第24話 電車

 「いってきます」


 俺は自分から元気よく声をかける。以前の俺なら挨拶もろくに出来ない小心者であった。


 「いってらっしゃい、昴」


 母親は手を振って見送ってくれた。高校生になっても母親に手を振ってもらうなんて、以前の俺なら恥ずかしくてありえない光景だった。しかし、今の俺に恥ずかしさはない。20年間引きこもっていた俺を暖かく見守ってくれていた母親には感謝の気持ちしかないからである。20年も引きこもっていた俺よりも、大事に育てた息子が20年も閉じこもってしまった母親のが辛かったのかもしれない。育て方が間違っていたのかもしれない、私が何かしてあげれば何か変わったかもしれない、父親がいれば引きこもりにならなかったのかもしれない、母親は俺を責めるよりも自分を責めていた。だからこそ、20年間閉じこもっていた俺を責める事もなく、暖かく見守っていたのであろう。本当は俺が全て悪いのに・・・。二度目の人生は母親にそのような思いを絶対させたくない。


 俺は自転車に乗り松井山手駅に向かう。俺が乗るのは7時15分発の普通列車である。なぜ、その普通列車に乗るのかというと、松井山手駅発の列車なので座ることが出来るからである。学生なら椅子に座らずに立てばいいという厳しい意見もあるだろうけど、満員電車ですし詰め状態になるとチカンに間違われる恐れがあるので、安全に配慮して椅子に座るのである。

 駅に到着すると時計の針は7時10分を指していた。3年間通った通学路なので時間の感覚は完璧である。俺はいつもの決まった車両の列に並ぶ。だいたい決まった車両には同じ人が乗っている。この車両には女性の乗客は少ない。俺はチカンに間違われないように最善の策を取っていた。しかし、それは30年以上の前の話しである。今は女性車両もあるので、あの時よりかは女性に遭遇する可能性も少ないと思っていた。


 「電車に乗るなんて何年ぶりだろう」


 20年は引きこもっていたので、最低でも20年は電車に乗った事はない。


 「あれ?あれ?あれ?」


 俺は先頭の車両に並んでいた。急いでいる人達は中央の車両に乗るので先頭の車両は比較的に空いている。しかし、俺の後ろには人が並び始めた。しかも・・・


 「なんで女子高生が俺の後ろにいるんだよ」


 俺は心で呟いた。俺の真後ろに3人組の女子高生が並んでいた。微かに香る甘い匂い、微かに聞こえる呼吸音、そして背中に突き刺さる異様な視線。後ろを振り返らなくてもすぐに気付いてしまう。


 「めちゃイケメンよ」

 「うん、うん、背も高い」

 「あの制服は磯川高校でしょ」

 「うん、うん」


 少し離れたところからも女子高生特有の甲高い小鳥の鳴き声のような声が聞こえてくる。


 「え~、縄手学院だったらよかったのにぃ~」

 「うん、うん。イケメンの後輩欲しかった」


 縄手学院とは俺が通う磯川高校の少し離れた所にある私立の偏差値の高い高校である。俺は後ろの女子高生の視線と少し離れた女子高生の会話に無意識に五感を尖らせていた。

 電車がホームに止まったのですぐに電車に乗り込む。松井山手駅発の電車なので席は空いている。ホームから席に座る為に人が続々と入って来る。俺は角の席にすわりたかったのだが、おじさんがいち早く座ったのでその隣に座る。すると俺の横に後ろに居た女子高生が座った。俺の人生で隣に女子高生が座ることなど一度もなかった。女子高生どころか若い女性が座ることさえなかった。俺は緊張して下を向いた。


 「笑(えみ)、こっちこっち!」

 「うん、うん」


 さきほど少し離れた所に居た女子高校生二人組が俺の乗った車両に駆け込んできた


 「マジ、やば!」

 「うん、うん」


 まだこの車両内には空いている席はある。しかし、2人の女子高生は一直線で俺の前に立ちはだかる。


 「あの~磯川高校の方ですかぁ~」


 声を掛けてきたのは、俺の目の前に立った赤色のセミロングボブの可愛らしい小柄の女子高生である。


 「は・・・い」


 俺は緊張して顔を上げる事ができない。


 「その子困っている」

 「たしかに・・・でも、名前を知りたい」

 「うん、うん。名前だけでも聞いとこ」

 「あの~名前を教えてくれませんか」

 「・・・六道・・・・・・昴です」

 「六道昴くんね。私は日車 鼓(ひぐるま つづみ)縄手学園の2年生よ」

 「銀 笑(しろがね えみ)16歳おとめ座、身長165㎝、スリーサイズは秘密、左利き、縄手学院2年生、軽音楽部所属、好きな食べ物は牛丼、嫌いな食べ物はキュウリ、ゲームはFPS、漫画はギャグマンガ専門」

  

 銀さんは早口で自己紹介する


 「・・・」

 「笑、自己紹介長い!昴君が困っているわ」

 「ごめりんご」

 「い・・・え・・・大丈夫・・・です」

 「昴君、よかったら仲良くしてね」


 鼓さんは目がくらむような天使の笑顔で声をかけるが、俺は緊張しすぎてずっと俯いていた。


 「は・・・い」

 「笑、き~ちゃんが乗る車両に移るわよ」

 「うん、うん」


嵐のようなに現れた鼓さんと笑さんは別の車両に移動した。


 人物紹介


 日車 鼓 (ひぐるま つづみ)16歳 縄手学院2年A組 赤色のセミロングボブ、大きな青い瞳、小さな口からはキュートな八重歯が生えている。 身長155㎝ 性格は明るく活発的でかなり面食いであり只今恋人募集中。

 銀 笑 (しろがね えみ)16歳 縄手学院2年A組 銀髪のショートカット 身長165㎝ いつも鼓と行動を共にしている。鼓の背後に居ておとなしそうにしているが、喋り出すと止まらなくなる。鼓と同様にイケメン好きで只今恋人募集中。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る