第97話 悪手

 「これが星夜が体験した悪魔の所業ってヤツなのか・・・」


 上限坂は、ホテルの電気も付けずに真っ暗な部屋でベットに腰を下ろしていた。そして、手には星夜からの手紙を握りしめていた。


 「口舌バトル自体には悪魔はいない。あれは、オーディションを盛り上げるための過剰なパフォーマンスだ。現に笠原 愛子からケンカを売ると前もって言われていた。アイツがどのように仕掛けて来るかはわからなかったが、俺の自己紹介の提案を皮切りにアイツは俺を攻めてきた。口巧者のアイツに俺が叶うはずもなく一方的に言い負かされたが、茶番だとわかっていたからそれほど心は苦しめられなかった。俺を苦しめたのは視聴者から寄せられるモニターに映し出されるコメントだった」


 1次オーディションで行われた配信型口舌バトルの会場には、口舌バトルをしながら随時モニターを確認する事が出来た。これはどちらの口舌が視聴者に受けているかを知る為であり、より視聴者を盛り上げるための指針の為に用意されていた。

 上限坂も笠原さんも口舌バトルをしながら、耐えずモニターを見て視聴者の盛り上がり具合をチェックしていた。そして、羅生天 雷鳴は、上限坂が異世界人であるか確かめるためにヘイト攻撃をしていたのである。神の使徒である雷鳴は、言霊の天啓の力を使ってヘイト攻撃をしかけ、上限坂が異世界人であることを特定する。これは俺も同様であった。俺が口舌バトルを始めた時も雷鳴はヘイト攻撃をしかけて俺を異世界人だと特定した。

 俺がすぐに心が砕けなかったのは、【不屈の心(銅)】のスキルを持っていたからである。上限坂や星夜は【不屈の心(銅)】のスキルを持っていないので、早々に心が折れてしまったのである。


 「モニターに映し出された多量のヘイトコメント、俺達の茶番に熱狂的に反応する視聴者に俺は正直感謝していた。これだけ盛り上がってくれる視聴者は、俺達モデルにとっては神様に近い存在だ。だから、汚い言葉、心無い言葉でも俺は心から感謝していた。しかし、あるコメントを見た時、俺は心に杭を打たれたかのような衝撃が走った。いままで平然と心を保っていたが、一気に崖の下に突き落とされたかのような急転直下の衝撃を受けた。それはとある投稿者からのコメントだった。内容はさほど他の視聴者からのコメントとは変わりない。それなのに、奈落の底に落とされたかのような絶望感が湧いてきて、俺の心が音をたてて崩れていった。一度崩れた俺の心は元に戻る事は無い。先ほどまで感謝していたヘイトコメントまでが、俺を襲う悪魔の手下に成り代わってしまった」


 使徒の言霊による天啓のヘイトコメントを見て心が折れてしまったら最後、一般のヘイトコメントにも過剰に反応してしまう。これは嫌悪ポイントがボーナスステージに突入したことになる。俺の好感度ポイントは、俺がした行為にたいしてのみポイントが加算される。しかし、嫌悪ポイントは違う、嫌悪ポイントは異世界人だと特定した使徒が権利者となり、使徒の言霊の天啓にロックオンされた異世界人は、使徒の言霊以外のヘイトコメントからも逃れられなくなる。そのため、嫌悪ポイントは好感度ポイントよりも簡単に稼ぐことができる。


 この数時間で貯まった嫌悪ポイントは5000である。その間に雷鳴が上限坂に送ったヘイトコメントの数はたったの5件に過ぎない。使徒は異世界人を特定するのにかなりの時間と労量を有するが、一度見つけてしまうと後はボーナスステージに突入して楽チンである。しかし、このボーナスステージに突入するには、SNSなどを使用している事が大前提である。上限坂のようにSNSなどを全く利用していない異世界人から多量の嫌悪ポイントを入手するには難しい。だからこそ、上限坂は強引とも言えるやり方でオーディションに参加させられたのだろう。


 雷鳴の次の手段は、ファンレターを装ったヘイトレターである。文字にすることによって異世界人の心をぶっ壊す言霊。ネット社会に適した攻撃方法だが、上限坂のようにネット社会に背を向けた人物には分が悪い。上限坂を苦しめるのはオーディションでのコメントだけだ。オーディションのコメントは動画には残されていない。今の上限坂を苦しめる媒体は存在しないので、徐々に上限坂の心は穏やかになっていた。


 「もう一度ヘイトコメントを見返したら誰が悪魔なのかわかるかもしれない・・・でも、それは悪手だろう。あのヘイトコメントは麻薬のようなモノだ。見れば見るほど心が蝕まれていく。いや、それどころか、心が浸食されて生命力が奪われている気がする」


 上限坂の推察は当たっていた。俺は使徒を探すためにヘイトコメントを何度も見返した。それにより得た情報は偽物であり、さらにヘイトの闇に引きずり込まれるだけだった。

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