第二話 非日常的で日常的な俺たちの戦い【神坂蒼雲視点】


 あきらとの通信を終えた俺はいつも通り窪内くぼうち達と中型GEミドルタイプの足止めを行っている。


 そう、足止めだ。防衛軍が使っているような高純度の特殊BB弾を使っているんだったらともかく、俺たちの様な一般人はあんな馬鹿高い弾なんて使える訳がない!! 滅多に無駄弾を撃たないあきらや竹中は使えるだろうが、それでももう少し高い弾に手を出すくらいだ。


 俺や窪内くぼうち達もAGEの中ではかなりマシな部類なんだが、流石にあきらと比べると差があるからな。


 基本的に俺たちが使っている弾は一発百円程度のグレード二。同じ銃で同じ弾を使っても何故か威力の上がるあきらに至っては最低レベルのグレード一でGEと戦っていたりもする。


「とりあえず中型GEミドルタイプのトドメは竹中だよりだ。もう少し高純度の弾を使えば俺たちでもトドメを刺せるんだが」


「それは言いっこなしでんな。わての使ってるM60E3カスタムは湯水の如く弾を撃ち出しよるさかい、もう少しグレードの高い弾なんてつこうたら秒で破産しまっせ」


「俺もフェイントで無駄撃ちする事が多いっス。グレード五とかの特殊弾とか渡されても怖くて使えないっスよ……」


「無駄弾撃たずに活用できるのは竹中と俺くらいか。もう少しグレードの高い中純度の弾グレード五でも一発千円くらいするからな……」


 一発で豪華な晩飯一回分、数発外しでもしたら頭を抱えそうだ。


 AGEなんてやってる奴らはたいてい貧乏だからな。特殊トイガンをはじめ装備に金がかかるからいつも食費は最低限だぜ。


「もう少しダメージをお願い。動きがもう少し鈍れば一撃で仕留められるわ」


「了解。霧養むかい窪内くぼうち。たたみかけるぞ」


「了解でんな」


「了解したっス」


 一斉に中型GEミドルタイプに特殊BB弾を叩き込む。低純度弾で与えたダメージだと、こいつらは短時間で再生しやがるんだよな。


 だから全員で一斉射撃を行う訳だが、これでも動きを鈍らせることしかできない。


 昔から思っていたが、特殊小太刀あんなもの片手に中型GEミドルタイプに白兵戦を仕掛けて倒すあきらが異常なだけだ。


「……そこ」


「おおっ!! 流石竹中、一撃で仕留めたな」


「ゆかりん、おつかれさん。無駄弾を使わず一撃でトドメを刺すのは流石でんな」


「でも、もう一匹いるわ」


 鼠と蛇を混ぜ合わせたキメラ型の中型GEミドルタイプはもう一匹残っている。


 今は霧養むかいの奴が足止めをしているが、ダメージを与えた端から再生しやがるんだよな……。


「こちら凰樹おうき中型GEミドルタイプを肉眼で確認した」


あきら、いけそうか?」


「とりあえず撃つのをやめて貰えるか? 流石にBB弾とはいえ当たると痛いんでな」


「了解したっス」


 俺たちが特殊トイガンのトリガーから指を外すと、ホンの少しダメージを受けていた中型GEミドルタイプが恐ろしい速度で再生する。動画の倍速再生どころか四倍速辺りでもあそこまで速くないぜ。まったく、撃つのをやめるとすぐにああなるんだよな。


「そろそろ動き出すぞ」


「問題ない」


 特殊小太刀片手に中型GEミドルタイプに肉薄したあきらは、俺たちがこれだけ手こずっていた中型GEミドルタイプを僅か一太刀で真っ二つに切り裂いた。流石の中型GEミドルタイプもあの状態だと生きてないだろう。


「相変わらずでんな。中型GEミドルタイプも強敵なんやけど……」


あきらだからな。普通のAGE部隊だと中型GEミドルタイプなんて見つけた時点で回れ右して逃げ出す所だぞ」


「それも一つの選択だろう? 勝てない敵相手に無謀に戦いを挑んでも結果はな……」


 この団地の中にも大量の石像が取り残されている。


 GEに襲われた人間はなぜか身体が石に変わる訳だが、ここに残された石像の多くはGEが襲ってきた時に犠牲になった人達だ。左手首には日本政府から支給された特殊リングが装着されているが、そこに表示された生命力ライフゲージの残量はゼロになっている。


