レポート2.「サクライ重工のサウス」

「…係長、変わった人だったなあ。ああ、俺のことサウスで良いから」


 帰り道が一緒というサウスに「ぶっちゃけ、ここまでキツイ職場と思って無かったわ」と坂道を杖で体を支えつつ、よろよろと歩くフロア。


「前より給与が良いって聞いてたから、部署替えしてもモチベーションを保てていたのだけれど、重労働で銀貨十一枚に銅貨一枚プラスって、割に合わねえ…」


 半ば瀕死状態のフロアに「…役所の月の平均収入が銀貨十一枚として、確かにちょいと色がついた程度だな」と腕を組み、うなずくサウス。


「ってか、部署替えって何かあったの?フロア


 それに「あ、フロアで良いわよ…まあ、お察しでね」と目を泳がすフロア。


「元は相談係にいたんだけど、初日にクレーマーに当たっちゃって。向こうの上司はお前の対応が悪いとご立腹になっちゃって。結局、後処理も含めて対応に当たってくれた返納課の人の口添えで異動が決まったの」


 サウスはそれに「…あ、悪いこと聞いたな」とバツが悪そうな顔をする。


「ううん、別に」と返事代わりにため息をつくフロア。


「ぶっちゃけ、大学で【魔法使い】としての資格は取ったけど、できることといえば、わずかな魔力操作と感知ができる程度。【魔法使い】としても三流だから」


 そう言って、天を仰ぐフロアに気まずさから話を変えるためか「…実はさ、俺のひいひい爺ちゃんが有名な【勇者】でね」と急に語り出すサウス。


「何体かの【魔王】を倒して、伝説の剣が今も実家に埋まっているって噂があるくらいで、俺もそれにあこがれて【勇者】を目指してるんだ」


「ふーん、夢のある話じゃん」


 少し回復してきたので姿勢を直すフロアに「でもさ」とため息をつくサウス。

 

「いざ、蓋を開けたら初日から返納課に派遣?なかなかうまく行かないな」


「だよねえ」と苦笑するフロアに「ま、仕方ないね」とサウス。


「何しろ、返納課はウチで開発している【オーブ】や【魔力封じ縄】のお得意先でもあるから。下手なこと言って他社よそに移られても困るし」


 その言葉に引っ掛かりを感じ「ん、開発?」とサウスを見るフロア。

 それに「あ、俺。サクライ重工の社長の次男坊なんだ」とサウス。


「と言っても、継ぐのは兄貴で確定だし。俺は実家住まいで、好き勝手させてもらってる身なんだけど」


「え…えええええ!」


 思わず声をあげ、のけぞるフロア。

 

 ――何しろ、サクライ重工といえばこの国で知る人ぞ知る大企業。


 ドワーフとノームと人間の合弁会社でありながら、インフラ整備からお手伝いゴーレムの発明まで幅広い事業を行い、一大産業の中心となっているところだ。


「じゃあ、あの坂の下にある工業地帯は…」


「まあ、大部分がウチの子会社」と驚く様子もなく答えるサウス。


「でも、爺ちゃんが始めた時は小さな町工場だったし。俺は親父たちと違って、そこまで経営熱心でも探求心もなかったから」


「でも、【勇者】になりたいって夢があるだけ良いじゃ無い」とフロア。


「私なんて、お手伝いゴーレムが買えるだけの収入があればなあと思うくらいで平々凡々なサラリー生活を目指す【魔法使い】だからね」


 そんな話をしているうちに辺りにポツリポツリと街灯がつく。


 ――その動力源は出力所から街に送られてくる膨大な魔力。


 サクライ重工のインフラ整備のおかげで生活のほとんどが自動化し、蛇口に手をかざせば水が自動で出てくるし、部屋に入れば明かりがつく。


 室内の温度管理も自動だし、風呂を沸かして入ることも、魔法パッドを使って各地域と通信ができるのもどこの家でも当たり前の光景だ。


「ひい爺さんの話だと百年前はこの土地も荒地で、ここまで豊かな生活ができるとは思ってもいなかったそうだからね…お、最新の魔力自動車」


 スマートな形状の車を見上げるサウスに「へー、私には当たり前に見えるけどね」とフロアは自分の宿舎を見上げる。


「じゃあ、私はここで。また明日」


「ん、またな」


 派遣と正職員。でも初めてできた同期に手を振り合う二人。


「ただいまー」


 ドアに開錠のための魔力を流し込み、部屋に入るフロア。

 ――こうして【魔法使い】フロアの一日は慌ただしく終わりを告げた。



「今日は第三係も来るようにと事前連絡をしたのに、どうしてきてくれなかったのでしょうか。トーチ係長?」


 そう言って、第三係の室内でトーチの前で腕を組んでいるのは、第一係の係長であるアザミであり、椅子に腰掛け魔力パッドに繋げたゲームで遊ぶトーチは「でも、問題なかったでしょ。アザミさん」と目を上げずに答える。


「効率的な配置についてはこちらからパッドで指示をしておいたし、作業的にも第一、第二で十分にできる仕事。だからこそ、みんな定時で帰れるわけで…」


 途端にアザミは「トーチ係長?」と静かながらも鋭い声を上げる。


「こちらとしては、昨日着任したばかりの第三係の新人二人に現場の仕事をみせる義務があると感じていたのですが、それに問題があると?」


「だって、アザミさんの指導って怖いんだもん」とパッドで顔を隠すトーチ。


「実践第一だし、新人二人が怪我して辞めたいとか言っちゃったら元もこもないなと思うし。それよか、先に事務仕事を覚えさせた方が良いと思ってね。ほら、それなりに報告書も書けるようになったし」


 そう言って、フロアとサウスが一日中パッドと格闘して書き上げた先日の竜巻事件の報告書をチラリと見たアザミは「まったく、デスクワークよりも実戦の方が多いのに」とため息をつく。


「ともかく、次回からこちらが応援を要請したら、速やかに参加してください。そうしないと上に叱られるのはこちらなんですから」


「…ごめんね、アザミちゃん」


 トーチの言葉に彼女は答えず、靴音を響かせながら部屋を出ようとするも「あ、それとフロアさん」と急にフロアに顔を向ける。


「これから私に付き合ってください。仕事の延長線上でタイムカードはこちらが切りますから」


 アザミの言葉に不安そうにトーチを見上げるフロア。


「ん、フロアくん行ってあげて。終わったらそのまま帰りで良いから」


 トーチはアザミの言葉に文句を言わず、フロアはそのままアザミついていく形で部屋を出ることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る