レポート.16「思ったよりも大容量」

「――魔力が逆流して若返ってしまったことには驚いたわ」


 そう言いつつ、スクエアはフロアのために紅茶とクッキーを用意する。


「いえ、お構いなく」と答えながらフロアは椅子に腰掛けるもその目はスクエアから離さない。


「あの…失礼かも知れないんですけど。その状態は、あくまで外見だけですよね。体調面は以前と変わらず、増えた魔力も、今はほとんど残っていないのでは?」


 じっと彼女を見るフロア――その目には枝分かれしたスクエアの魔力が映っており、ところどころ途切れた魔力は正しく循環しているとは言い難かった。


「あら、まるで私の魔力の【流れ】が正確に見えているみたい」


 その言葉に顔をほころばせつつ、ポットに湯を注ぐスクエア。


「昔から、そういう体質なのかしら?」


 それにフロアは「まあ…ここまでではありませんでしたが」と答え、腕に巻かれた植物を見る。


「――先ほど。アナタを追って次元の狭間に落ちた時に、腕輪を介してエルフから魔力の【流れ】を明確に【読む】能力を強化してもらったんです。その影響かと」


 その言葉を聞き「…そう、でも魔力の【流れ】を【読め】る【魔法使い】は、そう多くはないからね」と、ポットの蓋を閉めて蒸らすスクエア。


「ましてや、私より先回りができた以上、私以上に私の魔力の性質を理解している可能性が高いわ――もしかしたら、アナタも私と同じ、次元レベルの空間移動ができるかもしれないわね」


 それに「それは、無理だと思いますね」と即答するフロア。


「私の本質はあくまで【流れ】を【読む】ことに特化している。大学時代に多くの魔法を学びましたが、自分の資質に沿ったもの以外で習得できたものはありませんでしたし、今回もあくまでそちらの魔力を追った結果でしたから」


 それに「…そうね。仕組みは理解できても、他人とまったく同じ結果とは限らない。大学院で教鞭きょうべんを取っているときによく生徒に話したわ」とスクエアは良い香りのする紅茶を注ぐ。


「だからこそ【魔法使い】である私は自身の魔法を陣にすることに尽力したわ。安全にかつ早く物を運べる移動能力は、誰もが使うことができれば、この上なく便利な能力だから。その制作のために私は生涯をかけた――でも、時間切れね」


 スクエアはため息をつくと、ポケットから青い封筒を取り出す。


「魔力返納の書類。若い姿になろうとも、これが未だ手元にあると言うことは、私に返納義務が未だ生じていると言うこと――でも、魔力を返してしまえば陣に込めるための魔力も無くなってしまうから、二度と作ることはできないわ」


「――本当に人生というものは短い」と、嘆息するスクエア。


「でも、それ以前にこの次元を移動する能力の危険性も知られてしまったから、巻き込んでしまった以上、何かしらのペナルティはつくかもしれないけど」


 それに「いや、それは…」と、思わず狼狽するフロアに「――いえいえ、そんなものはありませんよ」と声がかかる。


「起きたのは返納用【オーブ】の暴発事故。むしろ、そちらが公にしたくなかった魔法を無理やり暴くような形になってしまったこちらに責任がありますから」


「あ!係ちょ…おう?」


 やってきたトーチにフロアは声を上げるも、その言葉は疑問符へと変わる。


「いやー、ちょっとヤバくてね」


 疲れた様子のトーチ。

 野人同然の風貌となったハルヒコ。

 ――そして人とも物ともつかない、多分サウスであろう物体がそこにいた。


 

「エルフのタバコは、フロアくんの腕輪と同じように通信もできるものだから、フローくんに頼んで安全な空間の抜け道を探って、ハルさん、サウスくんの順で回収する形でここまで来たんだよ」


 そう言いつつ、タバコを吸おうとしてスクエアに止められるトーチ。


 横にはシャワールームから戻ってきたハルヒコの姿があり、ヒゲを剃り、服を着ると随分ずいぶんと筋肉質な体型になっていた。


「…五年ほどジャングルで生活していましたから。次元の位置によって、環境も時間の経ち方も違うみたいで。まあ、魔力は豊富にあったので端末の魔力吸収能で最低限の機能は保てましたし、こうして生きられた形ですね」


 スクエアから借りたシャツを窮屈きゅうくつそうにボタンで閉じたハルヒコは魔力プリンターから出る光によって人の姿に戻っていくサウスを横目で見る。


「よし、時間遡行じかんそこう魔法も順調に稼働している。それで、トーチさんにお願いがあるんですけど」と言ってトーチに向き直るハルヒコ。


「このスクエアさんの次元移動能力、どうにかして残せませんかね?」


 そうして、部屋を見渡すハルヒコ。


「確かに、サウスのような例もありますが、こちらで研究してうまく活用できれば今後の産業の発展に役立つことは確かです。彼女も以前から魔法陣を残すことに積極的でしたから帰る分だけでも陣の作成を――」


 そこに「…うーん。申し出は嬉しいのだけれど、この次元移動を魔法陣にするのは難しいかも知れないの」とスクエアは頬に手を当てる。


「もし作るとしても、今までとは比べ物にならないほどの複雑な式になるだろうし、制作してきた陣も完成まで最低一年はかかっていたから。そも、帰りの魔力も手持ちにない状態。私も途方に暮れていたの」


