レポート.32「謝罪の王」

「クソ重い――!」


 スクエアがした接着魔法で、ゴーレムを負わされたフロアは悲鳴を上げる。

 それに『――重いと思うのは間違いだな』とサウスの持つ【聖剣】は答える。


『何しろ、ここは大部分が仮想世界。イメージ先行で重さを感じなければおのずと楽に動けるはずだが?』


「でも、重いと思えば重いのよ――!」


 叫ぶフロアに「…本当なら俺が持ってあげもいいんだけどさ」と、困った顔をするサウス。


「魔力を辿らなければならない以上、対象に一番近い物体と接触している必要があるってスクエアさんから聞いていて…ごめんね」


「――ってか、何で地上に落ちてるの。もっと近くに行けば良いのに」


 文句を言うフロアに『だから、イメージだって言っただろ?』と、呆れた声を出す【聖剣】。


『お前さんが、ノンの魔力へより意識を向ければ自ずと目標と近くなるはず』


「――簡単に言っちゃってくれてさ。こんな状態で集中できるかよ!」


 周りには、仮想世界の広告画面やアイコンのキャラが旋回せんかいし、地上もツギハギや抽象画ちゅうしょうがになったりと非常に目まぐるしいことこの上ない。


「どうしても落ちて死ぬイメージしか湧いてこないし。こんなひどい最後になるくらいなら、先に家事ゴーレムを買っておけばよかった――!」


 今にも泣き出しそうになるフロアに「だったら、仕事が終わったら背中に負ってるものを改造して自宅に輸送してもらえば?」と、サウス。


「サクライ重工なら、仕事の報酬ほうしゅうでそれくらいのことはできるし」


 それに「いやだ、いやだ。新品が良い!【聖剣】みたいな、中古品で我慢がまんするなんてまっぴらごめんよ!」とフロア。


『――ガーン、だな』と、そこに落胆の声を上げる【聖剣】。


『俺も、今まで色んな勇者の元を渡り歩いたものだが、中古品と言われたことは一度もないぞ』


「フロア、さすがにそれは言い過ぎだよ」と、サウス。


「――というか、こんな時になんだけど【聖剣】って誰に造られたの?ひいひい爺さんの代には、すでに在ったって話だけど」


 落下しながらのサウスの質問に『ああ、俺はエルフにより【オーブ】から加工された神器だからな』と【聖剣】。


『元々、魔法が使えない人間の使用を目的として、魔力の塊である【オーブ】に形と魂を吹き込んだ存在。だから魔力の多い【魔法使い】とは相性が悪いのさ』


「へー、エルフ製だったんだ」と、つぶやくサウスの隣で「――じゃあさ」と、フロアも背負ったゴーレムに目を向ける。


「このゴーレムは?ノンの設計で作られたそうだけど。ゴーレムは何の目的で作られたか知ってる?」


『まあ、人型の前身であるゴーレムはノームやドワーフを始めとして、過去にも何種類か【魔法使い】に作られてはいたが――』と【聖剣】。


『その自立式人形ゴーレムについてなら、当人に聞けば良いだろう』


「え?」


 ――いつしかフロアたちは巨大な球体状に密集したゴーレムの内側にいた。

 内部には魔力が渦巻き、薄く透明な人々の姿が見え隠れする。


『そう願ったからこそ、お前さんがノンの魔力を引き寄せた』


 中央に見える朧げな人影を示すよう、フロアに話しかける【聖剣】。


『――となれば、当人に聞くのが一番手っ取り早いとは思わないか?』



『――ほう、【私】の元に辿り着けるとは』


 ゴーレムが囲う球体の中心。そう答えるノンの姿はおぼろげで、時折、周りの魔力に混じった人影が剥がれ落ち、彼の中へと吸い込まれる。


「もしかして、周りにいるのは…」


 サウスの声に『そう』と答え、渦の端へと触れるノン。


『これは世界が混じった際に肉体を失った魔力と魂の残骸たちだ』


 影たちが次々と体へと吸い込まれていく中、『――かくして【私】はさらなる完全な形へと進んでいく』と、ノンは息を吐く。


『獄中で亡くなった、ただの【魔法使い】ではなく――新たなるノン・エストとして、【私】は形を成すことができるのだ』


 しかしながら、その声はどこか不明瞭ふめいりょう

 男とも女とも言えないおぼろげな姿は、形が整ったとは言えないもの。

 

『――複数の魂が混ざり合っているな。三十年前に、獄中で死んだとは聞くが…おそらく生前に自身の魂をネットに送り込み、ゴーレムを通して魔力を吸収し、あの姿となったのだろう』

 

 【聖剣】の言葉に「そうか!」と、合点がいくフロア。


「そう言えば、記憶の中でも【隠蔽屋】のノースの魂をゴーレムで吸収しているところを見たわ。アザミさんもノン本人にしては違和感があるって言っていたし、魂を吸収しすぎたせいで主体性が失くなりかけているのなら納得がいく」


『…となると、こいつはもはや【魔王】だ』と【聖剣】。


『暴走した魔力の塊である【魔王】は、より多くの魔力を求め周囲のエネルギーを吸い尽くす性質がある。人の姿を保つか魂の状態か――今回のようにネットの中も含まれるのなら、ノンは新種の【魔王】として分類されるだろうな』


