべきだの、体育の授業で校外を走らせるのは危険ではないかなど細かい事まで様々な対策について連日話し合いが続いている。


 現在は専用の教室や食堂を作らせているそうだが、卒業した後はどうするつもりだ?


 そのまま使わなくなるのか、それともそのまま他の誰かに使わせるのか?


 卒業後か。


「私や龍耶は卒業後の進路は決まったも同然だが、各地の大学では神坂達をなんとか取り込めないかと様々な特例を模索中らしい」


「勉強嫌いやからな……。だいたい今のポイントがあれば進学も就職もせずにぶらぶら生きても一生どうにでもなりまっせ」


 既に数十億持ってる人間を満足させる事の出来る年収が払える企業がどれだけ存在するか……。


 防衛軍に引き抜こうにもこれだけ資産がある人間であれば断られる可能性の方が高い。


 凰樹であればおそらく生涯GEとの戦いを辞める事は無いだろうが、十分な報酬や地位を約束できるかと言われればかなり難しい所でもあるな。


「それはあと数年猶予があるし、それまでに何とかしするだろう。問題は二学期からだ」


「あ~、なんかクラス替えとかされるらしいでんな。復帰した生徒も含めてかなり大幅に……」


「それはすでに聞いている。教室や食堂まで建設中という事だな」


「教室は改装中やな。少なくとも1-Aに通う事は無さそうや」


 他の生徒たちにも迷惑だろうしな。


「復帰した生徒も通って来る。その対策も含めてだろう」


「厄介事が増えまんな」


「復帰組も含めて、今この学校に居るものは幸運だ。将来凰樹と同級生だったというだけでどれほど有利になるか」


 友好的な企業は多いし、以外に同級生というアドバンスはデカい。


 同じ能力であれば十分なアピールポイントになるだろう。


 もっとも、今の求職状況だと就職先には困らないだろうがな。


「あの準備がそうであれば、ランカーズのメンバーは全員が通常とは別のクラスになるだろう」


「体育の授業とか、凰さん基準にされたらかなわんからな」


「最新情報ではどうやらマッハを越えたらしい。百メートル走などは測定できまい」


「それは二学期になってからのお楽しみでんな。と、こっちのパーツはまだでっか?」


「今マシニング中だ。その後で研磨作業と微調整が待っているぞ」


「いつもの事でんがな。予備パーツもいくつか作っときまひょ」


 私も一年とは言え一緒に在籍できたのは幸運だった。


 今行っている実験など、他ではできないだろうからな。


 この幸運を生かして、卒業までに新システムを開発しなければ……。

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