 その話を聞くなりハルヒコは「魔力なら問題ないですけどね」と、姿が完全に戻ったサウスを脇に退けると魔力プリンターを机に置く。


「空間同士の魔力の繋がりは残っているので外部から持ってくることは可能です。でも制作に時間がかかるとなると、しばらくはこの世界に――」


 その言葉にふと思いつくものがあり「…あのう」とフロアは声をかける。


「試しでいいんで、そこにある魔力プリンターに魔法陣を入力する機能を出してみてはくれませんか?」


 それを聞いていたハルヒコは「そうですね、やってみないとわかりませんし」とプリンターを手に取り、画面をスクロールしていく。


「ジャングルにいた頃から考えていたんですが、魔法陣を読み込む機能に相手の思考を読み取る魔法を組み込めば、魔力無しでも陣を書き込めるかもしれないと思っていたんです」


 そうして、文字と数字だらけになった画面にさらに片手に持った端末で何かを入力していくハルヒコ。


「――多分、これでいけるはずです。スクエアさん。手を」


 そう言って、白い画面となった魔法陣におずおずと手を当てるスクエア――と、見る間に画面が光だし線が形成されていく。


「あら、まあ。便利」


 そうしていく画面に陣のような模様が浮き出るも、フロアが見る限りではそこに魔力が通っているようには見えない。


「あれ。どうしてだろう、プリンターの魔力も通っているのに?」


 首を傾げるハルヒコに、フロアは前から感じていた通り「失礼します」と告げ、スクエアの手に自分の手を重ねる。


「あ、魔法陣が――!」


 重ねられた二人の手。

 そこから光が溢れ出し、見るまに陣が画面から浮き上がっていく。


「なるほど、立体!」とハルヒコは叫ぶ。


「国内の移動するには縦横軸だけの容量で十分だったけれど、空間全体を把握した上での移動には高さも必要だったというわけか」


「つまり?」と尋ねるトーチ。


「フロアくんが【流れ】を【読む】ことにより、さらに上向きに出力できるようになった。これは画期的な発見だよ」


 興奮するハルヒコの横で陣は青色の光を放ちながらさらに厚みを増し、箱の形へと形成されていく。


「――これが、私の空間移動が形を成したもの」


 感動したように、つぶやくスクエア。


 そこにあるのは複雑な模様の刻まれた美しい箱。

 陣の画面上で浮く箱はゆっくりと回転し、青い光がフロアたちを照らす。


「こんな形、初めて…」


 そうつぶやいたスクエアが手を伸ばすと青い箱は強い光を放ち――気づけば、フロアたちは見覚えのあるラボに立ち尽くしていた。



「あ、所長おかえりなさい!」


「スクエアさん、今までどこに行っていたんですか!」


「なんだ、この青い箱?うわ、データ容量がとんでもねえ」


 フロアたちの周りに人が集まると、誰もが無事なことに安堵したり、目の前に浮かぶ箱に驚いた顔をする。


「どうやら、無事に戻って来れたようだね」


 トーチはそうつぶやいたあと気を失った状態で医務室に連れて行かれるサウスを見送り「――で、どうします?」とスクエアに問う。


返納課こちらとしては魔力を返納したら自由にしていただいても構わないと思っています。今回の件で、魔力無しでも陣が作れることが確認できましたし、騒動自体、こちらの不手際であることは変わりませんから」


 それに「――あの。もしよろしければ、ウチのラボの特別顧問になってくれませんか?」とハルヒコが手を上げる。


「向こうの世界についてスクエアさんは詳しいようですし、今後できた次元移動の検証アドバイザーとして同行していただきたいのですが」


 そう言うと、チラリとフロアの方に目をやるハルヒコ。


「もちろん、フロアさんにも異世界に移動するための陣を作成するときに手伝っていただきたいと思っています」


 トーチはそれに「あー、副業かあ」と声を上げる。


「まあ、上の方にも掛け合って許可が出れば、問題ないけどさ。時間もそんなにかからないようだし、プリンターとかメンテのついでに時間を見て作成すれば、支障はないかな。もちろん、フロアくんが乗り気でなかったら断るけど?」


 それにフロアは目を泳がせるも「まあ、お金になるのなら」とうなずく。


「ちなみにスクエアさんはどうですか?嫌でしたら無理にはとは言いませんが」


 トーチの言葉にスクエアはスッと背筋を伸ばすと「それは、願ったり叶ったりです」と答えた。


「正直、この能力が知られてしまった時点で二度と自分の異世界にはいけないと覚悟していましたもの。逆にチャンスをもらえたようで嬉しいわ」


 そうしてスクエアは微笑み、一同は歓声を上げる。


「さすがはスクエア先生、ここまで出来る人だったとは!」


「うわー、ワクワクするなあ。別の次元なんて初めてだよ」


「医務室でサウスくんの服から未知の物質が発見されたみたい。詳しく調査して、研究に役立てましょう!」


 みんなが喜びの声を上げるなか、フロアはスクエアが小さく口を動かしていることに気がつく。


(ノース。アナタの望んだ平和な未来はここにあったのかもしれないわね)


 微笑むスクエア――その横顔は帽子を被った子供と重なって見えた。

 

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