レポート.9「好みは人それぞれ」
「――六号と八号が機能しなかったか。本番に接触事故がいくつか出るのは想定していたが…次回から精度を上げんとな」
第一陣から【森】が遠のいたあと。
ドワーフのカリンはボヤきつつも地面に散らばるオーブを回収する。
「次回って、この先【森】が来るのは、俺たちの代よりずいぶん先でしょうに」
その言葉に呆れ返るハスラー。彼は回復後に(俺は、まだ動けますから!)とだだをこね、結果として【魔獣】の残党狩りと回収班の護衛を任されていた。
「そんな先のことより、回収した魔力で新しい発明をするとか、もっと建設的なやり方があるでしょうに」
槍を構えつつ、周囲を見渡すハスラーに「――では、その【次】が【いつ】になるか。お前さんは、正確に分かるのかい?」と優しい調子ながらも鋭い指摘をするカリン。
「えっと…」
戸惑うハスラーに「つまりはそう言うことさね」と、カリンは回収したオーブの魔力量を覗く。
「それがいつ来ても良いよう、こちらは万全の体制を整えておく。もし、我々の代に来なくとも、そのノウハウは後世に伝えられ、将来役に立つはずさ」
そう言いつつ、カリンはオーブを大切そうに荷台に詰め込むと「それに、これほどの恩恵をもたらしてくれる存在も滅多にないからな」と紐を結びつける。
「恩恵?」
思わず聞き返すハスラーに「ああ、見ればわかるだろうに」と大量のオーブがひしめく荷台をゆする。
「今回採っただけで、国の人口の三分の一を
ついで、紐の先をハスラーに渡し「じゃあ、これを坂の上の本部まで持っていってくれ」と同じく紐で繋がれた大量の荷台を指さす。
「これは最近開発した特殊魔力紐でな。理論通りいけば、通常の倍以上のものを引っ張れる。まだ試運転の段階だが、お前さんは若いしちょいと持ってみてくれ…ああ、失敗してもぎっくり腰くらいで済むはずだ」
言うなり、カリンは年に似合わない速度であっという間に坂の上へと行く。
「じゃあ、ここまで頼むよ」
それに「人使いの荒い爺さんだよ、まったく」と言いつつハスラーは歩き出す。
「『【森】は一見脅威にも見えるが、大きな利益をもたらす存在にもなる』か…本当かねえ?」
――その十分後。
ハスラーは坂の上でぎっくり腰となった。
*
「…つまり、あの【森】は古代エルフの奥方で、百年前に味わった懐かしい甘味を求めてこの土地を目指していると」
カラオケ店で一通りの曲を聴き終えた後。
まわりくどい暗号のような詩をかいつまみ、トーチはフローに確認をする。
「まあ、そう言う事だな」
そう言うと、モニターのCMソングや周囲からの歌声に耳を塞ぎつつ、フローは不機嫌そうに話を続ける。
「高貴な身分のお方ゆえ、このような
「あの…それって、半ばボケてるってことじゃあ」と余計な一言を加えるサウスをひじで小突き「では、その甘味とは
「――それが分かれば、こちらも困らない」
それにフローは肩をすくめ「騒がしい。場所を変えよう」と立ち上がる。
「あ、フロントさん?返納課につけといて」
素早く、室内の電話で会計をお願いするトーチの横で、フローはドアを開けてスタスタと外へ出ていく。
「うわ、エルフってくっそ足が速い」
思わず悪態をつくサウスの言葉もなんのその。
「詩には名こそ無かったが、高貴な奥方が好む味。おそらくこの界隈で名のある店に行けば、目的のものを探し当てられると思うが――」
風を切りながら繁華街を
「ちなみに、探し当てたらどうするつもりだい?」
早くも一緒に歩くのが面倒になったのか。
近場にあった魔力で動くレンタルキックボードで並走するトーチ。
それにフローは「一応策はあるが…」と思案げな顔になる。
「なにぶん、奥方の今の姿は当時とはかけ離れていることは確か。店に入ることはおろか、下手をすれば街ごと潰してしまうことは容易に想像できる」
「…怪獣大行進」
思わずつぶやくサウスの頭を小突きつつ、フロアたちも同じくキックボードで石畳を走行する。
「ゆえにギルドによって魔力が薄くなったところに私が呼びかけ、奥方の魂だけを抜き出し、別の容れ物に移すことを案として考えている」
「――なるほど、それで俺を呼んだわけね」と納得するトーチ。
「確かに魂の扱いを心得ている俺なら奥方の魂を抜くことはできる。ただ、奥方が自由に動き回るためには、魂の魔力を読み、流れに合わせることのできる相手でないといけないはずだが…」
それに「おや、君なら知っているはずだ」とフロアたちに目を向けるフロー。
「ただ、今はともかく目的の店を見つけることが最優先だ――それにしても店が多い。一体何処に奥方の思い出の味の店があるのか」
「そりゃあね、探す方法が間違っているから」とトーチはボソリとつぶやく。
「ん?では、すでに店が分かっていると?」
思わず足を止めるフローにポチポチとトーチはタブレットをいじる。
「まあね。何しろエルフと人間の感覚は違うから。百年前なら、今も存在すれば老舗も老舗。君の言う名のある店は新しい店だろうし。そういう店舗よりも歴史を売りにしている店を探したほうが確実…っと」
ついで、トーチは「もしかして、コレじゃない?」と、タブレット越しに一軒の甘味処の店舗のサイトを見せる。
「エルフは自然の木の実などを常食とするからね。ゆえに人里に降りて、甘味を好むことはこの上なく珍しい。ましてや高貴なエルフの奥方。事情が知れれば、店の看板メニューになるのは目に見えている」
「…なるほど、確かにそうだ」
タブレットに書かれた説明文を読み、うなずくフロー。
「じゃあ、こちらも文字通りお膳立てをする必要があるな…そこの娘」
「え、ワタシですか?」
急に呼ばれ、焦るフロア。
「仕事だ、奥方の容れ物になれ」
「…は?」
こうして、フロアは有無を言わさず重大任務に就くこととなった。
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