「やっぱりあれも【魔王】になるのか…ってか、どうにかできないの?」


 尋ねるフロアに『――せめて核となるノンの魔力が見えればな』と【聖剣】。


 フロアは目をこらすも、人の姿を保つのノンの中で魔力はごちゃまぜになっており「ダメ、どれが当人のものかなんてわかんない」と早くもさじを投げる。


「というかこれだけ混ざっているんだし、当人が自己主張でもしない限り――」


 そこに「なるほど、こちらでしたか」と、男性の声。


 見れば、身なりの良い老人がノンの前に立ち「貴方がノン・エストさんですね?」と指輪をつけた両手を前に組み、深々とノンにお辞儀じぎをする。


 ついで、顔を向けるなり『あ、お前は!』と声を上げるノン。


「そう、私は国民の象徴しょうちょう、国王です」と、ニコリと微笑んでみせる老人。


『嘘だ!』とノンは、そこにすかさず声を上げる。


『王ならば、エルフのもたらした【指輪】によって、ここには来れないはずだ』


 どこか、焦りを見せるノンに「――そうですね」と自身の指輪を見せる王。


「生涯外せず、また魔力を弾くこの【指輪】のおかげで、本来ならば魔力そのものである仮想世界には入り込むことができませんでした――ですので私は、ギルドマスターの持つ【聖弓】の力により、ここまで来ることにしたのです」


 ついで背後に立つルイスと、彼女が持つ弓へと軽く礼をする国王。


「――これは、射ることで方針を告げる弓」と、ルイス。


「王が向かいたい場所を望めば、居るべき【場】をも用意することができる弓」


『痛え』


 気がつけば、サウスの持つ【聖剣】の柄に一本の矢が刺さっている。


「――いつのまに!」


 驚くサウスに『…あの【弓】、俺を目標にしやがった』と【聖剣】。


『次会った時に、ただじゃあおかん』と言う【聖剣】に「まあまあ」とサウス。


「――そして、私がここに来た目的は、ただ一つ」


 ついで、王はノンに向かってゆっくりと頭を下げる。


「私は、貴方あなたの怒りをしずめていただくために、この場へと参りました」


『怒りを鎮める?』


 眉根をひそめるノンに「ええ」と王。


「貴方は、この世に対する不満から多くの魔力を自己に溜め【魔王】へと変じてしまった。歴史からかんがみて、そのような立場へと追い込んでしまったのはこの国の人間。その代表として――私は頭を下げます」


『謝罪…王が、この【私】に…?』


 次第に体がわなわなとふるえ出すノン。

 顔が、肉体が、その形が次第に整っていく。


「ええ。収めていただけるのなら指輪もろとも私の魂も差し上げます。大臣を始めとした従者たちも、次の王を決めるための準備をしておりますゆえ――」


 そう進言する国王に『違う!【私】が目指したものは…そんな矮小わいしょうな存在ではない!』と、ノンは声を上げる。


『【私】が願ったのは完成された【魔法使い】。膨大な魔力を持ち、全てを支配する、種の頂点となるべき存在で――』


 その姿は、いつしか一人の男へと変じていく。


『完成された【魔法使い】とは何かを模索もさくし、自立人形ゴーレムを前身として魂を移し、魔力を使ったネットワークを伝い、ここまで来たのに――それがあわれまれ、同情される?冗談じょうだんはなはだしい!』


 今や、完全な人の姿となったノンに「――そうでしょうか?」と尋ねる王。


「あなた方【魔法使い】は長い過去しいたげられてきた。エルフが魔力無き人間に【宝具】を与え、王家としたことから始まった歴史。その影に、【魔法使い】の犠牲があったことを貴方は存じていなかったのでしょうか?」


『――それぐらい、知っている!』と、噛みつくノン。


『先史以降。多くの【魔法使い】が、王家や派生であるギルドの尖兵として使われ、【魔王】と化して命を落としたことなどは百も承知。だが、それと【私】の目的とは明らかに別物。【私】は魔力と魂の結びつきを研究し、完全な…』


「――なぜ、を目指したのです?」


 その一言に黙り込む、ノン。


「それは貴方自身が不完全だと吐露とろするようなもの。では、なぜ不完全だと思ったのですか。一体、何に違いを感じたのでしょう?」


『それは…』


「――」と、王はノンを見据みすえる。


「魔力の多寡たか優劣ゆうれつはない。生きとし生けるものすべてに差がある…差が無くなれば、わずかな環境の変化でも種が滅ぶキッカケとなりますから」


『…つまり、【私】のしていることは無駄であると?』


 語気を強めるノンに「いいえ」と、王は首を振る。


「貴方は、多くのことをげた。この仮想世界の構築から、文明を推し進めるほどの力を持つ自立式人形ゴーレムの作成まで――」


 国王の言葉と共に三つの指輪が光り出す。


『まさか【私】の過去を――現在と過去と未来を読み解く指輪の力か…!』


 おののくノンに「それだけにしいのです」と、王は悲しげな顔をする。


「――貴方が自身を高めた結果、【魔王】として消滅してしまう…その事実に」


 同時にノンの周囲に青、赤、極彩色と、色とりどりの警告文が出現した――

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