第六十一話 キャンプ前の最終確認


 七月二十二日、午前十時二分。GE対策部の巨大な倉庫にはマイクロバスとバンタイプの車が用意されていた。


 二台とも電気自動車だけど目的地までの往復には問題がない。一応現地の駐車場で充電ができるって話だし、今の電気自動車にはメインが故障した時に備えてサブのバッテリーも搭載されている。


「それじゃあ当日の集合場所は部室前で、当日持参する荷物以外は今日のうちに積み込んでおくぞ」


「特殊トイガン系の装備は纏めてマイクロバスに収納済みだ。万が一緊急招集が来た場合もこのまま現場に急行できるのでちょうどいいだろう」


 不用意に不吉な事を口にした俺に一瞬冷ややかな視線が注がれた。


 不幸を口にする予言者は歓迎されないというが、言わなくてもいいことを言えば如何に俺といえども扱いは悪くなるか。


「要請があったら出動しますの?」


 そう質問してきた佳津美かつみはいつも通りのお嬢様モードのままで顔は穏やかだったが、その声はまるで研ぎ澄まされた日本刀かと思える程に危険な気配を纏っている。


 『任務だからな』などといえば、そのまま斬り殺されかねない勢いだ。


「大発生でもない限り引き受けるつもりはないが、この居住区域周辺で暫く大発生が起こる可能性は無いだろう」


「ふたつ環状石ゲートを潰したのも大きい。暫く安泰さ」


 神坂がすかさずフォローを入れてくれた。


 流石にこいつも佳津美かつみと付き合いが長いし性格をよく知っている。


「でしたら、そういった不安を煽るような無用な発言は控えるべきですわ」


「いや、すまなかった」


「許してやれよ、たまにはあきらも失言位するさ。集合時間は朝の五時半だが遅れてこないように。運転手はマイクロバスがあきら窪内くぼうち。バンタイプが俺と霧養むかいだな」


 霧養達は最初の環状石ゲート破壊後すぐ。そして神坂も先日免許センターに行ってそれぞれ普通運転免許を正式に取得している。


 これで長い動中に運転を変わる事が出来るし、何かあった時に運転できる人間が増えた。


「免許の申請は書く事が多くて苦労したっス。でもランカーだとあんなに簡単に免許をくれるんっスね」


「技能試験はコースを一周回るだけで筆記問題も最低限。作戦に必要だといえば無免許でも捕まる事は無いって凄いよな」


「俺のバイクもほぼ黙認されてたしな。坂城さかきの爺さんが方々に手を回してくれていたらしいが」


 防衛軍特殊兵装開発部の坂城の爺さんは二週間ほど前に環状石ゲートを孤立させる目的で俺が単独で行っていた、バイクを移動手段にした高機動拠点晶ベース破壊作戦のデータにも興味を示しているらしく、俺専用のバイクを開発しているとか言ってたからな。


 俺が子供の時に使っていたバイクも試作バイクを俺用にカスタマイズして送り届けた物だ。


 そのデータは全部活用してるって聞いてるけど……。


 そんな事よりもだ、今はキャンプの話し合いをしないと!!


「長距離の移動になるから、途中で何度か休憩を挟む。だけど各地にある売店はあまり期待が出来ないので、菓子を食べるんだったら各自で事前に用意してくれ」


「今でも結構な量は用意してあるっスけどね」


「大丈夫!! そこはまっかせて~♪」


「私も~、いろいろ用意しますよ~」


 市販のスナック菓子だけでなく、菓子作り名人の伊藤がカップケーキやクッキーなどを用意する事になっていたか。


「ドリンク類は傷むといけないので市販の物を用意する事。クーラーボックスにも限界があるから果汁百パー系も避けた方がいいとおもうぞ」


「そうでんな。炭酸系やスポーツドリンクなんかを中心に用意しまひょ」


 まるで打ち合わせていたかのように、神坂と窪内くぼうちが伊藤に釘を刺していた。


 全員ランカー用の経口回復剤を持っているから、流石に伊藤の生命力ライフゲージ回復用激マズドリンクは必要ない。


 俺はもうワンランク上の回復手段を確保する為に無針注射樹型の高性能回復剤の医療研修を受けて来たし、何とか数回分だけは手にする事が出来たしな。


「装備が無けりゃマイクロバス一台で行けるんだけどな」


「余裕があるのは良い事だろ? おかげであの量の荷物が詰める」


「キャンプ道具は意外にスペースを取るもんでんな」


「バーベキュー道具や食材の多くは向こう着なのにこの量だしな。備えあれば患いなしだから問題ないだろ」


 俺達の荷物も多いが、やっぱり女性陣の荷物が多い。


 平均して俺たちの二倍、佳津美かつみ宮桜姫みやざきに至っては三倍近くあるんじゃないか?


 化粧品とか着替えなんかが色々あるんだろうし、野暮な事は言わないけどな。


「両方装備は積み込んであるし、俺と蒼雲そううんのメイン装備はすぐに使えるように運転席の後ろに用意している」


「後は誰がどっちの車に乗るかなんだが……」


 交代用の運転手として、マイクロバスには俺と窪内。向こうに神坂と霧養っていう振り分けは決まっている。


 問題はそれ以外の人員の配置だ。


「えっと、バンタイプが神坂君と霧養君で、他は全員マイクロバスでもいいかな?」


「いじめっスか?」


「誰がどっちに乗るかで喧嘩をするよりは良いかなって思ったんだけど……」


伊藤いとうは助手席で索敵して貰わなきゃいけないから確定としても、他に何人かはこっちのバンタイプでもいいんだぞ?」


「索敵?」


「ああ、目的地に着く直前に一ヶ所だけヤバい場所があってな。用心に越した事は無いし」


 コレは当初から決めていた事でバンタイプの助手席には伊藤を乗せてノートパソコンでの索敵をして貰う事になっていた。


 マイクロバスの方には何かがあった時の為に、昨日坂城さかきの爺さんから俺専用に調整されて返ってきたばかりの次世代型M4A1を使用する予定だ。


 窪内が脆弱部分を全部カスタムした物を更に坂城さかきの爺さんが全力で強化したらしい。


 試作の文字が取れた俺専用の調整が施された正式版で、試作型より全体的に威力や精度が上がっているという話だ。時間がなかったからまだ試射してないけどな。


「他に道はありませんの?」


「首都圏の主要度往路だったらともかく、地方の自動車道を何本も奪還するほど防衛軍は暇じゃないしな。この措置は本当に保険みたいな感じだ」


「輝がいれば楽勝さ。それで、誰かこっちに乗らないか?」


聖華せいか……、ごめんね」


「私は別にかまいませんよ~」


「ここから行っても予約したコテージのある海水浴場までは三時間から四時間。何度もサービスエリアで休憩するし、その時に移動すればいいだろう」


「そういう手もあるっスね」


 メイン運転手や索敵要員の伊藤は移動させられないが、他のメンツだったら自由に行き来可能だ。


 ただ、一度どっちかの車に乗ってしまうと手荷物なんかの移動が面倒だし、最後までそのままの可能性は高いけどな。

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