「こうなっちまうだけだからな」


「わてらみたいに安全にGE討伐しとる部隊はないんとちゃいます?」


「湯水の如く金を使える奴らなら何とかなるんじゃないか?」


「羨ましい話だ。よほど実家が太いか、いいパトロンを見つけないと無理だ」


 あきらを筆頭に俺たちも坂城さかきの爺さんの世話になってるから、普通のAGEよりははるかに恵まれてるんだけどな。


 その分あきらはいろいろ苦労してるみたいだが……。


「とりあえずこの辺り一帯のGEは殲滅した。小型GEライトタイプは少しくらいいるだろうが、作戦に影響はない筈だ」


「そうだな。本日の最終目的地、この団地の奥にある公園に向かうとしますかね」


「そうでんな。M60E3カスタムこれ担いであそこまで歩くのもひと仕事やけど」


 窪内くぼうちのトイガンは元々かなり大型だが、作動時に安定させるためにバランサーで調整してあるから十キロ近くあるからな。


 あきらの奴も特殊小太刀を使う時は腰に小型のM4A1カービンを固定しているから動きにくい筈なんだが、折りたためる上にかなり小型にカスタムしてあるのでそこまで邪魔にならないのか?


「攻撃というか、弾幕の要だからな。いつもすまないと思ってるぜ」


「うちは弾代を部隊持ちにしてくれてるだけで天国でっせ。他はせこい所ばかりやし」


「ああ、多いよなそういう部隊。後で個人戦果の報酬まで寄越せとかな」


 まだ安全地帯ではないんだが、周りにGEの反応が無い為に全員で愚痴大会というか雑談をしながら目的の場所へ向かっていた。


 俺も言いたいことは山ほどあるが、あきら窪内くぼうちほど苦労してないからな。


 しかし、もう六月なんで死ぬほど蒸し暑い。こうしてフル装備で歩いてるだけで背中まで汗びっしょりだ。さっさと帰ってシャワーを浴びた後でビールでも飲みながら三女神ヴィーナスの新曲でも聞きたいところだぜ。


 飲酒と運転免許などは条件付きではあるが年齢が大幅に引き下げられ、俺たちくらいの歳でも飲酒が認められている。喫煙に関してはタバコの入手が困難なので売られている物すら見た事が無い。


「あの自販機が生きてたら冷たいジュースが手に入ったんだが……」


「よくて七年前のジュースでっせ。購入できても飲めへんのとちゃいます?」


「違いないな。いくら環状石ゲートの支配下とはいえ、電源も死んでるからアレを開けたらどんな異物が出て来るか……」


 GEに襲われて壊滅した町というか、環状石ゲートの支配下に置かれた地域内では細菌類や微生物の活動が抑制されるらしい。結果として普通の状態よりも物が腐りにくいって特徴があるんだが、だからと言って平気で十年物の缶詰を食う奴らもいるんだよな……。俺もその一人だが。腹が減った時に食料があれしか無けりゃ食う以外の選択なんてねえし。


