レポート.15「あちらにこちらに」

「いったい…」


 思わずつぶやくフロアの横で「君たち、信号が変わるから端によって」と声がかかり、光る棒を持ち、青い制服を着た男性がフロアたちを誘導しようとする。


 そこに何かを察したトーチが「ああ、スミマセン」と頭を下げ「ここは歩き続けよう」とフロアたちに耳打ちした。


「どうも立ち尽くしていると不審に思われるようだね。人混みに沿って歩いて、たむろっているあたりで話をしよう」


 そして歩き出すも、フロアの視界の周りには見慣れぬものばかり。


 ガラス張りの高い建物に無数の広告と思しき文字が並び、チカチカする光や店の宣伝の声がそこかしこからあふれている。


「なぜだろう。家事ゴーレムに似たものがあるようだけど、魔力を動力としているようには見えないな」


 ハルヒコのつぶやきに「そうだよね」と同意するサウス。


「それにドワーフやノームの姿もない。他の種族はどこにいるんだろう?」


 飛ばない車が道を走り、誰もが通信端末を思しき板を手に持って歩いている。


「忙しないな。彼らはいつ休んでいるんだろう?」


 首を傾げるトーチにハルヒコが「あ、ラボから電話だ」とポケットに入れていた通信端末を取り出し、耳に当てる。


「良かった、魔力は通じるようだ――もしもし?」


 そうしてハルヒコが話をするなか、トーチは四人座れるベンチを見つけ、フロアたちに座るよううながす。


「――というか、ここは何処どこなんでしょう?」


 ベンチに座るフロアに「わからないね」と、隣に腰掛けるトーチ。


「昔、親父の巡礼で色んな国を回ったけれど、少なくとも思い当たる節はないね」


 そこに「あ、スクエアさんがいません!」とサウスが声を上げると「…それはちょっとマズイな」と頬をかくトーチ。


「ここに来たのは彼女の魔法が大元だろうから、居てくれないと帰れない」


「――そうなると、追跡の陣を使います?」と、そこに通話を終えたハルヒコがやって来る。


「魔力が繋がるなら魔法陣管理局にも繋がるでしょうし。プリンターに入っている追跡魔法を使えば、魔力の移動範囲を追うことができますよ」


「――ん。じゃあそうしましょうか」


 そう言ってトーチが筒から巻物を取り出すと、ハルヒコが覗き込み「あ、その機能を使ってください」と横合いから指示を出す。そんな彼らをチラチラ行き交う人々が見るも、用事があるのかすぐに立ち去っていく。


「うーん、本当に忙しない」


 思わず呟くトーチに「あ、これですね」とハルヒコがプリンターから検索したスクエアの顔をタッチする。


「親父の代から制作されているデータバンクですからね。個々の魔力の特性記録から寿命予測まで更新がされいていますし、精度はピカイチですよ」


 そう言って『追跡しますか?』のパネルをタッチするハルヒコ――同時に画面に一本の線の軌道が浮かびあがり「よし、出ましたね」とハルヒコはうなずく。


「ようは、この線の先に向かえばスクエアさんに会えるってことだな」


 そう言って立ち上がるサウスに「ああ、そうだね。早めに見つけてあげないと」とハルヒコもベンチから腰を上げる。


「――そういえば、ハルさん。さっき話していたのはラボの人たち?」


 歩きつつも尋ねるトーチにハルヒコは「ええ」と、うなずく。


「同行していたスクエアさんの秘書も一緒に。彼らが観測した限りでは、どうも僕らは別次元にいるらしくて。ラボに連れ戻すための方法を今も調べているようですが、上手くいっていないようですね」


「他の次元となると…異世界か」と独りごちるトーチ。


 それに「ああ、それと」と画面から目を離さずに続けるハルヒコ。


「秘書の方もずいぶん心配されていましたけれど、どうもスクエアさんには以前から少し問題があるようで――」


「問題?」


 思わず尋ねるトーチに「ええ」とハルヒコ。


「実はスクエアさん、超弩級ちょうどきゅう方向音痴ほうこうおんちらしいんです」



「――あれ、ここ何処よ」


 フロアが声を上げたのはシダ植物が鬱蒼うっそうと茂る密林。頭上には膜を持った鳥ともトカゲともつかない生物が飛びかい、不気味な声を上げている。


「え、サウス?係長?みんな…」


 慌てて出した携帯端末の画面は砂嵐一色。

 通話はおろか、使うことさえ困難に見えた。


「どうしよう、これ――」


 そう言いかけるフロアに『まったく、自身の座標も把握できないのに空間移動能力を持つ【魔法使い】の跡をつければ不安定な力場に飲まれるのは目に見えているだろうに』と呆れた声がする。


「え、誰?」


 思わず周りを見渡すフロアに腕に付いた植物の腕輪が光り『こちらはエルフのフローだ』と声がした。


『奥方の残した魔力が急に別次元へ移動したからな。気づかないわけがない』


「ちょっと待って。そうなると他の人たちは――」 


 腕輪に話しかけるフロアに『今のところ、散り散りになっているだろうな』と、興味なさげに答えるフロー。


『もっとも、エルフのタバコ伝いにトーチの居場所はわかっている。奴なら神の【加護】があるだろうし、他も簡単に死ぬような連中じゃあないしな』


「…正直、信用して良いかわからないけれど」


 そうつぶやくフロアに『どのみち、こちらとしても奥方の魔力を異なる次元に留め置くわけにはいかないからな。速やかに戻れるように手筈てはずを整えよう』と、フローは答え、同時に腕輪が光り出す。


