第46話 募る不安
あれから数日が過ぎた。御手洗の親父の自宅や会社が捜査されて数々の悪事の証拠が見つかった。警察が迅速に動いたのは理由があった。それは、御手洗の親父は不正な取引や強引なやり方で、いろんな所から被害届が出されていたからである。痴漢で捕まえたのは、それを調べる為であった。これらの悪事はテレビのワイドショーでも取り上げれ、御手洗の親父の権力は失墜した。
御手洗はあれから学校へ来ていない。体調不良で休んでいると学校に連絡はあるが、実際の事は誰も知らない。
御手洗の下僕であった都築は、今は上園の下僕になっている。都築のように長い物には巻かれろ精神は、カッコ悪いと思われがちだが、アイツなりに上手く人生を渡り歩く為の防衛本能である。だから俺はそれを否定はしない。
俺は木原が学校へ戻って来た時の為にゴミ拾い活動を頑張った。その成果もあり運動神経レベルを2に上げて、人並みの運動能力を手に入れた。
運動神経レベルを2にしたところで、格闘技経験者でケンカ慣れしている木原に、ケンカで勝てる事はないだろう。しかし俺は出来るだけの努力はしたいので、家の近所にある空手道場に通う事にした。これはせめてもの悪あがきであり、何もしないよりかはマシである。俺は駅でゴミ拾いをして好感度ポイントを貯めてから空手道場に通う。
「木原が戻ってくるのは水曜日だ。あと三日で強くなるのは余りにも短すぎるな。でも、何もしないよりかはマシだ」
俺は自分に言い聞かせる。
「しかし、その前に明日はバーベキュー大会がある。気分転換になればいいのだが」
昔の俺ならバーベキュー大会など楽しめる性格ではなかった。俺はあらゆるインベントをズル休みして参加してこなかったが今回は楽しみである。
俺は明日のバーベキュー大会のしおりを目を通す。班長としてカリキュラムをしっかりと把握しておく必要があるからだ。それにスマホで火の起こし方、料理の仕方、タープの設置の仕方など、明日必要になる知識を頭に叩き込む。俺は万全の体制を整えてから眠りに就くことにした。
バーベキュー大会当日(月曜日)、一年生はジャージ姿で校庭に集合していた。
「上園さん、荷物をお持ちしましょうか?」
都築は上園にごまをすり、クラスでの自分の立ち位置を優位にする努力を欠かさない。クラスのボスになるはずだった御手洗は今日も来ていない。御手洗を早々に切り捨てた都築だが、木原が戻ってきたらどうするのか見ものである。
「六道さんの荷物も僕がお持ちします」
都築はおれにもごまをする。しかし、俺は相手にしない。
「自分の荷物は自分で持つ。それよりかお前は違う班だろ!今から班ごとに分かれてバスに乗るはずだ」
くろんど池バーベキュー場にはバスで行くことになっている。クラスで1台のバスに乗るのだが、班ごとに席が分けられているのでみんな班ごとに集まっている。余談だが都築は御手洗の班ではない。御手洗の集めた陽キャ班に都築は不必要なのである。御手洗、木原がいなくなったクラスメート達は何事もなかったかのようにバーベキュー大会を楽しみにしている。
都築の話しだと、わがままだった御手洗と木原はクラスメートから嫌われていた。しかし、地元では有名な不良であり恐れられていたので、いなくなってホッとしている生徒が多い。
「いいんですよ。僕は二人に付いて行くと決めたのです」
すがすがしいほどの綺麗な瞳で宣言した都築に俺は直視出来なかった。人はここまで立場を逆転できるものだろうか?俺はある意味コイツを尊敬してしまった。
都築は上園に愛想を振りまきながら楽しそうにしゃべっている。上園も都築の天性の腰ぎんちゃくぶりに悪い気はしていない。そのまま都築はバスに乗り込み上園の横の席に座った。その席は俺が座るはずの席だったのに。
「上園さん、冷えたジュースを用意してきました」
都築はリュックサックに小型のクーラーボックスを入れてジュースを冷やしていた。
「お!気が利くな」
上園は嬉しそうにジュースを飲む。
「お菓子も用意してます」
都築はリュックサックからさっとお菓子を取り出して、徹底して上園をもてなす。上園は王様にでもなった気分になり満足げに笑みを浮かべる。全く周りの目を気にせずに上園をもてなす都築の姿にクラスメート達は苦笑いをして見て見ないふりをしていた。一方俺は都築が座る予定の席に座った。
「六道君、余計な事をしてくれたよね」
俺が座った席の隣には福井という小柄の男が座っていた。俺が座るや否やすぐに絶望的な目をして声をかけてきた。
「どういうことだ」
「御手洗君を追い出したことだよ」
福井は高圧的な態度ではなく悲壮感の溢れる態度で泣きそうな声で言う。
「俺が追い出したわけじゃない。学校に来ないのは御手洗の意思だ」
「六道君は何もわかっていないよ」
「どういうことだ」
「御手洗君は不良だけどまだ常識がある」
たしかに木原と違って御手洗は常識があったと言えるかもしれない。退学になると言うと手を出すのを辞めたし、一度は俺の事を見逃してくれた。しかし、それが常識があると言うのか疑問ではあるが、木原に比べたら常識があるという見解だ。
「そうかもしれないが、アイツは悪いヤツだ」
悪とは立場によって変わるかもしれない。俺にとっては御手洗は悪だが、都築にとっては御手洗は正義だったかもしれない。だから一概に誰が悪いとは言えない。だからこそ福井は俺に何かを訴えようとしているのである。
「六道君、木原が戻ってきたらどうするつもりなの?木原は頭のねじが外れた異常者だ。アイツは気にくわない事があればすぐに手を出す悪魔だ。そんな悪魔を抑える事が出来るのは御手洗君だけだ。御手洗君が戻って来なかったら誰も木原を止められない」
福井にとっては御手洗は木原を抑えてくれる正義だった。
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