第36話 決意
2限目の授業が終わるとすぐに俺は上園の席に向かう。上園は昼に木原に呼び出されているので不安で休憩時間もおとなしく席に座っていた。
「上園、少し聞きたい事があるんだ」
「・・・」
上園は俺の方をチラリと見たがすぐに下を向いた。
「御手洗と木原はどういう関係なんだ?」
返事のない上園に対して俺は構わずに声を掛ける。
「・・・」
上園は俺の問いかけに何も答えない。
「六道君、なぜ御手洗君達の事が知りたいの?」
上園の事を心配していた塩野が俺に声をかける。
「ちょっと気になってね」
「そうなんだ。僕が知っている事なら教えてあげるよ。でも、ここでは・・・」
確かに教室の中では誰が聞いているかもしれないので、ここで話すのはよくないのであろう。俺は塩野と一緒に校舎の外に出た。休み時間は10分しかないので端的に話を終わらせないといけない。
「御手洗君と木原君の関係が知りたいんだね」
「あぁ」
「二人は僕や上園君と同じ中学だったんだ。御手洗君は地元では有名なお金持ちで親が大きな会社の社長をしている。木原君の親はその会社の社員なので、御手洗君には頭が上がらないみたいだよ」
「それで御手洗のがリーダーのようにふるまっていたんだ」
「うん。木原君は短気ですぐにケンカをするけど御手洗君にだけは逆らわないよ。たぶん親から注意を受けているのかもしれないと思うんだ」
「ありがとう教えてくれて」
俺は二人の関係を聞くとすぐに教室に戻る。御手洗達と上園との関係も聞きたかったが時間がないので次の休憩で聞くことにした。
次の休憩時間は塩野だけでなく上園も校舎の外まで来てくれた。
「上園、俺のせいで迷惑をかけたようだな」
「気にするな。助ける事も出来ないのに調子にのった俺が悪い」
「そんなことはない。お前のおかげで助かったよ」
「それならよかった・・・」
「上園、御手洗達とはどういう関係なのだ?」
「御手洗と木原は中1の時、同じクラスだったんだ。俺は気が小さいから小学生の時からみんなからいじめられていた。だから、中学になったらいじめられないように虚勢を張ったんだ。しかし、入学早々に些細な事で木原と口論になり、いつしか殴り合いのケンカになってしまった。ケンカなどした事のない俺は木原にボコボコにしばかれた後、中学の1年間はあの二人に奴隷のように扱われた。しかし、学年が変わってクラスが別々になると、いじめの標的は俺から別のヤツに変わった。そのおかげで俺はいじめられなくなった。でも、このままじゃいけないと思って、本当に強くなるために柔道を始めた。背も急に伸びてきた俺は2年間必死に柔道に打ち込み、肉体的にも精神的にも強くなったと思っていた。しかし、入学式でアイツらの姿を見て体が震えた。俺は強くなったつもりだったが・・・あいつらへの恐怖心は消えていなかった」
「それならどうして俺を助けに来たんだ!」
「ここで逃げてはダメだと思った。だから、お前がアイツらに絡まれている姿を見て黙って見過ごす事は出来なかった。でも、やっぱりダメだった。あの二人を見ると体が硬直して怯えてしまう。俺はアイツらが怖い・・・」
一度植えられた恐怖心をぬぐい去るのはとても大変である。強くなるために2年間柔道をがんばったが、今でもその恐怖は消えることはない。でも、上園はその恐怖心と真っ向勝負して俺を助ける為に御手洗達に声を掛けた。その勇気は賞賛に値する。結果はどうであれ・・・。
「昼休みはどうするつもりなんだ」
「行きたくない・・・でも、行かないと・・・」
上園は大きな体を震わせて怯えている。御手洗達に植え付けられた恐怖心に飲み込まれているのだろう。その気持ちは痛いほどわかる。俺も女性職員に植え付けられた恐怖心で長い年月引きこもる事になった。この恐怖という殻を破るには生半可な勇気では壊す事はできない。上園は俺を助ける為に1度殻を破る勇気を振り絞った。しかし、御手洗達の威嚇を前にして恐怖に飲み込まれてしまった。
「一緒に行こう・・・」
「・・・」
俺は考えるよりも先に言葉が勝手に出てしまった。それは、俺を助けに来てくれた上園への感謝というよりも、俺自身の殻を打ち破る為の必要な試練だと感じたからである。このまま上園を1人で向かわせるという選択肢もあるだろう。もし、その選択肢を選ぶなら最初から御手洗の班に入って上園を巻き込まなければよかったのである。俺は自分が選んだ選択肢に責任を取る必要もある。それは第二の人生を謳歌するために避けてはならない分かれ道でもあると俺は感じた。
「もとはと言えばこれは俺の責任だ。俺も一緒に行ってきちんと話をつける必要がある」
「本当に・・・いいのか。お前もアイツらの標的になるかもしれないのだぞ」
もう俺は木原の標的になっている。御手洗の気持ちが変わればすぐに俺をいじめに来るだろう。俺は上園のためというよりも自分の為に行く。
「これは俺の問題でもある。お前が来るなと言っても俺は行く」
「・・・ありがとう」
上園の目にはうっすらと涙が溢れていた。それは安堵の涙であった。
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