 ああそうだ、他にも環状石ゲートの支配下では風邪をひきにくいっていう話もある。


「意外に飲めるんじゃないか?」 


「缶の劣化具合によるかもな。俺は遠慮しておくが……」


「缶詰とちごうてジュース類は危険でっせ。アレを何とかして砂糖取り出すって事も可能やけど、いつも通りに水飴つくったほうが楽でっせ」


「材料の葛は大量にあるしな。麦芽に使う大麦も何とかなるのが救いだ」


 GEの侵攻以降、食料品の入手はかなり困難になっている。


 特に日本をはじめとする比較的国力を残している国は生き残っている人も多く、それに比例して食糧が必要になるからだ。


 この辺りはまだましなレベルだが、比較的広大な農地や食料生産工場の無い地域は地獄って話をよく聞く。


「という訳で目的の公園に到着だ。……この辺りにも石像が多いな」


「この団地にGEが攻めて来たのは七年前の昼間らしい。だから女性と子供の石像が多いって話だ」


「何処も同じでっせ。工業地帯や商業地域なんかは逆に男の石像ばっかりやし」


 何が起きたか理解できないまま石に変わった子供、逃げきれずに転んだ姿の石像、様々な姿の石像が公園の周辺には溢れていた。


 石化後十年は蘇生可能で、この辺りを支配下に置くあの忌々しい環状石ゲートを破壊すればこの子たちを元の姿に戻す事は可能だ。


 しかし日本中に乱立する環状石ゲートを破壊するには装備も人員も足りず、防衛軍の環状石ゲート破壊計画の優先順位は鉱物をはじめとする様々な資源が多い地域か広大な農地があるかのどちらかで、何もないこの辺りの環状石ゲートが十年という期限内で破壊計画に盛り込まれる可能性はほぼゼロだ。


「とりあえず公園の奥に生えた拠点晶ベースを破壊するか。これでこの辺りは一応安全になる」


「陣取りみたいなもんっスよね」


環状石ゲートの影響力を伸ばすように拠点晶ベースが生えてる事を考えりゃその通りだな。拠点晶これを破壊するのもひと苦労なんだが」


「俺がいるから何でもないさ。さて、壊すか」


 あきらが特殊小太刀を手に取り、チャージボタンを押して刀身に力を充填し始めた。


 生命力ライフゲージを十位消費するらしく、最初その話を聞いた時はこんな手で拠点晶ベースを破壊してるこいつの頭の中はどうなってるのか見てみたくなったもんだ。


 生命力ライフゲージはゼロにならなきゃいいってモノじゃない。半分、五十も減りゃ動きは鈍るし手足に力も入らねぇ。


 回復手段があるとはいえ、今日の戦いだけであきらは二十近く消費しているはず。それを笑いながらやる事がどんなに異常か、こいつは理解してないんじゃないかと思うくらいだ。


「砕けやがれ!!」


 そう叫びながらあきらが特殊小太刀のトリガーを引くと光り輝く刀身に貫かれた拠点晶ベースは大きくひび割れ、ガラスが砕けた時の様な甲高い音を立てて粉々に砕け散った。


 砕けた拠点晶ベースの欠片はひとつに纏まって薄っすらと光る希少魔滅晶レアカオスクリスタルに変わってゆく。


 これを納品すれば百万円に化ける訳だが、本来であればこの拠点晶ベースの破壊には一発五十万円程する特殊暖冬が必要で、元手があきら生命力ライフゲージだけな俺たちはかなりその恩恵にあずかっている。ホント、あきらのおかげだよ。


「これで今日の目標は達成でんな」


拠点晶ベース破壊報酬やエリア解放ボーナスも入ってくるからしばらくは安泰だ。というか、活動開始から数ヶ月ですでに三つ目の拠点晶ベース破壊だぞ」


環状石あれを壊せりゃ話は早いんだがな」


「……そうね」


 あきらが睨んだ先、そこにはこの団地から少し離れた山の中腹にある環状石ゲートがほんの少しだけ木の陰から姿をのぞかせていた。


 もし仮にあれを破壊できれば、この辺り一帯は完全に環状石ゲートの支配から解放される。


 そして一度奪還したエリアには拠点晶ベース環状石ゲートが再び発生する事は無い。安心して暮らせる安全な場所が出来る訳だが、今は県や居住区域を跨いで移住する事すら困難なので金持ちが有り余る資金に物を言わせて移住してくる事もないって話だ。


「ちょっと輝~~!! な~んで、今回も私達に戦闘の指示が無いのよー。 私と聖華せいかの事、忘れてるんじゃない?」


 突然インカムから聞こえたのは後方支援担当バックアップ楠木くすのき夕菜ゆうなの声だ。


 あきらが安全な場所に止めた大型ワゴン車の車内で伊藤いとう聖華せいかと一緒にノートパソコンGPSレーダーを使って住宅街周辺のGEの索敵を任せていた。


 何気に重要な任務なんだが、楠木くすのき伊藤いとうは今一つその重要性を理解していないみたいだな。俺たちみたいに過去に何度も痛い目にあっていなければ、索敵なんかの後方支援担当バックアップがどれだけ必要な存在か理解できないんだろう。