『奥方の魔力を少し活用し、そちらの持つ魔力の【流れ】を【読む】力の精度を上げる。相手の魔力を辿たどって行けば問題なく着いていけるだろう』


 次第にフロアの視界が変化していき、足元が不安定になる。


『ただ、魔力の流れを完全に読むということは【魔法使い】そのものを知ることと同義。その辺りはよく理解しておくように――』


「ちょっと待って。意味わかんないんだけど」


 フロアはそう文句を言うも、すでにフローの声は聞こえなくなり――気が付けば、フロアはセピア色の建物の並ぶ路地に立っていた。



(――なんだよ、こんなところまで追ってきたのかよ)


 降り出した雨の中。

 一人の子供が路地裏で顔を上げる。

 

 大きな帽子をかぶった、どこか見覚えのある子供。

 その向かいには一人のスーツ姿の男性が立ち、子供に傘を差し出す。


(帰るぞ。ここはお前がいるべき世界ではない)


 それに大きなカバンを持った子供はそっぽを向くと(どこに行ったって、同じだろうに)とねたように声を上げる。


(また、あの家で隠れ住むんだろ?いつまでいれば良いんだよ)


 その言葉に男はため息をつくと(少なくとも、俺たちの世界の情勢が落ち着いて、お前さんが独り立ちできるまでだ)と、さらに傘を前に出す。


(次元を移動できる能力はかなり希少だからな悪用されれば大変なことになる。まあ、いま手続き中の戸籍の取得が完了すれば多少は落ち着けるはずだが)


(――そうなるとこっちは【隠蔽屋いんぺいや】の子供になるのか?)と皮肉に笑う子供。


(まあ、【魔王】に村が潰された時点で、行き場なんて無くなっていたからな。今更どんな立場に移されようとも文句は言えないさ)


 子供はそう笑うが、その目はどこか虚ろ。


(本来なら、お前のような人間を出さないよう、俺らのような人間が影となって働いているんだけれどな)と【隠蔽屋いんぺいや】と呼ばれた男はため息をつく。


(国内外での冷戦に紛争。【魔王】の出現による被災。いつになれば世の中マシになるのか――で、こっちで何を見つけた。大事なものが入っているんだろ)


 その言葉に子供は、ほんの少しだけ顔を明るくさせると(アンタも見るか?)とカバンの中から四角い箱のようなものを取り出す。


(金貨を両替した店の近くで見つけたんだけどさ。店主に聞いたらインスタントカメラっていうらしいぜ。その場で撮ったものが現像されるんだ)


 子供はそう言うと近くの建物に箱を向け、ボタンを押す。

 ついで、一瞬の光と共に箱の下部から一枚の紙が出てきた。


(――これが、ちょっと面白いんだ)


 そうして、取り出した紙を子供はしばらく振り、男に見せる。


(ほら、目の前の風景が写っているだろ?)


 男は紙を手に取ると(…ふーん、確かに近くの景色がそのまま枠に閉じ込められた感じがするな)と一瞥いちべつしてから子供に紙を返す。


 それに(――だろ?)と、興奮した顔をする子供。


(これ、【写真】って言うんだけどさ。これを使って、いろんなところを写したいと思っているんだ。あっちこっち移動できるなら、その景色を収めてみたい)


 それに(…まあ。外に出さないのなら、好きに使えば良いが)と、男は視線を泳がしつつ、どこか思案げな顔をする。


(そうだな。もし、これから本気で自由に生きたいと思ったら勉強をしろ)


(は?)


 思わず声をあげる子供に(いやなに。お前さんが能力を自分で管理して、安全に生きていける方法をずっと考えていたんだよ)と男は答える。


(お前さんが大学で学んだという体で――まあ国内に限ってだが、移動や輸送の魔法を提案すれば、研究者として生きていけるんじゃないかと思ってな。物資の安全な輸送方法は国の最重要課題だし、お前の性にも合うだろうからな)


(要は、向こうの世界で学者になれば自由が手に入ると?)


 尋ねる子供に(ああ、優秀ならな)と男は上を向く。


(ただ、この次元を超えた空間移動については隠したままにしろ。強力な能力の露見はいらん争いや危険を生む)

 

 そこで男は少し言葉を切ると(――まあ、本当に平和な時代になったら、どうなるかはわからないけどな)とつぶやき、帽子越しに子供の頭を撫でた。



 気づけば、フロアはコンクリートの部屋の中。

 大量に【写真】が貼られた部屋の中で呆然と佇んでいた。


「――そうだ。スクエアさんの魔力を辿ってここに来たんだった」


 室内を見渡せば、棚にはいくつものカメラが並び、壁の写真に貼られた写真には古ぼけてはいたが男性の姿や帽子の子供の姿もあった。


「…あら。一人でこの場所に来たと思っていたけれど、もしかして私の魔力を辿って、アナタもついてきてしまったの?」


 見れば、ドアの先には大きな帽子を被った若い女性。


 ジーンズにシャツ姿。

 使い古された大きなカメラを胸に下げ、女性はフロアに微笑みかける。


「私はスクエアよ。驚いた?」


 そう言って、今や若い女性の姿となったスクエアはフロアに近くの椅子を勧め休んでいくよう告げた――

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