第48話 正義の味方


 「山本さん、こんな人は無視して戻るわよ」


 丸川さんは山本さんの手を引いて戻ろうとするが、恐怖に怯えた山本さんは動く事が出来ない。


 「丸川、久しぶりに会ったんだから一緒に遊びましょ」

 「嫌よ!」


 「丸川、磯川高校には私の友人の木原君がいるわ。私の誘いを断るなら木原君にお願いして、そこの豚を徹底的にいじめてもらうようにお願いするわ」


 笠原さんと木原は不良仲間であった。


 「うううぅぅ・・・」


 山本さんは木原と同じ中学の出身なので木原の恐ろしさを知っている。自分がいじめられると思った山本さんは怖くて泣きだした。


 「そんなことはさせないわ」

 「それなら私と一緒に遊びましょ。あっちにくろんど池があるからそこで泳いでみせてよ」


 煌煌の笑みで笠原さんは丸川さんを見る。


 「笠原さん、何その面白いイベント!とても興味があるわ」


 笠原のツレである広瀬さんがうれしそうに同調する。


 人物紹介 広瀬 奏 (ひろせ かなで)  縄手学院1年生 158㎝ セミロングの茶髪の女性。笠原さんの友達。


 「わかったわ」


 丸川さんは山本さんを守るためにくろんど池に向かった。山本さんは恐怖に支配されて涙を流して震えることしか出来なかった。


 丸川さんが笠原さんと一緒にくろんど池に向かった数分後に俺は山本さんと遭遇する。


 「山本さん?どうしたの」


 泣いている山本さんを見かけた俺はすぐに声をかける。


 「ろ・・・六道君」


 山本さんは無理やり押し出すように声を出す。


 「何があったの?一緒にいた丸川さんは何処に居るの?」

 「た・・・たすけて・・・」


 か細い声で山本さんは訴える。


 「わかった。でも、俺は何をすればいい」


 山本さんの助けを求める必死の声に俺は緊急事態だと気付く。


 「く・・ろんど池に・・丸川さんが・・・丸川さんが・・・」


 恐怖に支配されている山本さんは冷静に告げる事が出来ないが、くろんど池に丸川さんがいると直ぐに理解する。


 「くろんど池に丸川さんがいるんだね。そこに行けばいいんだね」

 「うん」


 小さく山本さんは頷いた。俺は全速力でくろんど池に向かった。




 「さぁ、ここから飛び込むのよ」


 くろんど池の中心にかかる橋に3人はいた。そこで丸川さんは笠原さんに飛び込むように促される。この辺りの水深は160㎝ほど、丸川さんの身長は155㎝なので溺れて死ぬ可能性はある。くろんど池の近くには学生や一般客もいるので異常事態が起きればすぐに気が付くだろう。しかし、そんな状況下を笠原さんは楽しんでいるようだ。


 「無理よ」


 くろんど池の水は透き通るような綺麗な水とはいえない。池の底は薄っすらと見えるがプールに飛び込むのとは全然違う。


 「約束が違うじゃない。あなたが飛び込まないとさっきのデブは高校を辞める事になるわ。木原君は女でも容赦なく殴る男女平等の紳士なの。あなたは木原君の事を知らないかもしれないけど、アイツは人間の皮を被った悪魔。暴力に愛され暴力で支配する私の大事な仲間。私のいう事なら何でも聞いてくれるのよ」


 笠原さんの狂気に満ちた笑顔は木原と似た感覚がある。おそらく二人の考えや思考が似ているのだろう。


 「飛び込んだ方がいいと思うわよ」


 嬉しそうに広瀬さんが促す。


 「その辺でやめておけ」


 丸川さんの最大の危機に助けに入ったのは俺ではなかった。


 「羅生天(らしょうてん)・・・。私の邪魔をするの!」


 人物紹介 羅生天 龍神(らしょうてん りゅうじん) 縄手学院1年生 身長181㎝ 体重60㎏ 肩まで伸びた銀髪に金色のメッシュの入った男性。かなりイケメンだが、目つきが悪く見る者は恐怖する冷酷無比な顔。


 「くだらない」


 羅生天の銀色の瞳は冷酷さを倍増させる。羅生天に睨まれた者は恐怖の沼に沈む思いになる。しかし、普通の感情を持たない笠原さんにはそれほど効果がない。一方、広瀬さんは完全にビビッてしまい逃げ出した。


 「相変わらず恐ろしい目をするのね。でも、修羅場をくぐってきた私には通用しないわ」


 悪に染まれば染まるほど人は冷酷になる。笠原さんはどのような修羅場をくぐって来たのだろうか?


 「殴りあえばお前に勝ち目はない」


 不動の佇まいの笠原さんに対して羅生天は力での制圧に乗り出す。


 「私を殴ればあなたは退学よ。それでも私を殴れるのかしら?」


 笠原さんははったりでなく本当に殴られる覚悟を決めている。それはプライドではなく恐怖を知らぬ歪んだ意思のように思えた。しかし、羅生天はすぐに行動に移す。羅生天が動いたかと思うと、笠原さんはその場に倒れ込んでいた。


 「君、大丈夫」


 羅生天は、ロボットのような感情のこもらない冷酷な口調で声をかける。


 「あ・・・ありがとうございます」

 「気にするな」


 羅生天は何事もなかったかのように立ち去ろうとした。


 「丸川さ~ん」


 俺は橋の上にいる丸川さんを見つけてすぐに助けに向かった。

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