「おいおい、あきらは聖華には接近してくるGEの警戒と索敵。夕菜には聖華の護衛を任せてるだろ? 一歩間違えればGEに囲まれて、最悪の場合は俺達も石に変えられてここに並んじまうんだから見張りをしっかり頼むぜ」


「護衛ったって、この数ヶ月まともに戦闘が無いじゃないの!! それに聖華の護衛ならゆかりでも問題ないでしょ?」


拠点晶ベースが無事に壊せたんだったら、この辺りはか~なり安全になってますよね? レーダーにも紅点は存在しませんよ~。それに楠木さんの言うように、同じ女の子なのに竹中さんだけ毎回いつも戦闘要員なのは、ちょ~っとかわいそうだと思いま~す」


「そうよ! ゆかりも黙ってないで何とか言ったら?」


 いや、スナイパーとして超一流で高純度弾を預けて貰える竹中と、無駄弾を撃ちまくる楠木くすのき達じゃ単純に実力に差があるだろ?


 高い索敵と情報分析力を持つのは伊藤いとうの方なんで、誰を護衛に付けるかって事になると残念ながら今のうちのメンツだと楠木くすのき以外の選択肢はない。


「私はGEが倒せれば問題無いわ」


「はいはい、お二人さん、ゆかりんが困ってますやろ? GEとの戦闘が無いならいいじゃーないですか~。後ろのお二人さんに危険がある様なら、こっちの状況は激ヤバですって」


「そういう事だな。あきらがその辺りを間違える事は無いだろうし、安心して索敵に専念してくれ」


「だ~か~ら~っ!!」


 拠点晶ベースが破壊されるとその周辺のGEが弱体化し、小型GEライトタイプなどは急激に力を失って攻撃を受けていないにもかかわらず弾けるように自壊して消滅したりもする。


 来た途中にいたGEは一匹残らず処理したはずだが、もし見逃していたGEがいたとしても一匹残らず消滅しているだろう。


 昔からあきらが破壊した拠点晶ベースのあったエリアにはあとから別のAGE部隊が残敵掃討という名目で活動する事も多い。小型GEライトタイプが自壊してそのまま回収されなかったオハジキ大の魔滅晶カオスクリスタルを探して回収する為だ。


 オハジキ大の魔滅晶カオスクリスタルなんて納品してもかなり安いんだが、塵も積もればじゃないが数を集めればそこそこな額になる。それに安全な場所で探して拾うだけだったらAGE登録直後の新人でも可能なんで、適当に知り合いに声をかけて拾わせている奴もいるらしい。


「そろそろ帰るぞ。こんな時間だ、晩飯はファミレスで済ませるか?」


「帰りって事は食事代は部隊持ち?」


「晩飯だからドリンクバーとデザート込みで一人二千円まで許可するぞ」


「さっすがあきら!!」


「一食浮くだけでも助かりまっせ。此処の所作戦時は毎回やけど」


「うちの部隊はあきらのお陰で運営資金には困ってないからな。俺もありがたくごちになるぞ」


 帰りって事になると、この近郊の居住区域に比較的多いフランチャイズのファミリーレストラン【ドコーズ】かな?


 ドコーズは母体の企業がデカいから、各地で食材が不足しているこの状況下でもメニューも豊富でボリュームも満点だ。ただ、流石にこのご時世だしどのメニューも若干値段が高いので、こんな時でしか腹いっぱいになるまで頼むことなどできないのが難点だぜ。


「今日は十分活動したんだ。美味しい物でも食って英気を養うぞ!!」


「「「「「「おおーっ!!」」」」」」


 オンオフというか、こういった飴と鞭な対応は流石だ。部隊長なんて初めての筈なのに、既に数ヶ月でそこらの部隊長より隊員の扱いが上手い。


 今まで苦労してきたって事もあるんだろうが、こいつとだったらAGEとして長く活動できそうだ……。



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