第77話 新しいムーブメント

 「彼が松井山手駅のホームで見つけた六道 昴君です。最近身長も伸びて178㎝もあります。ルックスも文句の付け所のないイケメンで外見に関しては完璧です」

 「そうね。外見に関してはパーフェクトね。でも、今のモデル業界は外見だけでは通用しないのは知っているわね」


 「はい。昴君が内に秘めたるポテンシャルの高さは未知数ですが、この完璧の外見なのに謙虚で誠実です。モデルに限らず芸能界で成功するのに一番大事なのは謙虚な気持ちと誠実な心だと思います。この考えはシルバー事務所の理念でもあります。昔の芸能界は暴力・ハラスメント・浮気などは特権のように行使し、誰も止める事もせずに称賛する者さえいました。しかし、今のSNSが発達した世界では、このような悪行が許される世界ではありません。人よりも優れたスペックを持つ者は、傲慢かつ横柄になる事が多く、謙虚さ誠実さを全く持ち合わせていません。昴君は高校1年生でこのルックスとスタイルですが、非常に謙虚で誠実です。先ほどのオーディションの映像を見れば一目瞭然です」

 「そのようね。妃(きさき)さんや社長が写メを見て気に入った事だけの価値はあるようね」


 「はい。妃さんも社長も写メを見て、昴君の優しいオーラを感じ取る事が出来たのだと思います。それに、笑の嗅覚も昴君はモデルとして成功すると感じています」

 「うん、うん」

 「シルバー事務所が望んでいる逸材と言えるのね。でも、今の世論は私達の目指す方向とは真逆です」


 「はい。今回のオーディションも誠実で謙虚な上限坂君は、口舌バトルでみじめな姿を晒す事になり、かなりのイメージダウンになってしまいました。上限坂君はSNSの活動をせずに本来のモデルの形にそり、雑誌をメインに地道に活動をしていました。その地道な活動により人気も上昇し、今回のオーディションに参加する事ができたのに残念な結果です」

 「うん、うん」

 「残念な結果というよりも当然の結果と言った方が正しいでしょう。今の世論は悪意に満ち溢れています。称賛よりも侮辱、敬愛よりも嫉妬、賛美よりも憎悪、SNSやYチューブによりモデルとファンの距離が近くなった事は喜ばしいことですが、ファンではないアンチとの距離も近くなってしまいました。アンチはモデルをバカにすることで優越感を得て興奮する自己満足者です。この自己満足者によってモデル業界も悪意に満ちた世界になりました。この悪意に満ちた状況では誠実と謙虚も悪意の対象になり、上限坂君のように簡単につぶされてしまいます。昴君もオーディションで滅多打ちされたはずです」


 今のモデル業界を支えているのはファンではなくアンチである。アンチたちがコメントでヘイトを浴びせオーディションを盛り上げる。正義を讃えず悪を讃える事でさらにオーディションは盛り上がり視聴者が増えていく。その視聴者の中に純粋なファンが現れてモデル業界の礎になっている。なので、ヘイトを浴びせるアンチは必要悪としてモデル業界としては規制をする事は無い。そんなモデル業界に反発をしているのがシルバー事務所であった。


 「昴君が敗退するのは計算のうちです」

 「うん、うん」

 「知っているわ。知名度をあげたかったのね」


 「そうです。配信口舌バトルオーディションを成功させた鳳凰事務所は、今は乗りに乗っています。特に鳳凰の一押しモデル笠原 愛子は、今や若手モデルの超新星として多くの雑誌や広告に起用されて注目度を増しています。今回のオーディションでも圧倒的大差で勝ち上がり【2023ジェムストーン】に出場するのは間違いないでしょう。笠原 愛子は毒舌悪女キャラとしてYチューブで話題になりました。鳳凰事務所では、早い段階からYチューブを利用してモデルのイメージ作りをし、個性的なモデルを排出しています。シルバー事務所も最近になってYチューブに力を入れましたが、鳳凰事務所との差は歴然です。このままでは鳳凰事務所が日本最高峰のモデル事務所になってしまうでしょう。なので、私達は私達のやり方で新しいムーブメントを起こすべきなのです。そのムーブメントを起こすのが昴君です。まずはムーブメントを起こす為の布石が、口舌バトルでみじめな敗北をした昴君の姿です。悪い意味で有名になった昴君に興味を持った人がたくさんいるはずです。まずは、その人たちを昴君の虜にしてみせます」

 「うん、うん」

 「勝算はあるのね?」


 「もちろんです。ムーブメントの作戦を立てたのは笑です。私は笑の頭脳に絶対の信頼を置いています。もちろん、私だけでなく、妃さん、社長、そして専務もですよね」

 「うむうむ」

 「そうね。今回の件はすべて二人に任せるわ」


 「ありがとうございます」

 「うむうむ」

 「期待しているわ」


 鼓さんから専務取締役の琵琶さんへの報告は終わり、俺は一言も発することなく専務室から出て行った。

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